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第2話:宣戦布告

Bパート(3)

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 革命軍が大シルチス高原での連邦軍を打ち破り、首都に迫ってきている状況で、研究所長であるヴィクターは、革命軍に占領された時のことを考え、機密情報の破棄と研究員の脱出の手はずに奔走していた。

「お父様~」

 格納庫で資料の整理を行っていたヴィクターにレイチェルは駆け寄ってきて、

「私もこの研究所に残って、戦いますわ~」

 と彼が仰天するようなことを言い出すのだった。

「レイチェル、馬鹿なことを言うもんじゃない。お前は士官候補生という扱いになっているが、それは肩書きだけにすぎないのだ。空港には他の都市に向かう旅客機が準備されている。お前は他の研究所員と一緒にそれに乗って、宇宙ステーションに脱出しなさい」

 ヴィクターは、娘の唐突な申し出に驚き、思わず天を仰ぎ見た。

 大シルチス高原での連邦軍の敗退から、火星行政府は、政府要人、企業トップ、そして研究所の家族を別の都市や火星衛星軌道上にある宇宙ステーションに待避させるための行動を開始していた。
 数機の大型旅客機と宇宙ステーションに向かうシャトルが一機確保され、既に乗船が開始されていた。ヴィクターは自分のコネを使い倒して、そのシャトルの席をレイチェルのために一つ確保しておいたのだ。
 そして研究所の格納庫は、ロボット兵器の整備にも使われるため空港の滑走路に繋がっていた。今ならレイチェルは徒歩でシャトルにたどり付いて乗船することもできる。

「お父様は研究所ここに残られるのでしょ。お父様が残るのであれば、私もここに残ります。大丈夫、ロボット兵器のオペレートなら定期便の中で、軍のオペレータの方先生に教えていただきました。私でもきっと何かすることがあるはずですわ」

 しかし、レイチェルはそんな父の願いを断り研究所に残る…いや戦争に参加する決意すら抱いていた。
 レイチェルが、このような決意をしているのは、別に戦争好きだからではない。彼女は革命軍に占領される首都に残る父の事が心配だったのだ。それにレイチェルは100年以上戦争がない世界で生まれた世代である。歴史としての戦争しか知らない彼女は、戦争の惨さを知らない。革命軍が首都を占領するといってもそこで何が行われるのか、その実感がわかないのだ。

 正に平和ぼけの世代の見本のようなレイチェルだった。

「いい加減にしなさい、お前に戦争ができるわけがないだろ。それに研究所にあったロボット兵器戦力は、もう残ってないんだ。お前が戦いたくてもオペレートするロボット兵器は残ってない。それに、革命軍がやって来たら、首都の婦女子がどんな目に遭うか分からないのだ。私は父親として、お前をそんな危険な目に遭わせたくはない。だから早くシャトルで脱出しなさい」

 一方ヴィクターは、ロボット兵器AIの研究者として、戦争において占領地が略奪や民間人の殺害、強姦などが行われた歴史を良く学んでいた。そんな悲惨な目に自分の娘を遭わせたい親などいない。彼は

「ロボット兵器がない。…なら私はアルテローゼアレで戦いますわ」

 レイチェルは、ここ一ヶ月の間乗り込んでいたアルテローゼに目をやると、それに向かって駆けだした。

「何を言っている、アルテローゼはAIが起動していないとお前も知っているはずだろう。戦闘に使えるわけがない」

「今なら、動かせるかもしれないでしょ。やれることは試してみたいの」

 ヴィクターが止める間もなく、レイチェルは格納庫の片隅にカバーを掛けられて放置されていたアルテローゼに乗り込んでしまった。

「レイチェル、アルテローゼのコクピットをロックしたのか。ここからじゃ通信もできない」

 ヴィクターは、格納庫の二階部分に設けられている、ロボット兵器のオペレート管制室に向かった。

 そこからは、第一話で語られたとおり、レイフの意識が目覚め、そしてレイフ・アルテローゼが誕生したのだった。


 ◇


 革命軍の重機部隊は、抵抗らしい抵抗もないまま空港に向かう道を突き進んでいた。当初の予定ではチャンの巨人が空港を押さえ、重機部隊は行政府ビルを押さえるはずだったのだが、チャンが進路を変えた為に、銃器部隊で先に空港を占拠することになってしまった。

「早くしないと、シャトルが出てしまうぞ」

 重機部隊の指揮官は、部隊の速度を上げるように指示をだす。しかし、もともと鉱山で使うための重機であり、荒れ地を走るための無限軌道や多脚は、舗装された道で車輪のようにスピードを出せる物ではない。

 重機部隊が空港に急ぐのは、そこに宇宙に上がるシャトルがあるからだけではなく、そのシャトルで人質とすべき政治家や企業人が逃げ出すのを阻止するためであった。今後地球連邦政府に対して革命政府が有利に交渉を進めるには人質の存在が大きな役割を果たす。何としても交渉に役立つ人質を確保しなければならないのだ。

「チャンの奴は、どこで道草を食っているんだ」

 指揮官が遠くを見やると、巨人は街を破壊しながら空港に向かってきていた。チャンは建物の破壊を楽しんでいるのかその歩みは遅い。巨人が空港に到達するには後30分以上かかるだろうと思われた。

「チッ。巨人は当てにならないか」

 指揮官は舌打ちすると、ようやくたどり着いた空港の滑走路に目をやった。そこで彼が目にしたのは、離陸のために滑走路に進もうとしているシャトルであった。

「直ぐにシャトルが向かっている滑走路を塞ぐんだ」

 指揮官は無線にそう怒鳴りつけた。慌てて部隊の重機が離陸用滑走路に向かって走り出す。

「フゥ。ぎりぎり間に合うか?」

 このまま行けば、シャトルが離陸を開始する前に、部下の重機が滑走路に入り込めそうだと安心する指揮官だったが、その安心は滑走路に併設する格納庫から光が漏れ、そこから機動兵器が飛び出してきたことで打ち破られるのだった。
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