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第一章・はじまりの物語
プロローグ~雨の中、一人~
しおりを挟む「ああ、くそっ……! よくもまあ、ここまでやりやがったな……あいつら、次に会ったら目にもの見せてやる……!」
降りしきる雨の中、よろよろとした足取りで歩む男が一人。力なく恨み言を吐き出す彼の口からは、それと同時に苦し気な息が溢れていた。
男の名は虎藤燈。齢は十六。高校二年生になったばかりの平凡……とはやや離れ気味だが、さして珍しくもない男だ。
何故、燈が平凡から離れているかと聞かれれば、それは彼が不良のレッテルを貼られているからだと答えよう。
ただし、あくまで周囲からそう見られているだけであり、彼が世間に顔向け出来なくなるような悪事に手を染めたことは一度たりとてない。
燈が学友や教師たちから危険視されている理由は、学校内での三度に渡る暴力沙汰が原因である。
最初は同級生、次はその兄を含めた上級生たち、最後には十名近くの不良グループと喧嘩を行い、ボロボロになりながらも最終的にはその全てに勝利を収めてきた。
燈が喧嘩を買った理由は至極単純で、名前を馬鹿にされたからだ。
燈は、自分の名前が好きだった。早くに亡くなった両親が心を込めてつけてくれた灯火の意味を持つ燈という名前に誇りを持っている。
だから、父と母がくれた最初の贈り物であるその名前を「女につけるような格好悪いもの」だと言った奴には、必ずその言葉を撤回するように求めることにしていた。
その結果として暴力を振るわれ、逆に振るうことになったとしても、燈にとってはそこだけは絶対に譲れないという思いがある。
何があっても、両親がくれたこの名前を馬鹿にすることだけは許さない。
発言の撤回を求めるためならば幾らでも喧嘩を買ってやる。
そんな風に、自分の誇りである名前と両親の名誉を守るために戦い続けた彼は、気が付けば不良の烙印を押されて周囲から敬遠されるようになっていた。
名前さえ馬鹿にしなければ、別段暴力沙汰を引き起こすつもりもないのに……と思いながらも、別段孤独な学園生活に不満があるわけでもない。
わいわいとした団結の輪の中に入れないという悲しみはあるが、煩わしい人間関係に縛られないという利点もある。
そうやって高校生活の最初の一年を基本的に一人で過ごした燈は、親しい友人や信頼出来る恩師といった存在を作ることなく進級の日を迎えた。
初めて二年生の教室に足を踏み入れ、代わり映えのしないクラスメイトたちの顔を思い出して……現状を振り返った燈は、怒りと苦しみの感情が沸き上がった胸をぐっと押さえ、歯を食いしばる。
どうして、こうなったのだろうか? 燈は彼らのことを決して憎く思っていたわけではないし、彼らもそうであったように思える。
気の合う友人とは言えないだろうが、大嫌いな存在だったということもあり得ない。
……いや、それは燈の勝手な思い込みだったのかもしれない。
クラスメイトたちにとって、燈は目障りで消えてほしい存在であり、チャンスがあればいつでも蹴落としてやろうと思えるほどに憎い人間だったのだろう。
そうでもなければ、こうして彼を裏切って死にかけるまで暴行を加えるはずがないではないか。
「くそっ……ここまで、なのか……?」
燈の体がずしゃりと音を立てて、ぬかるんだ地面へと倒れ込む。段々と視界はぼやけ、激しい雨音も段々と遠のいていくことを感じる。
これが死を迎える際の感覚なのかと、燈は覚悟を決めた。
斬りつけられた肩から溢れる血が雨と混じって地面を流れ行く光景をぼんやりと眺めながら、何もかもを諦めた彼は、重くなってきた瞼をゆっくりと閉じ、襲い来る睡魔に白旗を上げてあっさりと意識を手放す。
深い眠りに就いた燈は、無音の世界の中で夢を見る。
つい一週間前から続く、今の自分の境遇に繋がる一連の出来事を思い返しながら、これが走馬灯という奴かと彼は最後に思い、その夢の中へと意識を埋没させていった。
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