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独立編
第四話 「最嘉と純白の連なる刃」(改訂版)
しおりを挟む第四話 「最嘉と純白の連なる刃」
呼び出された屋上で久鷹 雪白と話した後、俺は携帯電話で一年の真琴を屋上に呼び出した。
俺が連絡した時、鈴原 真琴は授業中であったのにも拘わらず直ぐに屋上に駆けつけて来た。
こういう時、向こうの世界と違い、文明の利器は非常に重宝すると思う。
こういう物が向こうの世界でも使えたら……なんて誰もが考えてきた事だろう。
「…………」
それは扨置き、今俺の目の前には黒髪ショートカットの少女、鈴原 真琴がいる。
俺の側近といえる人物は、主に宗三 壱と鈴原 真琴という二人だ。
どちらも優秀で頼りになる忠臣である。
しかし、若干の問題が無いわけでも無い。
それは……まぁ、直ぐに解るだろう。
ーー俺の側近は有能だが……
「でだ、真琴。大体のあらましは理解したか?」
俺は、俺を捕らえた敵国の将、久鷹 雪白と、俺の事となると見境が無くなる鈴原 真琴を、いきなり直に引き合わせると色々と問題がありそうな気がしたので……
南阿の”純白の連なる刃”たる久鷹 雪白には一時的に席を外してもらっていた。
「ら、ラブレター貰ったんですか!最嘉さま!?」
で、今回の件、俺が態と捕虜となった狙いを一通り説明したのだが……
それを聞いた後の、”一つ年下で可愛らしいながら大人っぽさも感じさせる黒髪のショートカット少女”、鈴原 真琴が放った第一声はそれだった。
「いや違うって、これは敵国の……南阿の純白の連なる刃こと久鷹 雪白に……ってかちゃんと経緯を説明しただろうが、今!」
「それは……その、理解しましたが……あの」
モゴモゴとハッキリしない様子で恨めしそうに俺を見る大きめの黒い瞳。
あの戦の時の顛末と今日の経緯は、かいつまんで話した。
ある程度は作戦だった事と、今からその続きに取りかかること……
基本、頭の回転の速い真琴ならしっかりと理解出来ているはずだ。
「でも……女性から手紙を貰ったのは事実で……」
「…………」
ーー本当に俺中心だな……真琴は……
俺は軽く溜息を吐いてから、それも仕方がないかとポケットに突っ込んでいた白い封筒を取り出した。
「!」
それを見た真琴は真意を問うかのように俺の顔を凝視してくる。
「だから恋文じゃないって、見て見ろ」
「い、良いんですか?」
「まぁな、そもそも作戦内容を真琴に話してなかった俺にも非があるし……ってそうだ、後でちゃんと壱にも謝っとけよ」
真琴の事は勿論、宗三 壱と同様に信頼してはいるが、今回は事前に時間があまり無かった事と、情報が漏れることを極力防ぐために、同行する壱以外には作戦内容を伝えていなかった。
だが、それによって宗三 壱は、今朝方この鈴原 真琴によって結構な制裁を加えられたらしい……
壱もそんな状況では真琴に話せば良いのに……ほんとに融通が利かない真面目男だ。
「……それは……は、はい……」
ばつが悪そうに目を逸らしながら頷き、封筒を受け取る少女。
「…………」
真琴は遠慮がちに、時折俺の方をチラチラ盗み見ながら手紙に目を通す。
ーーいや、ホントにそんな大層なものじゃないって……
「……」
「……」
ーー拝啓 清秋の候、貴国もますますご繁栄のこととお慶び申し上げます。
ーー平素は格段のご厚情を賜り、厚くお礼申しあげます。
ーーさて、この度は先の戦にて捕虜となられた鈴原様におかれましては、是非に拝聴致したい案件がございます。
ーーつきましては、勝手ながら本日、早朝に屋上にてお待ち申し上げております。
ーー時節柄、皆様のご健勝とご活躍をお祈り申しあげます。
ーー敬具
ーー十月二十日 久鷹 雪白
ーー鈴原 最嘉様
「…………」
「…………」
「おかしいです……これ」
「だよな……やっぱりおかしいよなぁ」
手紙の内容を読み終って暫く後、真っ当な反応を示した少女に俺は大きく頷いた。
ーーそうだ、俺も最初は我が目を疑ったものだ……
けど、相手とは初対面みたいなものだし、あんまりツッコむ所じゃないのかなぁ……とか気を遣ったりして流してたけど……
ーーああっ!こんな事なら思いっきり、ツッコんでおいたら良かったぁっ!!
ーーくそっ!ストレスたまるなぁぁー!
てか、久鷹 雪白……得意先に手紙かよ!お前はサラリーマンか?
”皆様のご健勝とご活躍”って敵の陣営の繁栄願っちゃ駄目だろう!?
ーーけど、もし真剣だったら不器用にもほどがある……不憫なほどに……
しかるべき時にしかるべき”ツッコミ”を出来なかった欲求不満でモヤモヤしている俺に、黒髪ショートカット少女は”うんうん”と同意して頷いてくれた。
「そうですよ!差出人は女性なんですから、文末は”かしこ”ですよね?」
「ってそこかいーー!」
俺の”ツッコミ”は、かなりの周回遅れで尚且つ違う種目にゴールしていた。
「……?」
「いや、もういい……というかこれで解ってくれただろう?この手紙は……」
不思議そうな顔をする真琴から、俺は手紙を取り戻すとポケットに無造作に詰め込む。
途端に俺のポケットの中で、クシャクシャになる手紙。
ーーこれが俺のせめてもの復讐だ……
「これで理解ったろう?」
「はい!私の最嘉さまに色目を使う不届き者は、久鷹 雪白という女なんですね!」
「…………頼むから……会話をしよう、真琴」
ーー俺の側近は有能だが……問題があった
「……?」
「と、兎に角、真琴は”純白の連なる刃”こと久鷹 雪白との密約の場所を大至急セッティングしてくれ」
「は、はい、承知致しました」
未だ不思議な顔の真琴に、俺はそう伝えた後で、直ぐにさっき聞き出したばかりの久鷹 雪白の携帯電話に連絡をする。
ーープルルーーカチャ
「鈴原だ。さっきの件だが……ん?なんだ?……なんか後ろが騒がしいけど……!?」
「最嘉さま?」
スマートフォンのスピーカーから聞こえる、通話先の状況に異変を感じた俺、そしてその反応を見て、隣で真琴が首を傾げる。
「……ば、ばか!お前なんで教室に居るんだよっ!……はぁ?臨海高校の数学は難しい?授業まで受けたのか!……いや、もう何もするな!今からそこに行くから、じっとしてろ!」
ピッ!
俺は通話を切ると、雑に携帯電話をポケットに押し込んだ。
「最嘉さま……何が?」
「いや……こっちは俺が何とかする、真琴はさっきの件頼んだぞ!」
大きめの瞳をパチクリさせる真琴を残して俺は小走りに屋上を去る。
「あ、最嘉さま!そんなに走られたら……御御足が!」
ーーダダダッ
ーータッタッ……
ーータッ……
最初は勢い込んだものの、直ぐに速度を落とす俺の足。
ーーくっ……感情に囚われてちょっとばかり無理をしすぎたか……
結局、俺は校舎二階の二年の教室が並ぶ廊下を少しだけ早足で歩いていた。
最初は確かに走っていたんだが、ものの数秒でこのザマだ。
まぁ、俺自身が一番解っていた事なんだが……
その後、俺は心持ち熱を帯びた右膝辺りに違和感と少々の鈍痛を感じながら、何とか一限目後の休憩時間内に目的の教室前に到着していた。
「……」
ーー案の定だ……
ーーザワザワ!
白金の髪と瞳が美しい少女の席周りには見事な人集りが出来ている。
「あの馬鹿……極秘裏にって事を知らないのか……」
これでよく諜報活動なんてしようと思ったものだと、呆れながら俺はその教室内に居る純白い少女の元へ急ぐ。
ーーよっ!ーーはっ!ーーこのっ!
興味本位の野次馬達をかき分けるのは、今の状態の俺には中々の苦労だ。
「久鷹さんは今までどうして通学しなかったの?」
「ばか!失礼だろ!それより久鷹さん、すごく綺麗だよね……モデルとかしてる?」
「ねぇねぇ学校で分からない事があったら私に聞いてよ、私結構顔が広いんだよ」
「…………」
ーー大人気だな……
いや、それも当然だろう。
転校初日から一切登校していなかった謎の生徒が突然現れた。
しかもその人物は超のつく美人で……
諜報活動なんて目立たないのが大前提だ。
ほんと、素性隠す気あるのか?こいつ……
「…………」
で、当の本人はと言うと……返事をするどころか愛想笑いもしやしない。
いや、人形のように感情の無い顔でただ座っているだけだ。
ーーはぁ……
俺は頭を抱えながら、野次馬と化した学友共をかき分け、件の彼女の前に出る。
「おい……お前なんのつもりだよ!」
「……あっ……さいか」
現れた俺の姿に、緊張感の無い声を上げる純白の美少女。
途端に”おおーー!!”と、どよめきが上がる。
ーー返事しただけでこれかよ……天然記念物並の有り難さだな
「”あっ、さいか”じゃない!……だ・か・らぁっ!なんで授業受けてんだって聞いてんだよっ!」
「…………?」
俺の苛立ちを抑えきれない問いかけに、暫し思考する白金の瞳。
「……」
「…………………………がくせい……だか、ら?」
席に座ったまま、少し小首を傾げた白金の瞳の美少女はそう答えた。
”おおっーー!!”
再びどよめきが上がる。
ーーぐっ……やりにくい
俺は目前の純白い美少女に視線で伝えた。
(とにかく来い!交渉のセッティングは出来ている)
「……」
白金の瞳はこう返してきた。
(でも、もうすぐ二限目の授業が……)
ーーぷちっ!
何かが俺の中で切れた。
ぷにっ!
「ひゃっ!」
俺は彼女の白い頬をつねり上げたのだった。
戦場で恐れられる武人、純白の連なる刃からは想像も出来ない可愛らしい悲鳴をあげる久鷹 雪白。
おぉぉぉぉーーーー!
その様子に今までで一番の歓声が上がっていた……って、もういいわっ!
「いいから来い!くそ、おまえとはトコトン話し合う必要があるようだな!」
マシュマロのように柔らかく滑らかな手触りを密かに堪能しつつも、俺はそれを誤魔化すように声を荒げていたのだった。
ーー
ー
ーー自己嫌悪だ……
ーー柄にも無い事をした……
今はまだ目立つわけには行かない。如何に臨海領内だとはいえ……
早々に彼女を連れて学校を出た俺は、肩を落として”とぼとぼ”と歩いていた。
ーーなのにさっきの俺の行動は何だ?
ーー目立ちすぎる彼女を抑えに行って……これじゃあミイラ取りがミイラにだ
俺はそんな事を考えながら、俺の後ろをついてくる少女の方を振り向く。
「解ってるのか?……お前にとっても目立つのは不味いんだぞ」
「?」
ーーあれ?
振り向いた俺はある違和感を感じた。
「おまえ……いま、笑ってなかったか?」
「……」
俺の後ろを二、三歩離れて歩く白金の髪の美少女は、ブンブンと首を横に振る。
ーーいいや確かに笑っていた……というか微笑んでた
ーーいったい、なんの……つもりだ?
腑に落ちない俺は、もう一度彼女の端正な顔をマジマジ見るが、彼女はもう普段通り、少し感情の薄い人形のような澄まし顔で歩いている。
「…………まぁいい」
少し気にはなったが……俺は現状はそれを捨て置くことにする。
「…………」
「…………」
その後、俺と久鷹 雪白は、特に会話も無く歩き、数分後には目的地に着いていた。
ーー
ー
目の前には、全国チェーンのファミリーレストラン”ゲスト”の入り口。
「…………」
そして、その有名なオレンジ色の看板を物珍しそうに見上げる久鷹 雪白。
「意外だと思うだろうけど、場所は此所だ。此所はSUZUHARAの系列会社でな、色々と融通が利くんだ、勿論貸し切りだしセキュリティも万全に……」
ーー?
ーーなんだ?えらい熱心に看板を見ているが……ファミレスの看板がそんなに珍しいか?
「おい、純白の連なる刃、どうかしたか?」
俺の怪訝な視線に、彼女はなんでも無いと頭を振った。
白金の長い髪が空気を抱いて、光糸の束となりサラサラと宙に舞う。
「…………」
間抜けにも思わず見蕩れる俺だ。
「…………ううん、行こう」
その時、俺の耳に入った彼女の声は……
気のせいかも知れないが、彼女には珍しく弾むように軽やかな響きだった気がした。
第四話 「最嘉と純白の連なる刃」 END
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