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王覇の道編
第六十一話「紡がれる”想い出(かこ)”とその先の”試練(いま)”」前編(改訂版)
しおりを挟む第六十一話「紡がれる”想い出”とその先の”試練”」前編
京極 陽子は言った。
「最嘉、死ぬわ」
――と
行き成りな発言の言葉の意味するところは至極単純明快。
血で血を洗うこの戦国世界で、
騙し討ちと裏切りが横行する非常な戦国世界で、
他人のために自らに危険を背負う……
そんな酔狂な馬鹿者に生きる隙間などないという事。
「陽子は俺にとって他人じゃないだろ?」
――で、俺は答えた。
「その言葉は女として受けるには合格点だけど、この世界の男としては不合格だわ」
陽子はニコリともせず、微塵も頬を染めたりもしないで素っ気ない言葉を返す。
――こういう女だ
京極 陽子とはこういう一筋縄で行かない難儀な女なのだ。
「あの時のお前は受け入れただろう?満更でも無かったように見えたし……」
「私には利益のある事だからよ、私の目的……”この世界を統べる”ためには助かるから最嘉の援助を受け入れた。今までも貴方はそうやって私に献身してきたでしょう?」
――”献身”……”利用”の間違いだろう?
尾宇美城、陽子の寝室でのあの可愛らしい仕草……それをこうも無かったことに出来る陽という少女はホント、なんというか……
とはいえ、いつになく彼女は挑発的だった。
”攻撃的”と言い換えても良い。
「まぁな、だがそれは俺の意志だ。別に他人にとやかく言われる……」
「”戦国世界”では致命的なのよ!私がもし最嘉の敵なら!」
俺の言葉を遮るように陽子は畳みかける。
「……」
「……」
沈黙して見つめ合……いや、睨み合う二人。
陽子の様子はいつもと明らかに違う。
「陽子なら……どうだって?」
だから俺は踏み込んだ。
真意を確認するべきだと思ったからだ。
「……私なら……今回、私が最嘉の敵だったなら、確実に仕留める事が出来たわ」
闇黒色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープを纏った美少女は、スッと部屋の隅にあるテーブル上……そこに置かれたロイ・デ・シュヴァリエの盤面を見る。
「……」
その盤上に展開するのは……
俺が僅かばかりの臨海軍を引き連れ、尾宇美城に駆けつけた時の戦場を再現したものだろう。
戦争に必要な情報、地形、敵味方の陣形、そこから予測できる両陣営の動きを全てロイ・デ・シュヴァリエの盤面に反映し展開させる彼女。
天都原国軍総司令部参謀長、紫梗宮 京極 陽子の指揮はいつもそうだった。
「良く出来てるな……」
俺は唸るようにそう言うのがやっとだった。
俺の通ってきた進路やその時の包囲網の状況……
本来、陽子が知ることが出来なかっただろう多くの情報を含んだ戦場が、ほぼ正確に表現できているのだ。
得た情報の欠片から、こうも見事に再現できるのは陽子の神がかった頭脳……いや、神才とさえ呼べる天賦が成せる業だろう。
――陽こそが神如き頭脳と呼ばれるに相応しい、真に生まれ持った才能が桁違いだ!
「最嘉は罠と知りつつ愚かにも尾宇美に誘き出された。案の定、領内は混乱……手持ちの兵のみで此方の領内で孤立する不格好な臨海王の部隊を全軍で包囲して殲滅、凄く単純だけど簡単に事は済んだでしょうね」
「……」
――なるほどね、しかし自身を遙々助けに来た王子様に”不格好”とは……
戦略的には確かにその通りだ。
その表現は陽子らしいといえばらしいが、流石に俺も少々傷つくな。
「貴方の人生は既に終わっていた……違う?」
「……」
――違わない
確かにそうされていれば俺に打つ手は無かった。
こうやって具体的に見せられると苦し紛れの反論も出来ない。
どう見ても、どう思考しても……詰みだ。
俺はその遊戯の盤面を凝視したまま押し黙るしかなかった。
何故なら、その盤面上では……俺は死んだのだから。
「最嘉、私の言うことを理解したでしょ……」
「だが俺は生きている」
――しかし現実はそうならなかった
俺はそういうなんとも無理矢理な反論をする。
苦し紛れの反論の余地さえ無い状況で、戦術や戦略の欠片も無い”結果論”をねじ込む。
「……そうね、だけどそれは、鵜貝 孫六は今回、”京極 陽子”を最大の脅威と認識してはいても”鈴原 最嘉”はそう見ていなかった。警戒はしていても今現在でそこまでの評価は与えていなかった、それが全てだわ」
――おおぅっ!なんて手厳しい意見だ
だがそれは的を射ている。
「俺ならいつでも処理できると……侮られているが故の幸運ってか?」
「……」
俺のおどけた言葉に、陽子は一瞬だけ黙った。
「今回は運が良かっただけ、だから”今度”は……」
そしてその真剣な表情のまま……言葉を続ける。
「”今度”は?」
――あぁ、そうか……
俺はそのやり取りで段々と解ってきていた。
「そう、”今度”は……正しく処理しなさい」
「……」
そして俺は全て理解した。
何故に陽子が、自身も大変な時に態々このような場を設けたのか。
何故に今更、俺に辛辣な言葉をぶつけるのか。
何故に……
こんなに苦しそうに俺に話すのか……
「陽……俺は」
だから大丈夫だと、
俺は”そんなこと”はどうとでも乗り越えて見せると言葉にしようとするが……
「世界を統べようとする者にはそれは”必要”なのよ、解っているでしょう最嘉なら」
「……」
先手を打たれて押さえ込まれる。
――”私は統べるわ、天都原を、暁を、世界を統べるの”
かつて俺に語った彼女の至ろうとする場所。
――この状況に及んでも、京極 陽子の目指すものは変わらない……か
「……」
だから京極 陽子は一歩も譲らないのだろう。
そして、そんな京極 陽子が自身の利にならない、いや、鈴原 最嘉の為にこんな嫌な役を買って出る。
それは意図せずとも俺をこの尾宇美の戦に巻き込んだ罪滅ぼしか、
それとも……
「……」
陽子は俺がこの部屋に入ったときからずっと静かな表情だった。
感情薄く、同情、義理人情など微塵も介入する余地の無い合理的な冷たい策士の顔。
稀代の策略家、天都原が誇る最高の賢人たる”無垢なる深淵”の顔で彼女は言うのだ。
――決して判断を誤るな!
――然らざれば、鈴原 最嘉のこの先に致命的な負債を残すだろうと
「私の言っている意味が解るわよね?」
冷静沈着、冷酷無比、それは天都原の”無垢なる深淵”たる真骨頂だとされるが……
表面的にはそうでも、悲しいかな、そうじゃ無いことが俺には解ってしまう。
――陽はほんとうに……不器用だ
「壱の処分は俺が決める、誰の指図も受けない」
だが、それでも俺は、念を押す彼女の、その助言を無下に払いのけた。
「それは一国の国主として判断をするということ?それとも……」
「……」
俺は答えない。
現在の俺には未だ答えが無いのだから答えようが無い。
――
そんな俺の瞳をじっと見詰めていた暗黒の瞳は、然も呆れた様に一度視線を外し、そして”それもまたある程度予想していたのよ”と言うように溜息を吐く。
「何時の時代も致命的な裏切りに対するのは死罪だわ、それを覆すことは専制君主制への挑戦といえる。絶対的支配者たらんとする者は時に非情さを……」
「俺が決める」
「……」
頑な俺の言葉に黒髪の美少女は、もう一度溜息を吐いて言葉を続けた。
「なぜ?如何に古参の重鎮であっても、”泣いて馬謖を斬る”を識らない貴方でも無いでしょうに?」
”泣いて馬謖を……”
説明するまでも無い。有名すぎる古の名軍師、諸葛孔明の有名な逸話だ。
「泣いてねぇ?泣くくらいなら最初から斬らなければ良いだろうに」
「さいかっ!」
珍しく声を荒げるお嬢様に、俺は巫山戯たわけじゃ無いとジェスチャーし、そして真面目な顔を作った。
「解ってるよ、陽が俺を心配してくれている事は……大いなる目的の為にそれは足枷になる、夢破れる致命的な判断ミスになる、そう言いたいんだろう?」
「…………」
「確かにな、俺の目的が”世界の統一”とかならそうかも知れない、法を個人的理由で曲げ、身内にだけ甘い、秩序を欠く支配者なんかについてくる臣民はいないだろう」
「その……通りよ、温情と贔屓は違う。普段はどうあれ、致命的な事柄には例外を設けてはいけない、世界を統べる支配者たらんとするなら最も公平であると、臣民に見せる必要があるのよ」
――公平に”見せる”必要……”公平にする”では無く”みせる”か、正直で陽らしいなぁ
俺は彼女らしい言い方に、不謹慎だと思いつつも少し頬が緩む。
「最嘉……」
そして陽子はそんな俺に気づいて怪訝な顔をしていた。
第六十一話「紡がれる”想い出”とその先の”試練”」前編 END
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