和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第一章・はじまりの物語

異世界・大和国

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 それが起きたのは、退屈な月曜日の二時限目の授業中のことであった。

 真面目にノートを取る者と教師の声を聞き流して思い思いの時間を過ごす者の二者に分かれた教室で起きた異変に最初に気が付いたのは、あまり人気のない現代文の担当教師である石丸喜一郎いしまるきいちろうだった。

「おい、お前たち、これはなんだ? クラス全員で結託して、何か企んでいるのか?」

 普段、厳格で必要以上のお喋りはしない石丸が珍しく狼狽している。
 冷静でいるように努めているようだが、その声にはありありと動揺の感情が滲み出ていた。

 いったい彼は、何に対してここまで驚いているのだろうか?
 石丸の様子に興味を持ち、それぞれの行動を止めて周囲を見回した生徒たちは、こぞって石丸と同じように困惑と驚愕の表情を浮かべこととなる。

 教室の壁が、窓ガラスが、床が……紫色の光を発して、面妖な模様を浮かび上がらせているのだ。
 その光は徐々に強まり、浮かび上がる模様も天井へと伸びていく。

 その異様な光景に驚きながらも、異常な事態が起きていることを察した石丸は、咄嗟に生徒たちに向けて大声で叫んだ。

「全員、すぐに教室を出ろっ! ぼやぼやするなっ!」

 その声を耳にした生徒たちは、はっとすると即座に石丸の指示に従って教室から脱出しようとした。
 中でも、最も入り口の扉に近い席に座っていた女子生徒の行動は早く、一目散に扉を開いて教室から脱出を目論む。

 しかし、扉を開いたその瞬間、迅速だった彼女の動きがぴたりと止まった。その様子にクラスメイトたちが異変を感じ取ったのも束の間、教室と廊下に女子生徒の狂乱じみた叫びが木霊する。

「先生、廊下もですっ! それに他の教室も……学校中が、変な光にっ!!」

「なんだとぉ!?」 

 彼女が指差した先には、2-Aクラスの教室同様に紫色の紋様を浮かび上がらせている校舎の姿があった。
 廊下も、隣の教室も、何もかも……学校の全てが謎の光に包まれているのだ。

 報告を受け、その光景を目の当たりにした一同が愕然として動きを止める。
 もう、逃げ場所はないのだと彼らが理解し、絶望に浸ったそのタイミングを見計らったかのように紫色の光が弾けると、次の瞬間には一切合切の何もかもがその場から消え失せていた。

 燈たち2-Aの生徒たちも、他のクラスの生徒たちも、もっと言うならば学校丸ごとが消え去り、後にはただっ広い土地だけが残る。
 この不可思議な事件を世間は神隠しとしか思えないと騒ぎ立て、警察による徹底的な捜査が行われたものの、何一つとして有力な手掛かりは得られぬまま、ついに令和初の奇怪な未解決事件として迷宮入りしてしまうのであった。




―――――――――――――――



 瞼の裏に残る光の感覚が薄まり、消え去ったことを感じた燈は、庇うようにして顔の前に出した腕を下げ、目を開けて周囲の様子を伺う。見慣れた教室とそこでざわつくクラスメイトたちと、一見するとあれだけの異変の後でも何も変わっていないように見受けられるが、それはあくまで教室や学校の内部だけの話であった。

「み、見てみろ! 外っ!」

 一人の男子生徒が慌てた様子で教室の窓ガラスを指差し、その先の光景を見るように仲間たちに叫ぶ。言われるがままに彼が指差す先を見た燈たちは、信じられない光景に自分たちの眼を疑った。

 そこに広がっていたのは、古い時代を思わせるような古風な街並みであった。
 コンクリート製の建築物は一つも存在しておらず、その全てが木造建築の煌びやかな家となっている。

 満開の桜並木を歩む人々の服装も、洋服ではなく着物のような衣類だ。
 頭髪自体は丁髷を結わえたりはしていないが、腰に刀を下げた人間もちらほらと見受けられ、ここが現代の日本とは到底思えないその光景に、誰もが言葉を失って立ちつくしていた。

「なんなんだよ、これ……? どうなってんだよ!?」

「先生、これって学校の行事かなにかなんですか? 避難訓練とか、そういうのじゃないんですか?」

「わ、私にもわからん……だが、とにかくお前たちはここで待つんだ。まずは私たち教師が、状況の把握に努める。何が起きているかもわからないままに外に出ることだけは決して――」

 数分、それくらいの時間だろうか? 異質な出来事の連発で固まっていた生徒たちは、ようやく思考能力を取り戻すと共に口々に自分たちの不安を喋り始める。

 教師である石丸がそんな生徒たちを宥め、彼らへと注意事項を伝えながら、頭の中で今後の対策を講じ始めたその時、教室のスピーカーから聞き覚えのない、澄んだ女性の声が響いた。

『異世界の住民の皆様、我らの召還に応えていただき、感謝いたします。まだこちらの世界に来たばかりで事情が把握出来ていないことでしょう。すぐに説明役をお送りいたしますので、そのままお待ちください』

 その放送が流れている間、生徒たちは気味が悪いくらいに声を抑えて耳をそばだてていた。
 ほんの十秒程度の女性の話が終わり、ぷつりと声が途切れた後も、彼女の話を自分の中で消化すべく、何度も頭の中でその意味を考え続ける。

 彼女は自分たちのことをと呼んでいた。
 我らの召還に応えたとも語っていた。その言葉を信じるならば……ここは、自分たちのものとは別の世界ということになる。

 異世界召喚、などという現実味のない話が今、自分たちの身に起きていることを実感した生徒たちは、徐々に興奮と恐怖を入り混じらせた感情を抱き始めた。
 ある者は退屈な日常からの脱却と、自分が英雄になる姿を夢見て心を弾ませ、またある者は今までの平穏な日々が唐突に壊されたことに愕然とし、教室の床にへたり込む。

 そんな、それぞれの反応を見せているクラスメイトたちに紛れ、燈が何をしているかというと――

(……いや、まったく訳がわからねえ。え、なに? どういうことだ?)

 ――未だに状況を飲み込めず、ざわつく仲間たちの様子を見回していた。

 TVアニメやゲームといったサブカルチャーに関わりがなく、異世界転移ものの作品にも触れたことがない燈にとって、この事態はまるで理解が及ばないものだ。
 教師であり、年配の男性である石丸と同じレベルの『なにか物凄いことが起きている』程度の認識しか得られていない。

 周囲のクラスメイトたちがほぼほぼ事情を理解している中、たった一人だけ話についていけていないことに軽いショックを受ける燈。
 しかして、その感情は表に出さず、比較的クールな表情を作り上げて顔に張り付けている。

 取り敢えず、暫くはこのまま黙っていよう。後で説明役が派遣されると放送では言っていたし、そこで自分の抱えている疑問も解決するはずだ。

 それまでは不用意に口を開かず、状況の理解に努めようと決心した燈が最後部の席でただ黙って腕を組み、騒ぐ仲間たちの様子を観察して時間を潰していると、不意に教室の扉ががらりと音を立てて開き、その向こう側から可憐な少女が姿を現した。

「英雄の皆様、失礼致します。巫女 花織はなおり、お上より皆への説明役を承り、ただいま参上致しました」

 艶やかで長い黒の髪、白く美しい肌、鈴の鳴るようなその声と、花織と名乗ったその少女は燈たちの世界で言えば、間違いなくトップアイドルにもなれるだけの美貌を誇っている。そんな彼女が身に纏っているのは、白装束と緋袴……所謂、巫女の服装という奴だ。

 だがしかし、本来は足元までをしっかりと覆う袴は彼女の膝下を軽く隠すまでの丈しかなく、そこから下の美脚は完全に露になっている。
 履物も下駄や草鞋ではなく、スニーカーに似た気軽なもので、燈はその部分に違和感を覚えたが、他の男子生徒たちは艶めかしい花織の脚に視線を奪われ、そんな細かいことには文字通り目もくれていない様子であった。

「あの……花織さんとおっしゃいましたね? 異世界だとか、英雄だとか、私には何が何だかさっぱりなのですが……?」

「いきなりのことです、混乱するのも当たり前でしょう。全ての事情を一から説明させていただきます故、わたくし目に暫しお時間をくださいませ」

 石丸の言葉に対して、そう返答した花織が恭しく頭を下げる。
 その美しい動作に目を奪われて口を閉ざした2-Aの面々に向けて彼女が説明した内容を要約すれば、こういうことだ。

 燈たちを呼び寄せた国の名は大和国やまとこく。日本の江戸時代の風貌を残してはいるが、それよりも格段に進化した技術や摩訶不思議な奇術を用いて、独自の発展を遂げてきた国だ。

 電気も水道も交通の便も、国中に行き届いた素晴らしい発展を遂げている大和国は、ともすれば燈たちの世界よりも進化した文明を築いているのかもしれない。

 そんな大和国には、とある脅威が横行していた。あやかしと呼ばれる怪物たちがそれだ。

 妖は人や家畜を食らい、町を破壊する。
 その戦闘能力は人間を遥かに超えており、妖一体に対して、人間が数人がかりで挑まなければならないほどだ。それでも確実に勝てるという保証はなく、大和国としては大いなる警戒を妖へと払っていた。

 それでも大和国が今日まで発展を遂げてこられたのは、偏に妖の数が人間と比べて少ないからである。
 高名な武人や熟練の陰陽師など、人間側でも妖に対抗するための戦力を十分に備え、何か問題が起きても即座に対応出来るだけの力はあった。
 今までは、散発的に起きる妖の襲撃を数で凌ぎ切り、単独で襲い来る怪物を屠ればよかったのだ。

 だがしかし、その常識が数年前から変化を見せ始めた。それが、妖の軍隊化である。

 今まで個で動いていた妖たちが群れとなり、人里の近くに巣を作って軍として動く。
 集団の中で最も強い個体を長として、計画的に人間たちを襲い始めたのだ。

 それによる被害は甚大であり、今までよりも多数の妖たちがこれまでよりも多い頻度で攻撃を仕掛けてきたせいで、大和国は多くの町村を破壊され、無数の人間たちが命を奪われたり、巣へと連れ去られたりしてしまった。
 どれだけ防備を整えても、妖たちは見事にその裏をかいて攻撃を仕掛けてくる。人類は、じわじわと妖に押され、旗色が悪くなっていった。

 その状況を打開するための方策が、この異世界召喚ということだ。

 占い師たちが告げた天啓により、大和国は他の世界から戦力を呼び寄せることを決めた。
 国中の陰陽師を集め、その力によって呼び寄せられたのが、燈たちの通う学校と、その中にいた人間全員ということである。

「我々が異世界の英雄を呼び寄せるのはこれが三回目……今まで呼んだ英雄の皆様は、どれも私たちを越える素晴らしい力を持っておりました。しかし、それでも圧倒的な妖の数には敵わなかった。そこで今回は、今までで最大の数の英雄たちを呼ぶことにしたのです」

 今までに燈たちの世界から呼んだ人間たちから情報を集め、若く健康体の人間が多く集まる場所を調査した大和国政府は、召喚の標的を学校と決めた。
 十代という、肉体的にも成熟した若者たちを呼び寄せるにはそこが最適だと考えた彼らの判断は正しいものだったといえるだろう。

 そして、その結果として大和国は燈をはじめとした数百名の若者を呼び寄せることに成功した。
 彼らの目論見は非常に上手くいったのだが、問題はそんな彼らの事情に付き合わされるこちら側の世界の人間たちである。

「花織さん、あなた方の事情はよくわかりました。しかし、あなたの話を総合すると、私たちは妖という危険な存在と命をかけた戦いをするためにこの世界に呼ばれたということになる。教師として、生徒たちにそんな危ない真似はさせられない。許すわけにはいきません。即刻、我々を元の世界に帰してください」

 大石は、生徒たちを庇うようにして花織の真正面に立ち、堂々と当然の要求を彼女へと突き付けた。
 厳格ではあるが、生徒想いでもある彼は、教え子たちを戦争と何ら変わらない戦いに巻き込むことは許さないと、確固たる意志を持って花織へと詰め寄る。

 しかし、そんな大石からの言葉に悲し気に首を振った花織は、やや申し訳なさそうな表情を浮かべながら、罪悪感を噛み締めているような声色でその要求を却下する。

「大変、申し訳ないのですが……それは出来ません。皆様を呼ぶために、大和国の高名な陰陽師たちは相当の力を使いました。彼らの力が完全に回復するには、少なくとも数か月の期間が必要です」

「なんですって!? ほ、他に方法はないんですか!?」

「一応、国防のために控えている陰陽師はおりますが、彼らの力だけでは皆様をそっくりそのまま元の世界に帰すというのは不可能でしょう。そも、それが可能だとしても、そんなことをしては我が国の陰陽師たちが完全に力を使い切ることになってしまいます。そうなれば妖たちは好き勝手に暴れ、大和国は滅亡の道を辿ることになるでしょう。申し訳ありませんが、それだけは避けなければなりません」

 花織の話を聞いた2-Aの面々は、愕然とした表情で押し黙ってしまった。
 最低でも数か月はこの世界で過ごさねばならないという事実を受け止めきれない者が多々いる中、その絶望に拍車を掛けるようにして花織が口を開く。

「皆様が呼び寄せられたこの地は我が大和国の中枢を担う大都市ではありますが、ここにも妖の魔の手は迫っております。街の外には幾つもの妖の巣が点在しており、そこから散発的に攻撃が仕掛けられることもしばしば。皆様のお力を借りなければ、この苦境は跳ね退けられないことは間違いありません」

「それは……戦えということですか? そうしなければ、結局この学校も妖という名の化物に襲われると?」

「いかにも、その通りでございます。英雄の皆様の力なくして、大和国の未来なし……この国が滅びるも栄えるも、皆様次第ということです」

 教室内に沈鬱な雰囲気が漂う。
 花織の言葉の意味とそれが示す現実を誰もが理解して、何の前触れもなく肩に載せられたとてつもない責任に重圧を感じているのだ。

 自分たちが戦わなければこの国は滅びる。そうなれば、元の世界に帰るどころの話ではない。大和国と一緒に妖の餌食となり、この世界で命を潰えさせることとなってしまう。
 それを避けるためには戦うしかない。命を懸け、怪物たちと戦い、彼らを打ち倒す以外に道はない。

 結局……この世界に召喚された時点で、運命は決まっていた。
 戦に身を投じる以外の選択肢は無いに等しく、元の世界への帰還はそれを果たさなければ土台無理な話ということだ。

 元の世界に戻る方法を知っているのが大和国の人間たちだけということは、彼らが言い訳をすれば何とでも誤魔化しが利くということであり、大和国の人間がかなりの労力を払って呼び寄せた異世界人たちを何の成果も挙げない内に元の世界に帰すだなんてことをする可能性は零に等しいだろう。

「無論、皆様には何の不自由もなくこの世界で過ごしていただけるよう、我々も尽力致します。身勝手な願いだということは重々に承知。しかしもう、我々にはこれしか道はないのです。なにとぞ、なにとぞ――この大和国を救ってください……!!」

 花織がそう言いながら、教室の床へと頭を擦りつけて土下座をする。
 必死に、懸命に、燈たちへと懇願するその姿は痛々しく、彼女が罪悪感と使命感の板挟みになっていることがすぐにわかった。

 教師である石丸もその姿に言葉を失い、自分の足元で土下座する花織へと視線を向けながら表情を強張らせている。
 こういう時、どうすればいいのかがわからない面々は、見慣れた教室の中で土下座する巫女の姿をただただ呆然と見つめていたのだが……
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