35 / 55
35 新設部隊の始動 4
しおりを挟む
新設部隊の立ち上げから2週間。
俺はミルト隊長と共に、レン伍長を男爵家の小さな部屋に呼び出していた。
「日帰り旅行、ですか?」
「そう。男爵家があるこの街の周囲をぐるっと回って、帰ってくる」
意味ありげに立ち上がって、殺風景な部屋を見渡す。
大きなソファーと机、その対面に椅子があるだけの小さな部屋。
もともとは衣装部屋として作られたらしいが、俺とミルトの執務室になる予定の部屋だ。
「言ってしまえば、ようやく回ってきた俺たちの初任務だよ」
椅子に腰かけていたレン伍長の目が大きく開かれる。
慌てて床に膝をつき、堂々と胸を張った。
「承知いたしました。任務の内容をお聞かせくださいますか?」
「うん。でも、その前に俺たちにはしなければいけないことがあるんだ」
ソファーに座ったまま、緊張した顔をするミルトに目を向ける。
彼女は軽く頷いて、分厚い本をぎゅっと握りしめた。
「私たち、新設部隊の本分は、わかりますね……?」
「もちろんです。弱い魔物を倒し、町や村を守ることにあります」
「はい、その通りです」
入隊してくれた子供たち全員に、理念や目的は通達してある。
――強い魔物とは、絶対に戦わない!!
弱い魔物とは言え、一般人にとっては脅威そのもの。
ちいさく見える積み重ねの1つ1つが、自分や友人を守り、領地の暮らしを良いものにする。
「では、私たちの主な活動場所は、どこになりますか?」
「町や村の周辺です」
「はい、正解です」
山はエサや魔力が豊富で、普通の魔物は人里にこない。
来るのは、縄張りを追われたものだけだ。
だから、人里に近いほど、敵は弱くなる。
「ですので、私たちは町や村にいる領民と仲良くする必要があります」
宿がない村が多く、現地で寝床や竈を借りることになる。
もちろん、持ち運べるものは持っていくが、持てる荷物には限りがある。
だが、一番借りたいのは、現地住民が持つ情報だ。
「私は男爵家の人間です。身分を振りかざせば、それなりの待遇はされるでしょう。ですが」
「……行き届いた協力は、難しそうですね」
「はい。その通りです」
ミルト団長を含め、俺たちは子供ばかりで構成された新設部隊だ。
村を訪ねても、
『村のはずれで魔物を見ました!』
『あっち側に魔物の足跡がありました。助けてください!』
そんな対応にはならない。
子供を、特に男爵家のお姫様を危ない目には合わせられない。
そう思われる可能性が高いだろう。
「他者は頼れません。この問題は、私たちだけで解決する必要があります」
部隊に強い人や大人を多く入れれば、問題は簡単に解決する。
魔物におびえる村人たちは、藁をもすがる思いで、大人の兵たちに魔物の討伐を頼み込むだろう。
だがそれでは、当初の目的を達成できなくなる。
「俺たちは、既存部隊の手を開けさせる必要があるからね」
強い魔物や伯爵家への牽制に、多くの兵を向かわせたい。
そのための新設部隊が、既存の兵を借りていては意味がない。
「……1つよろしいですか?」
おずおずした様子で、レン伍長が小さく手を上げる。
検討済みの案だとは思いますが。
そう断ったうえで、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「我々 新設部隊の力が住民に正しく伝わるまで、既存部隊に手伝ってもらうことは?」
「一応は可能だよ。だけど、出来れば避けたいんだ」
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「もちろん。あの腐った伯爵家が、怪しい動きをしている」
ルン兄さんの影武者が伯爵家を訪問した結果、なぜか伯爵本人が出てきたらしい。
「即決即断で食料や武器などの支援に同意。不足している人材の派遣もしてくれるそうだよ」
そうして順風満帆に挨拶を終え、何事もなく帰路に就いたそうだ。
表面上は、遠征部隊の提案をすべて飲んだ形だ。
「だけど、あの伯爵家が、なんの見返りもなしにそんなことをするはずがない」
ルン兄さんとも話をしたが、十中八九、人材派遣が目的だろう。
スパイや殺し屋を送り込む。
反乱用の兵を大量に忍ばせる。
「そうわかってるけど、正しく対処出来れば、領地は格段に潤うからね」
男爵領は安全な土地が減り、食料が不足している。
疲弊している領民を救うための食料も、安全を確保するための武器も必要だ。
「入ってくるネズミを捉え、領内の強い魔物も倒す」
そんな夢物語を実現するには、今すぐにでも1人でも多くの兵が必要になる。
長男やルン兄さん、師匠、男爵たちは、寝る間を惜しんで動き回っている。
「だから俺たちは、自分たちだけの力で成し遂げる必要があるんだよ」
「……まさか、そのような事態になっていたとは」
「男爵家でも上層部の人しか知らないから、他言はしないように」
「承知いたしました」
深々と頭を下げるレン伍長に向けて、満足そうに頷いて見せる。
ソファーに座るミルトの方を向いて、俺も床に片膝をついた。
「ミルト隊長。ご命令を」
「……うむ」
隊長らしさを出すように、ミルトが声音を変える。
ゆっくりと立ち上がり、分厚いを本を握りしめた。
「任務で成果を出し、新設部隊の存在を領民に広く知ってもらいます。そのために」
大きく息を吸い込み、緊張した面持ちで上を見上げる。
足を肩幅に開き、
「みんなで、カッコイイ部隊の名前を考えてください!!!!」
堂々と、俺たちの悩みを口にしてくれた。
俺はミルト隊長と共に、レン伍長を男爵家の小さな部屋に呼び出していた。
「日帰り旅行、ですか?」
「そう。男爵家があるこの街の周囲をぐるっと回って、帰ってくる」
意味ありげに立ち上がって、殺風景な部屋を見渡す。
大きなソファーと机、その対面に椅子があるだけの小さな部屋。
もともとは衣装部屋として作られたらしいが、俺とミルトの執務室になる予定の部屋だ。
「言ってしまえば、ようやく回ってきた俺たちの初任務だよ」
椅子に腰かけていたレン伍長の目が大きく開かれる。
慌てて床に膝をつき、堂々と胸を張った。
「承知いたしました。任務の内容をお聞かせくださいますか?」
「うん。でも、その前に俺たちにはしなければいけないことがあるんだ」
ソファーに座ったまま、緊張した顔をするミルトに目を向ける。
彼女は軽く頷いて、分厚い本をぎゅっと握りしめた。
「私たち、新設部隊の本分は、わかりますね……?」
「もちろんです。弱い魔物を倒し、町や村を守ることにあります」
「はい、その通りです」
入隊してくれた子供たち全員に、理念や目的は通達してある。
――強い魔物とは、絶対に戦わない!!
弱い魔物とは言え、一般人にとっては脅威そのもの。
ちいさく見える積み重ねの1つ1つが、自分や友人を守り、領地の暮らしを良いものにする。
「では、私たちの主な活動場所は、どこになりますか?」
「町や村の周辺です」
「はい、正解です」
山はエサや魔力が豊富で、普通の魔物は人里にこない。
来るのは、縄張りを追われたものだけだ。
だから、人里に近いほど、敵は弱くなる。
「ですので、私たちは町や村にいる領民と仲良くする必要があります」
宿がない村が多く、現地で寝床や竈を借りることになる。
もちろん、持ち運べるものは持っていくが、持てる荷物には限りがある。
だが、一番借りたいのは、現地住民が持つ情報だ。
「私は男爵家の人間です。身分を振りかざせば、それなりの待遇はされるでしょう。ですが」
「……行き届いた協力は、難しそうですね」
「はい。その通りです」
ミルト団長を含め、俺たちは子供ばかりで構成された新設部隊だ。
村を訪ねても、
『村のはずれで魔物を見ました!』
『あっち側に魔物の足跡がありました。助けてください!』
そんな対応にはならない。
子供を、特に男爵家のお姫様を危ない目には合わせられない。
そう思われる可能性が高いだろう。
「他者は頼れません。この問題は、私たちだけで解決する必要があります」
部隊に強い人や大人を多く入れれば、問題は簡単に解決する。
魔物におびえる村人たちは、藁をもすがる思いで、大人の兵たちに魔物の討伐を頼み込むだろう。
だがそれでは、当初の目的を達成できなくなる。
「俺たちは、既存部隊の手を開けさせる必要があるからね」
強い魔物や伯爵家への牽制に、多くの兵を向かわせたい。
そのための新設部隊が、既存の兵を借りていては意味がない。
「……1つよろしいですか?」
おずおずした様子で、レン伍長が小さく手を上げる。
検討済みの案だとは思いますが。
そう断ったうえで、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「我々 新設部隊の力が住民に正しく伝わるまで、既存部隊に手伝ってもらうことは?」
「一応は可能だよ。だけど、出来れば避けたいんだ」
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「もちろん。あの腐った伯爵家が、怪しい動きをしている」
ルン兄さんの影武者が伯爵家を訪問した結果、なぜか伯爵本人が出てきたらしい。
「即決即断で食料や武器などの支援に同意。不足している人材の派遣もしてくれるそうだよ」
そうして順風満帆に挨拶を終え、何事もなく帰路に就いたそうだ。
表面上は、遠征部隊の提案をすべて飲んだ形だ。
「だけど、あの伯爵家が、なんの見返りもなしにそんなことをするはずがない」
ルン兄さんとも話をしたが、十中八九、人材派遣が目的だろう。
スパイや殺し屋を送り込む。
反乱用の兵を大量に忍ばせる。
「そうわかってるけど、正しく対処出来れば、領地は格段に潤うからね」
男爵領は安全な土地が減り、食料が不足している。
疲弊している領民を救うための食料も、安全を確保するための武器も必要だ。
「入ってくるネズミを捉え、領内の強い魔物も倒す」
そんな夢物語を実現するには、今すぐにでも1人でも多くの兵が必要になる。
長男やルン兄さん、師匠、男爵たちは、寝る間を惜しんで動き回っている。
「だから俺たちは、自分たちだけの力で成し遂げる必要があるんだよ」
「……まさか、そのような事態になっていたとは」
「男爵家でも上層部の人しか知らないから、他言はしないように」
「承知いたしました」
深々と頭を下げるレン伍長に向けて、満足そうに頷いて見せる。
ソファーに座るミルトの方を向いて、俺も床に片膝をついた。
「ミルト隊長。ご命令を」
「……うむ」
隊長らしさを出すように、ミルトが声音を変える。
ゆっくりと立ち上がり、分厚いを本を握りしめた。
「任務で成果を出し、新設部隊の存在を領民に広く知ってもらいます。そのために」
大きく息を吸い込み、緊張した面持ちで上を見上げる。
足を肩幅に開き、
「みんなで、カッコイイ部隊の名前を考えてください!!!!」
堂々と、俺たちの悩みを口にしてくれた。
74
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら遊び人だったが遊ばず修行をしていたら何故か最強の遊び人になっていた
ぐうのすけ
ファンタジー
カクヨムで先行投稿中。
遊戯遊太(25)は会社帰りにふらっとゲームセンターに入った。昔遊んだユーフォーキャッチャーを見つめながらつぶやく。
「遊んで暮らしたい」その瞬間に頭に声が響き時間が止まる。
「異世界転生に興味はありますか?」
こうして遊太は異世界転生を選択する。
異世界に転生すると最弱と言われるジョブ、遊び人に転生していた。
「最弱なんだから努力は必要だよな!」
こうして雄太は修行を開始するのだが……
貴族に転生してユニークスキル【迷宮】を獲得した俺は、次の人生こそ誰よりも幸せになることを目指す
名無し
ファンタジー
両親に愛されなかったことの不満を抱えながら交通事故で亡くなった主人公。気が付いたとき、彼は貴族の長男ルーフ・ベルシュタインとして転生しており、家族から愛されて育っていた。ルーフはこの幸せを手放したくなくて、前世で両親を憎んで自堕落な生き方をしてきたことを悔い改め、この異世界では後悔しないように高みを目指して生きようと誓うのだった。
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ハズレギフト『キノコマスター』は実は最強のギフトでした~これって聖剣ですか? いえ、これは聖剣ではありません。キノコです~
びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
孤児院生まれのノースは、十歳の時、教会でハズレギフト『キノコマスター』を授かってしまう。
他の孤児院生まれのルームメイトたちは『剣聖』や『魔法士』『鍛冶師』といった優遇スキルを授かったのに、なんで僕だけ……。
孤児院のルームメイトが国に士官されていくのを横目に、僕は冒険者として生きていく事を決意した。
しかし、冒険者ギルドに向かおうとするも、孤児院生活が長く、どこにあるのかわからない。とりあえず街に向かって出発するも街に行くどころか森で迷う始末。仕方がなく野宿することにした。
それにしてもお腹がすいたと、森の中を探し、偶々見つけたキノコを手に取った時『キノコマスター』のギフトが発動。
ギフトのレベルが上る度に、作る事のできるキノコが増えていって……。
気付けば、ステータス上昇効果のあるキノコや不老長寿の効果のあるキノコまで……。
「こ、これは聖剣……なんでこんな所に……」
「いえ、違います。それは聖剣っぽい形のキノコです」
ハズレギフト『キノコマスター』を駆使して、主人公ノースが成り上がる異世界ファンタジーが今始まる。
毎日朝7時更新となります!
よろしくお願い致します。
物語としては、次の通り進んでいきます。
1話~19話 ノース自分の能力を知る。
20話~31話 辺境の街「アベコベ」
32話~ ようやく辺境の街に主人公が向かう
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる