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脱走
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智子は、大通り沿いにあるファーストフードの店の駐車場に車を停めた。
「ひとりで大丈夫ですから」
そう言った美姫の声には耳を貸さず、彼女の腕を取り、智子は店内までついてきた。
どうしよう……これじゃ、お手洗いまでついてきちゃうよね。
あの事件の後、秀一が仕事で傍についていてやれない間、智子が代わりにずっと美姫についていた。いつパニックを起こすか分からない美姫を心配して、秀一は智子に洗面所に行く時ですら傍を離れないように言いつけていたのだった。
オーストリアから帰国し、薬を飲むようになって気持ちが安定していることを知りつつも、智子は未だ美姫がパニックを起こした時のことが忘れられず、ビクビクしているふしがあった。
おトイレに行くフリをして逃げようと思ってたけど、そこまでついてこられたら逃げようがない。
美姫は焦りながらも、なんとか智子から逃れる方法を考えた。
「あの……申し訳ないんですけど、お手洗いに行ってる間にカモミールティーを買っておいてもらえますか。胃の調子が悪いみたいなので」
智子が心配そうに美姫の顔を覗き込む。
「おひとりで、大丈夫ですか」
美姫はヒヤヒヤしながらも、智子を見つめて頷いた。
「お腹の調子が悪いだけですから、大丈夫です」
「じゃあ洗面所までお連れしますから、おトイレに入ったらその間に飲み物を買っておきますね」
智子の答えに、美姫は頷いた。
連れ添ってもらって洗面所へと入り、トイレの扉に手をかけた美姫に智子が声をかける。
「では、外で待ってますね。
……本当に、大丈夫ですか?」
「中で待たれていたら、恥ずかしいですから……ずっと便秘気味だったので、たぶん長くかかると思います。
じゃ、カモミールティーお願いしますね」
美姫は一礼すると、トイレの扉をバタンと閉めた。
少しでも時間稼ぎをするために恥ずかしさを押し殺して言ったものの、一人になった途端自分の言葉を思い返して赤くなる。
智子の足音が去っていくのを、美姫は耳を澄ませて確認した。洗面所の扉が開けられ、やがて閉まる音が聞こえても、すぐに出て行くのは危険だ。
彼女の行動を想像し、今ならレジの前に並んでいるであろうと思われる頃、美姫はそっとトイレの扉を開けた。
洗面所に誰もいないのにホッとし、そこから洗面所の扉をそっと開ける。そこは廊下になっているので、レジは見えない。
レジの見えるところまで歩いて行き、慎重に顔を覗かせると、レジには6人ほど並んでおり、その最後尾に智子が見えた。そのすぐ後ろには美姫が入ってきた出入り口の扉がある。
そこから出れば、智子と鉢合わせするのは間違いない。
だが、この店にはもうひとつ、出入り口があった。そこは駐車場とは反対側に面しており、徒歩で訪れるお客用の出入り口になっていた。
駐車場出入り口よりもリスクは低いものの、距離があり、テーブル席を横切らなければならないため、見られないという保証はなかった。もし智子がずっと美姫が洗面所から出てくるのを気にしてそちらを見ていたら、確実に美姫は智子に見つかってしまうだろう。
見つかったら……智子さんを探してたって、言い訳すればいいんだ。
やるしか、ない。
美姫は、もう一度智子の様子を確認した。
智子はレジ上に掲げられたメニューを真剣に見上げていた。自分も何か頼むつもりらしい。
美姫はこの時がチャンスとばかりに、そっとテーブル席に沿って歩き出した。
ちょうどその時、女子高生の団体客が美姫の行く手の少し先で、一斉にテーブルから立ち上がった。それぞれ手にトレーを持ち、わいわいふざけあいながらレジに近い駐車場出入り口へとぞろぞろと歩いていく。彼女らの影に隠れた美姫は、おかげで智子からは視界に入りにくくなった。
美姫は駆け出したい気持ちを抑え、今にも破裂しそうな心臓を抱えながら出入り口を目指す。
怖くて、後ろが振り向けない。今、ここで声を掛けられたら……どう言い訳すればいいのか分からない。
震える指先を出入り口の扉に掛け、ぎゅっと目を瞑る。重たいノブを力を込めて引いた途端、外の冷気が美姫の全身にふわっと覆いかぶさる。
だが、ここは中間のドア。その向こうに、外への扉がある。
美姫は後ろを振り返らないまま扉に手を掛け、開いた。先ほどとは比べものにならないほどの冷気を浴びると、躰は冷えているはずなのに緊張と興奮で汗すらかいていた。
美姫はこわごわ後ろを振り返り、中を覗き見た。ここからは、智子の姿は見えない。
ホッとすると同時に、美姫は急いで大通りの方へと周りこんだ。
大通りへと出ると、タクシーをつかまえる。
中年の男性運転手を見て美姫は一瞬怯んだが、ここでパニックを起こしている場合ではない。
大丈夫。同じ空間にいると言っても、触れるわけではないし、離れてるんだもの。
私はどうしても今、行かなければいけないんだから。
美姫はゴクリと生唾を飲み下し、自宅の住所を告げるとタクシーに乗り込んだ。
「ひとりで大丈夫ですから」
そう言った美姫の声には耳を貸さず、彼女の腕を取り、智子は店内までついてきた。
どうしよう……これじゃ、お手洗いまでついてきちゃうよね。
あの事件の後、秀一が仕事で傍についていてやれない間、智子が代わりにずっと美姫についていた。いつパニックを起こすか分からない美姫を心配して、秀一は智子に洗面所に行く時ですら傍を離れないように言いつけていたのだった。
オーストリアから帰国し、薬を飲むようになって気持ちが安定していることを知りつつも、智子は未だ美姫がパニックを起こした時のことが忘れられず、ビクビクしているふしがあった。
おトイレに行くフリをして逃げようと思ってたけど、そこまでついてこられたら逃げようがない。
美姫は焦りながらも、なんとか智子から逃れる方法を考えた。
「あの……申し訳ないんですけど、お手洗いに行ってる間にカモミールティーを買っておいてもらえますか。胃の調子が悪いみたいなので」
智子が心配そうに美姫の顔を覗き込む。
「おひとりで、大丈夫ですか」
美姫はヒヤヒヤしながらも、智子を見つめて頷いた。
「お腹の調子が悪いだけですから、大丈夫です」
「じゃあ洗面所までお連れしますから、おトイレに入ったらその間に飲み物を買っておきますね」
智子の答えに、美姫は頷いた。
連れ添ってもらって洗面所へと入り、トイレの扉に手をかけた美姫に智子が声をかける。
「では、外で待ってますね。
……本当に、大丈夫ですか?」
「中で待たれていたら、恥ずかしいですから……ずっと便秘気味だったので、たぶん長くかかると思います。
じゃ、カモミールティーお願いしますね」
美姫は一礼すると、トイレの扉をバタンと閉めた。
少しでも時間稼ぎをするために恥ずかしさを押し殺して言ったものの、一人になった途端自分の言葉を思い返して赤くなる。
智子の足音が去っていくのを、美姫は耳を澄ませて確認した。洗面所の扉が開けられ、やがて閉まる音が聞こえても、すぐに出て行くのは危険だ。
彼女の行動を想像し、今ならレジの前に並んでいるであろうと思われる頃、美姫はそっとトイレの扉を開けた。
洗面所に誰もいないのにホッとし、そこから洗面所の扉をそっと開ける。そこは廊下になっているので、レジは見えない。
レジの見えるところまで歩いて行き、慎重に顔を覗かせると、レジには6人ほど並んでおり、その最後尾に智子が見えた。そのすぐ後ろには美姫が入ってきた出入り口の扉がある。
そこから出れば、智子と鉢合わせするのは間違いない。
だが、この店にはもうひとつ、出入り口があった。そこは駐車場とは反対側に面しており、徒歩で訪れるお客用の出入り口になっていた。
駐車場出入り口よりもリスクは低いものの、距離があり、テーブル席を横切らなければならないため、見られないという保証はなかった。もし智子がずっと美姫が洗面所から出てくるのを気にしてそちらを見ていたら、確実に美姫は智子に見つかってしまうだろう。
見つかったら……智子さんを探してたって、言い訳すればいいんだ。
やるしか、ない。
美姫は、もう一度智子の様子を確認した。
智子はレジ上に掲げられたメニューを真剣に見上げていた。自分も何か頼むつもりらしい。
美姫はこの時がチャンスとばかりに、そっとテーブル席に沿って歩き出した。
ちょうどその時、女子高生の団体客が美姫の行く手の少し先で、一斉にテーブルから立ち上がった。それぞれ手にトレーを持ち、わいわいふざけあいながらレジに近い駐車場出入り口へとぞろぞろと歩いていく。彼女らの影に隠れた美姫は、おかげで智子からは視界に入りにくくなった。
美姫は駆け出したい気持ちを抑え、今にも破裂しそうな心臓を抱えながら出入り口を目指す。
怖くて、後ろが振り向けない。今、ここで声を掛けられたら……どう言い訳すればいいのか分からない。
震える指先を出入り口の扉に掛け、ぎゅっと目を瞑る。重たいノブを力を込めて引いた途端、外の冷気が美姫の全身にふわっと覆いかぶさる。
だが、ここは中間のドア。その向こうに、外への扉がある。
美姫は後ろを振り返らないまま扉に手を掛け、開いた。先ほどとは比べものにならないほどの冷気を浴びると、躰は冷えているはずなのに緊張と興奮で汗すらかいていた。
美姫はこわごわ後ろを振り返り、中を覗き見た。ここからは、智子の姿は見えない。
ホッとすると同時に、美姫は急いで大通りの方へと周りこんだ。
大通りへと出ると、タクシーをつかまえる。
中年の男性運転手を見て美姫は一瞬怯んだが、ここでパニックを起こしている場合ではない。
大丈夫。同じ空間にいると言っても、触れるわけではないし、離れてるんだもの。
私はどうしても今、行かなければいけないんだから。
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