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独立編
第三話 「最嘉と虜囚生活」 後編 (改訂版)
しおりを挟む第三話「最嘉と虜囚生活」 後編
「おおぉぉーーいっ!聞いてないよ!それっ!!」
「うん、言ってないから」
もの凄くスッキリした顔でそう返す純白の美姫。
「言ってくれっ!そういう重要なことはっ!」
アッサリ事も無げにそう答える少女に、俺は先ほどまでの余裕はどこへやら、見苦しく取り縋る。
「……そうなの?重要?」
「お前にとってはそうじゃなくても俺にとっては重要なんだよっ!」
「解った、次からは気を付ける」
「じゃなくて!だから明日死んじゃう俺には次はないんだって!!」
ーーな、なんなんだ……この娘は……感情と思考に問題アリアリだろっ!!
「…………」
「……おい」
「…………」
「なんとか言ったらどうだよ……お……」
「”鈴原 さいご”は……わがまま……」
「って!?もう名前が先に終着点なんですけどぉぉっ!!」
「?」
ーーぬぅぅ!!
ーー欠片の悪意もない純粋な表情しやがって……逆に腹の立つことこの上ない!!
俺は少々意地になった。
「いいか、”純白の連なる刃”!!お前にぜったいに俺の名前を忘れられなくしてやる!」
「……」
対して純白の美少女はピンとこない顔だ。
「ああ、最嘉さま!一時もあなたのことが頭から離れませぬ……あぁっ最嘉さま!わたくしは何度眠れぬ夜を過ごすことになるのでしょうかっ!?さいかさまぁぁぁぁ!!ってな感じでだっ!!」
「…………それは、なんだか……主旨が違うと……思う?」
「同じだよっ!お前美人だから”そんな感じ”の方が俺もなんだか役得感満載だっ!!」
「…………」
不思議そうに小首をかしげ俺を見る白金の髪と瞳の美少女。
「……な、なんだよ!?」
輝く銀河を再現したような白金の双瞳……うっかりしなくても魅入られてしまう、純白に煌めく幾万の星の大河。
「………………鈴原 最嘉は変わってる……ね」
「おっお前が言うなっ!!」
俺は相も変わらず、縛られて跪いたままで叫んだのだった。
ーー
ー
ーーっていう、後半は全く不毛でしかなかったやり取りが、昨日、木曜日の夜に向こうの世界であった出来事だ。
「昨日の今日で接触してくるとは見かけによらず勤勉だな、”純白の連なる刃”」
「…………」
俺の軽口に、振り向いた純白の美少女は、美眉の間に少し影を刻む。
私立臨海高等学校、朝に登った屋上は、少し肌寒くなって来る季節だった。
「なんだ、他人を呼び出して置いてご機嫌斜めなのか?」
白磁のように肌理の細かい透き通る白い肌。
白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。
整った輪郭には、それに応じる以上の美しい目鼻が配置されている。
俺に気づいて屋上のフェンス際で振り返った少女のサラサラと流れるプラチナの長い髪が、朝の光を受けて綺羅々と輝いていた。
「……鈴原……最嘉」
胸元を碧のリボンで留めた紺色のセーラータイプである臨海高校の制服姿で、注意深く俺を見据える白金の少女は、紛れもない美少女だった。
「で、用件は?」
俺はポケットから出した白い封筒をヒラヒラさせながら、少女に改めて尋ねる。
「……鈴原 最嘉、貴方と会ったのは昨日の夜……それで今日からはこっちの世界……わたしがこっち側で貴方に接触してくるのも貴方は全て計算済み……なの?」
ーーほぅ……そうきたか
俺は予想外……と言っては若干失礼だが、彼女の意外な鋭さに少し口元が緩む。
「さてねぇ、確かにそういえば、昨日は木曜日で今日は金曜日、今日から世界はこっち側に切り替わるんだったなぁ」
俺はわざとらしく、この世界の住人なら全員が知っている常識を、さも今思い出したように口にする。
「……」
相変わらずの起伏の無い表情。
しかし確かに警戒をした白金の双瞳が俺を見据えていた。
ーーまぁ当然と言えば当然か
実際、俺がこの少女、純白の連なる刃”が率いる”白閃隊”を選んで投降したのは、確かにそれを狙ってのことだった。
俺達の処遇がどうなるにしても、領主という身分の手前、即刻処刑と言うことはほぼ無いだろう。
これが戦場でなら、討ち取られて終わりだが、降伏という形ならある程度時間が稼げる。
正直、翌日処刑なんていう”乱暴な事態”は計算していなかったが……
それでも、こうやってこちら側の時間を有効活用することにより、次に世界が切り替わる週明けまで三日は時間が稼げる。
「この学校に私が潜入しているのも知っていて?」
一向に返答しようとしない俺に、彼女は次の質問をする。
ーーそうだ
ーー知っていた
こちらの世界を利用しての諜報活動はよくあることだ。
普段から領地内に目を光らせている俺は、敵国”南阿”が送り込んだであろうスパイには気づいていた。
だから、一ヶ月程前から腹心の宗三 壱に我が臨海軍の誇る諜報機関を使わせ、それらを探らせていたのだ。
「まあね……」
「…………わたしはこの学校に籍を置いていただけで一度も登校したことがないわ……それに……わたしを知る人間は敵方にはまだ……」
「……」
ーー確かに此奴は他のスパイ共と違い、諜報活動の”ち”の字も行っていなかった
数ヶ月前に、ただ転校して来て、その割に一度も学校には通わず、本来の仕事もしないでフラフラ……
ーー何もしないのだから”危ない橋”を渡ることも無い。
ある意味見つかりにくいと言えばそうだが……
そもそも、なにしに来たんだよ?こいつ……
こんな変な奴に合戦前の諜報活動を指示する”南阿”っていったい……どんな国だ。
俺は他国の事ながら頭が痛くなる。
ーーそれに……”わたしを知る人間”……か
南阿の”純白の連なる刃”は現在に至るまで、確かに本名を隠蔽して戦場に立っていた。
姓名不明、年齢不詳、性別さえわからない……ただ対峙した敵は尽く葬られ、凄まじい剣技の伝説だけが残る、南阿の秘密兵器、”閃光将軍”。
他国が解っていることは、その武将の異名が”純白の連なる刃”であるという事と、その人物が率いる隊が、戦場で瞬く間に敵軍を葬ることから”白閃隊”と呼ばれている事のみ。
「どうして?……鈴原 最嘉はわたしの事を……」
ーーどうして?それは、本人のお前がノコノコと臨海に来たことが大きいんだよっ!
俺は、実際にこの久鷹 雪白という少女を見て……確信した。
一見ボヤッとしたお嬢様だが、その所作には只ならぬ雰囲気がある。
一流以上の剣士にはそういった独特の空気があるのだ。
因みに俺が最初にこの純白少女を隠れ見たのは……
センター街の自動販売機前でジュースを買うのに二時間近く悩み……挙げ句の果てに操作方法が解らずに半べそで帰って行った時だった。
「…………おいおい」
あ、後は今までの情報を総合し、裏付け調査を行い、最終的には俺が判断した。
そもそも”南阿”という国でどこまで厳密に情報隠蔽が行われていたかは解らないが……
最終的には俺が情報を入手できたのだから、本人が思っているより杜撰だったのか、それとも我が臨海の情報収集能力が高かったのか……
ーーまぁ、両方だろうな
「俺が聞きたいのは、交戦相手の情報収集にどうして”純白の連なる刃”本人が潜入するなんて言う愚策を……って事の方だけどな」
「……」
呆れ気味の俺の逆質問に、途端に口を紡ぐ少女。
「答えたくないか?こっちのことは根掘り葉掘り聞こうとするのに勝手だな」
他人に自分の思考を探られるのは馴れていないのか、純白の美少女は、明らかに戸惑った顔で俺を見ていた。
「っ!そんなこと……鈴原 最嘉、貴方は虜囚で貴方の生命は私が……」
「握ってない!」
「っ!?」
俺の立場でこんな強硬な反論などは思っても見なかったのか、思わず黙り込む純白少女……久鷹 雪白。
「いいか、純白いお嬢さん、俺の命を握っているのは俺だけだ、それがどんな状況だろうと、どんな瞬間だろうとそれは決して変わらないっ!!」
「…………」
大人に叱られた子供のように、黙り込んでしまう少女。
ーーうっ、らしくなかったか?……つい熱くなってしまったようだ
「と、兎に角、交渉しよう、その為に俺にこんな手紙を出したんだろう?」
意識した俺の穏やかな問いかけに、久鷹 雪白は戸惑いながらもコクリと頷いた。
ーーそうだ……俺は解っていた……会えさえすれば必ず交渉の余地はあると
久鷹 雪白という少女の事を識ったときから、鈴原 最嘉と久鷹 雪白は必ず交わる運命だと……俺は何故か確信していた。
「さ、さいか……もし、……もし、私が会いに来なかったら……どうしてたの?」
ーー?
ーーあぁ……この場合の”会いに”はこっちの世界ではなくてあっち側、俺が投降して、戦が終わった後にって事だろう
久鷹 雪白の情報を握っている以上、こちらでの接触は困難ではないからだ。
「さぁなぁ……その時は……」
「貴方なら十倍の兵力相手でも勝てたの?」
久鷹 雪白のその戸惑いがちな言葉に俺は曖昧に笑って応えていた。
「さてね」
第三話「最嘉と虜囚生活」 後編 END
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