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第一章・はじまりの物語

神賀王毅とクラスメイトの決断

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「いいよ、わかった。俺、協力するよ」

 そんな、はっきりとした正義感を孕んだ声の主に、クラス中の視線が集中した。

 声を発した男子生徒はつかつかと前に歩み出ると、土下座の姿勢のまま自分を見上げる花織へと笑みを浮かべながら手を差し伸べる。

「さあ、顔を上げて。そっちの事情はわかった。俺たちは、この国のために力を尽くすよ」

「あ、あ……! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」

 目に涙を浮かべながら感謝の言葉を繰り返す花織を引き起こしたのは、2-Aの中心人物にして学内一のイケメンの呼び声も高い神賀王毅じんがおうきだ。
 幾人もの女性を魅了してきた笑みを向け、紳士的な態度で花織に接する王毅は、彼女の肩に手を置きながら力強い口調でクラスメイトたちへと呼びかけた。

「みんな! 確かにこんな無茶苦茶な話に腹を立てる気持ちもわかるが、そんなことをしたってしょうがない。この大和国の人々が本気で困っているのなら、それを助けるのが人として当然の行動なんじゃないのか!? たとえ無理矢理なやり方だとしても、心の底から俺たちを頼ってくれた人たちをこのまま見捨てるだなんてこと、俺には出来ない!」

 容姿端麗、文武両道である好青年の王毅が、クラスカーストの頂点に立つカリスマ性抜群の王毅が、サッカー部のエースストライカーであり、学校内外からも絶大なる人気を誇る王毅が、そうはっきりとした口調で自分の意見を口にする。その堂々とした姿に感銘を受けたクラスメイトたちは、徐々に彼と同じ思考へと心を寄せていった。

 確かに、王毅の言っていることは正しい。ここで花織や大和国の人間を責めたところで、何も事態は解決しはしない。それよりも彼らの行動を許し、気持ち良く力を貸してやる方が人として正しい行動なのは間違いがない。

 そういう、正しい理屈を説かれたクラスメイトたちが一人、また一人と王毅の意見に同調し始める。そういった流れは教室内の空気を変え、いつしか彼らの心の中からは怖れや不安といった感情が消え去って、異世界に来たという興奮と自分たちが英雄と呼ばれる状況への優越感が生徒たちを支配し始めた。

「よくわからないけど……俺たちの力が必要だっていうのなら、やってやろうじゃん!」

「こうして異世界に呼ばれちゃった以上、他に道もなさそうだしね。この国に協力するのが、元の世界に帰還する一番の近道なんじゃない?」

「なあ、やっぱりこういうのにお決まりのチート能力とかも貰えてるのかな!? だとしたら、あっさり問題も解決出来るんじゃね!?」

 わいわいと騒ぎ出す2-Aの面々たち。彼らの興奮はあっという間に伝播し、教室中が大和国に呼ばれた英雄として戦いに身を投じることに何の躊躇いも抱かぬようになってしまった。

 異世界召喚という非現実的な出来事を体験してしまった彼らは、自分たちがゲームや漫画の主人公のように格好良く活躍する未来しか想像出来ていない。リスクやデメリットなどを考慮せず、ただただ熱狂する空気に酔い、自分たちを崇め奉る花織たちの態度に気を良くしているだけだ。

「ああ、ありがとうございます……! 身勝手な私どもに斯様な温情をかけていただけるとは、皆様にはやはり英雄の素質がおありなのでしょう」

 そんな空気に拍車を掛けるようにして、花織が涙ながらに感謝を言葉にしながら深々と頭を下げる。そして、再び顔を上げた彼女は、涙で潤む瞳のまま、大和国への協力を呼び掛けた王毅の手を取ると、感激しきった様子で彼へとこう述べた。

「貴方様からは、何か温かな光のようなものを感じます。人々の中心となり、この混迷の世を正すことの出来る英雄の中の英雄とは、貴方様のような人物のことを指すのかもしれません」

「そんな、大袈裟だよ。俺はただ、人として当然のことをしたまでさ」

「その謙虚な御心もまた、英傑に相応しき奥ゆかしさです。この花織に、貴方様のお名前をお教え頂けないでしょうか?」

「えっと……神賀王毅、だけど……」

「王毅さま……! わたくし目は、この御恩を忘れません。いつ如何なる時も、花織は王毅さまをお慕い申し上げております」

 まるで恋する乙女のように熱を帯びた視線を王毅へと向けた花織は、そう言いながらまたしても深く頭を下げた。ただし、今度はクラス全員にではなく、王毅個人に対しての礼だ。

 花織の個人的な感情も混じったその態度に対して、王毅は困ったように頭を掻いている。2-Aの面々は、口笛を吹いたりして囃し立て、彼のことを口々に茶化し始めた。

「なんだよ、王毅はこっちでもモテモテだな~!」

「巫女さんをあっさり落とすなんて、流石はウチのイケメン代表!」

「ちょっと、止めてくれよ! 今はそんな風にふざけている場合じゃないだろう!?」

 調子に乗った男子とそれに合わせて笑いながら手を叩く女子。焦る王毅の様子に愉快さを深めた彼らは、尚もこの場を騒ぎ立て、盛り上げていく。

 その光景だけを切り取れば、普段の教室と何ら変わりないように思えた。巫女服を纏った異質な少女が居るということを除けば、ただただ教室で騒ぐ何時のも面々が
楽しそうにしているだけの学園風景に見える。彼らの頭からは、自分たちが置かれた状況の深刻さというものが完全に消え失せてしまっていた。

 王毅が口を開き、クラスメイトを扇動してからたった数分で、重苦しかった空気がここまで明るく軽いものに変化した。
 それを良いこととして捉えるか、はたまた悪いこととして捉えるかは人それぞれで、このクラスの大半はこの状況を良いものとして捉えていることは、彼ら自身の様子からも証明出来る。

 だが、そんなクラスメイトたちの反応を許容しきれない生徒も確かに存在していた。同時に、教え子たちが何の葛藤もなく危険な戦いに乗り出すことを決めてしまったことが信じられないとばかりに愕然としている石丸もまた、この異様な雰囲気と現実を飲み込むことが出来ずにいる。

 彼らは皆、ここで声を上げて場の雰囲気を壊すことが正しいとは思えないし、そんな度胸もないから口を噤んでいるのだが……その中にたった一人だけ、例外が存在していた。

「本当にいいのか? こんなにあっさり決めちまってよ」

 明るい空気に水を差すような一言が教室に響き、それを耳にした生徒たちが一斉に押し黙ると声がした方向へと視線を向ける。十数名からの訝し気な視線を浴びながら、この状況に苦言を呈した燈は再び彼らへと同じ言葉を繰り返した。

「本当にいいのか? こんなにあっさり決めちまってよ」

「なんだよ? 文句があるってのかよ、虎藤!? こうなった以上、戦うしか方法がないじゃねえかよ!」

「そりゃそうだが、こんな近場の祭りに遊びに行こうぜ~、みたいな感じで戦争に参加するつもりかって俺は聞いてんだよ。お前ら本気でわかってんのか? 俺ら、化物と戦うことになるんだぜ?」

「虎藤、お前ビビってんのか? 不良のお前が、戦うのが怖いってか?」

「ああ、そうだ。俺はビビってる。てか、普通はビビるだろ、こんなの」

 投げかけられた挑発の言葉をすんなりと肯定した燈の態度に、抗議していた男子が声を詰まらせた。
 あまり目立つことが得意ではない燈は、普段とは違う目で自分を見るクラスメイトたちに若干委縮しつつも、彼らへと自分の考えを口にする。

「俺はな、なにもみんな揃って安全な場所で縮こまろうぜ、って言ってんじゃねえんだよ。戦うなら戦うでも構わねえ、ただし、ここが俺たちにとっちゃ右も左もわからない異世界だってことを忘れてないか? って聞いてんだ。俺たちの敵である妖ってのはどんな奴らなのか、そいつらとどうやって戦うのか、そういう具体的な部分は何もわかってねえんだぞ? それなのにお前らときたら、まるでピクニックにでも行くみたいに戦争に参加することを決めてやがる。普通に考えて、おかしいとしか思えないだろ」

「……それをお前が言うのかよ。無謀な喧嘩や暴力事件を何度も引き起こした癖に」

「バーカ、俺だから言ってんだ。確かにお前の言う通り、俺は一度プッツンきたら馬鹿みたいに突っ込んじまう猪ヤローだけどよ、それはあくまでガキの喧嘩で収まる範疇だからそう出来てるんだぜ。例え同い年の男連中から袋叩きにあっても、死ぬまでボコボコにされることってのは滅多にない。可能性はゼロじゃないが、相当に低いはずだろ? どっこい、今回の話は違う。これはバケモンと人間との戦争だ。負けは即ち死に直結するってことを理解出来てるか?」

 シンと、教室の空気が静まり返る。王毅の時とは真逆の、お通夜のような雰囲気までクラスメイト達を追い込んだ燈は、若干の罪悪感を感じながらも最後まで自分の意見を伝えるべく、口を開いた。

「そういう危険性を承知で戦うってんなら、別に止めたりはしねえよ。確かに戦って妖をどうにかしなくちゃ、この世界とはおさらば出来そうにないしな。でもよ、流石にあのノリで死ぬかもしれない戦いに参加するってのはヤバいだろ。浮かれてないでよ~く考えろよ。こいつはゲームでも何でもねえ、現実の問題なんだぜ?」

 そう、自分の意見を言うだけ言った後、燈は自分の席に戻ってどっかりと腰を下ろした。彼のせいで静まり返った教室では、盛り上がりと勢いだけで支配されていた時とは違う沈鬱な空気が漂っている。

 確かに、燈の言う通りだ。これから自分たちは、死と隣り合わせの戦場に赴くことになる。何も知らず、何の心構えもないまま、そんな危険に飛び込んで良いものなのだろうかと、2ーAの面々は冷静になって自分たちの今後を考えようとしたのだが……。

「……虎藤くんの言うことはもっともだ。でも、やっぱり俺は立ち上がるべきだと思う。みんなで協力すれば、どんな危険だって乗り越えられるって信じてるから……そうだろう?」

 その空気を打破したのは、やはりというべきか王毅だった。英雄然とした彼の力強く、仲間たちの団結を誘う言葉を耳にしたクラスメイトたちは、迷いを振り切って同調の声を上げる。

「そうだよ。どうせ他に道はないんだから、やるしかないんだ」

「怖いけど、神賀くんやみんなが一緒なら……!」

「他のクラスの奴らもいる。この国の戦力だってある。きっと、なんとかなるって!」

 再び、教室には戦いへの参加に賛成する意見が溢れ始めた。迷いを抱えていた生徒たちも取り残されては敵わないと声を上げ、クラスのほぼ全員が大和国への協力を決意する。

 2-Aの中での例外はたった一人、燈だけだ。そして、教師である石丸もまた、不用意な生徒たちの決断をどう止めようか悩んだものの、自分の力ではこの大きな流れを止めることは出来ないと悟ったのか、不安気な表情と眼差しで彼らを見つめることしか出来ていない。

 ひと悶着はあったものの、無事に2-Aの結論は戦いへの参加で決定した。それを確認した花織は、柔和な笑みを浮かべながら一歩前に出ると、騒ぐ生徒たちを手で制してから口を開く。

「では、ここで一つ、これを使って妖と戦う術を説明すると共に、皆様の力を測らせて頂きましょう」

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