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王覇の道編
第六十話「二人の美姫」後編 (改訂版)
しおりを挟む第六十話「二人の美姫」後編
「何を勝手に話を進めているっ!保証は?そんなあやふやな根拠でお嬢様を危険に晒すなんて事は出来ないっ!天都原にとっては私達を滅ぼせるというのが利益になるじゃないか!」
「真那っ!」
俺に食ってかかる目つきの悪い少女を主たる燐堂 雅彌が諫める。
他の二人と違い、少々感情を抑えきれない様子の乱暴な口調の少女。
それもこれも主人たる黄金竜姫を慕ってのことだろうが……
「うぅ……すみませんお嬢様」
――しょんぼり項垂れる少女の名は……確か、吾田 真那
前髪をキッチリと眉毛の所でそろえたショートバングの髪型。
小柄な体型であどけなさの残る顔立ちの少女は、客観的に見て可愛らしい部類に入るはずだが……
重度の近眼の様に眉間に皺を寄せた表情のおかげで、それとは対照的な無愛想で目つきの悪い少女という印象が強烈に残る。
そして、どうやら彼女は主君の護衛も兼ねた侍女という立場らしい。
「お前が出てくると色々ややこしくなるから黙ってろ」
「五月蠅い、穂邑 鋼!貴様に言われる筋合いは無いっ!」
「……」
――言われてみれば確かに、この目つきの悪い少女からは”武”の匂いがする……が
「吾田 真那、おまえなぁ……」
「なんだ?インチキ機械人形が無い今の貴様が私とやるのか?穂邑 鋼!!」
「科学をインチキっていうな!この小娘」
――あと、穂邑との関係は良好で無いらしい
「小娘だとぉぉ!私の方が年上だっ!大人の色気ムンムンの……」
「はぁぁ?寝言は寝て言えよ、吾田 真那」
遂には取っ組み合いを始める二人。
「……おいおい」
俺は場も弁えずじゃれ合う旺帝の二人を横目に、構わず説明を続ける事にしたのだった。
「天都原と旺帝は不倶戴天の敵同士だ、それも数百年もの因縁のある……お互いの利益のため仮初めの協力関係を持ったことは過去に何度もあっただろうが、それが長く続いた例しはない。今回もその例に漏れることは無いだろうし、旺帝が疲弊するならそれを一番に歓迎するのは他の何処でも無い”天都原”だろう」
――そうだ、天都原の王になるのがあの”歪な英雄”藤桐 光友なら……
――その参謀が”妖怪”鵜貝 孫六というなら……尚更だ!
あの野望の塊で強かな男達なら、最大の脅威である旺帝を弱体化させる可能性があるならば、俺達のような小物はある程度見過ごすだろう。
最早、失脚同然の陽子や内乱に苦慮する我が臨海……
それに辺境の小勢力である黄金竜姫などは既に有名無実の張り子だと。
実際、俺達がこの先、旺帝を追い詰めることがあったとしたならば、初めて再び脅威と見なされる訳で、現時点では既に表舞台から降りた脇役。
寧ろ、最強国”旺帝”相手に少しは暴れてくれよ……
と、影ながら応援さえされる立場だ。
「……」
自分で考えていて多少情けなくなる話ではあるが、
つまり俺の戦略の基本設計は、相手のそういった思惑を利用する形で進めるものだった。
「天都原と旺帝、二大国家の間に私達三国で楔を打ち込み分断するというわけね……確かに有効と言えるわ」
予想外の少女の乱入で、少しトッ散らかっていた場に、暗黒の美姫による澄んだ声が通る。
「そうだ、この機に俺達は精々勢力を伸ばし態勢を整える」
俺は陽子の言葉に頷いてから周りを見た。
「……確かに、それが一番現実的ですね」
黄金竜姫、燐堂 雅彌が形の良い白い顎をコクリと振って頷き、その場の他の面々もそれに続いた。
流石……他国にまで名の通った稀代の名策略家、”無垢なる深淵”の京極 陽子様だ。
――詐欺師なんて呼ばれる鈴原 最嘉なんかとは説得力が違うなぁ
同じ策を披露しても、その影響力の歴然とした差に俺は心中でうんうんと頷く。
「そうね……私に異存は無いわ」
そして、その稀代の名策略家、”無垢なる深淵”の京極 陽子様は可愛らしくも妖艶な紅い唇の端をそっと上げて微笑むと俺に応えて助け船を出す。
――お心遣い痛み入るねぇ……
陽は現状や俺の心情などはお見通しで、前向きな意見だけを切り取って述べてその場を綺麗に纏めて見せたのだ。
「俺も異存は無いが……俺達の恵千勢は、紫梗宮殿が治める香賀美領や鈴原が治める臨海領に比べて遙かに少領だ、明らかに見劣りする以上は早々に恵千に隣接する旺帝領土、”那古葉”を平定したいと思うのだが、協力は……」
「無論する。同盟国の強化は今現在の急務だからな」
穂邑の言葉に即答する俺。
というか、元々から旺帝の独眼竜こと穂邑 鋼とは、そこまで話し合っていたからだ。
今回の天都原国内のゴタゴタ……
そこから京極 陽子を助け出すのを手伝って貰う代わりに、黄金竜姫の身を守るために旺帝内で屈指の領土、”那古葉”を手に入れる手伝いをする。
――そういう約束だったのだ
「けど、お前……臨海領内はどうするんだ?それどころじゃないんじゃ……」
「四日だ」
――?
穂邑の心配に即答した俺を皆が一斉に見る。
「明日世界が”近代国家世界”に切り替わって、更に”戦国世界”に戻ってきたら、四日で片をつける。その後に”那古葉”攻略の援軍の算段をつけるから、お前こそ用意周到済ませておけよ」
「……」
決定事項のように自信満々な俺の言葉に周りは黙り込み、穂邑は苦笑いして頭をかく。
「まぁな、鈴原 最嘉ならやりかねないか……りょーかい、じゃぁ……」
「”りょうかい”じゃないだろっ!?ばか?バカなのかお前らは!そんな簡単に事が運ぶなら大軍は要らない!こんな詐欺師のまやかしに乗ってお嬢様の……ぶっ!ふご、ふごぉぉ!!」
再び俺と穂邑を交互に指さして騒ぎ立てる目つきの悪い少女だが、その声は後ろから穂邑によって羽交い締めにされて途中で途切れる。
「きっ……ふぁ!きしゃま……ふぉっ……」
「ええい、お前は駄々っ子か!…………すまない、鈴原続けてくれ」
小柄な割にバイタリティー溢れる少女、吾田 真那はもうなんだか解らない形になって暴れていた。
「と、とにかく、再び”戦国世界”に切り替わってから四日目以降、つまり、さらに次に”戦国世界”に切り替わった時点から此方は準備に取りかかるが、それで良いだろうか?」
改めて確認する俺の問いかけ先は穂邑で無く、最高責任者たる燐堂 雅彌だ。
「……」
――美しい……美しすぎる濡れ羽色の瞳
その宝石の中で波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき……
――おぉっ!
やはり魔眼の姫の双瞳は魂をも魅了する神魔の双瞳だ。
「ええ、鈴原 最嘉様、よろしくお願い致します」
「……ふぉ……お、おじょうふぁ……まぁーー!!」
美しき主君の言葉に、まんま暴れ馬だった目つきの悪い少女はガックリ項垂れ……
穂邑 鋼は散々に引っ掻かれた傷跡の残る顔に安堵を見せる。
そして、肝心の京極 陽子は……
「……」
その光景を坐したままで腕を組んで眺めていたが、顔色を覗う俺と目が合うとそっと視線を外した。
「そうね、私達もできる限りの支援は用意しましょう……とは言っても、今回は軍事的には役に立ちそうも無いけど……」
そして紅い唇をそっと開き、暗黒の美姫は至って冷静に従姉を見て言った。
――まぁなぁ、現状で陽子達、香賀美勢が兵を出せないのは仕方が無いだろう
今回の戦で疲弊した陽子の軍はとても出兵などままならないし、元々の香賀美領軍は、旺帝本国の報復を警戒して自国領土を離れられないからだ。
「……感謝します、陽子殿」
それらを十二分に察した燐堂 雅彌から送られた謝辞に、陽子は頷いてみせるだけだ。
――なんだかなぁ……
俺はどうも”しっくり”こない従妹同士に多少のじれったさを感じ、ついお節介をする……
「えと、あれだ、”様”とか”殿”とか取りあえず止めにしないか?俺達は歳も近いことだし、当分は一蓮托生の仲な訳だし……」
そう言ってチラリと穂邑を見る。
「ん?……ああそうだな、俺も鈴原の事は鈴原と呼び捨てだしな」
独眼竜は即座にそう機転を利かした応えを返し、賛同の意を見せた。
「……そうです……そうね、陽子殿は……陽子さんとは従妹同士なわけだもの……えっと、陽子さんでよろしいかしら?」
俺や穂邑の提案に素直に応じた燐堂 雅彌の問いかけに、暗黒の美姫は……
「……」
「……」
「……」
「ええ、お好きなように……雅彌さん」
俺と穂邑と燐堂 雅彌……その他数人の視線に押し切られ、陽子は渋々とそう答えていた。
「ええ、ありがとう!陽子さん」
そして旺帝の黄金竜姫、燐堂 雅彌は本当に嬉しそうに微笑んだのだった。
――か、可愛いな……
陽子とはまた違う……
純粋でど直球な笑顔に、思わずドキリと心臓が跳ねる俺だったが……
「最嘉……」
――っ!
小声で俺の名を呼ぶ陽子に更に大きく心臓が跳ねた!
「……え……と……コレは違う」
よりにもよって、陽子の前で他の女に視線を奪われた俺は、慌てて言い訳が頭を錯綜するが、どうも勝手が違う?
「後で私の部屋に来て……最嘉が”香賀美”を立つ前に話しておきたいことがあるのよ」
そうして、俺にしか聞こえない小声で、俺の危惧する内容とは全く違った言葉を囁いた京極 陽子の静かなる漆黒は何時になく真剣だった。
第六十話「二人の美姫」後編 END
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