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脱走

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 だが、その途端、美姫に突然恐怖が襲いかかる。見知らぬ男性と密室でふたりきりという状況に心臓がバクバクし、冷たい汗が全身を伝う。

「お客さん、どこ行きますか?」

 落ち、着くんだ……だい、じょうぶ……少しの、間だけ……だか、ら。

 そう自分に言い聞かせるものの、吐き気と頭痛がしてきて、呼吸が乱れてくる。

「お客さん?」

 再度の呼びかけで、美姫はハッとした。

「す、すみません……やっぱり、降ります……」

 訝しげに見つめる運転手の視線を痛々しく感じながら、美姫はタクシーを降りるとそれを見送った。 
 
 考え出すと、出口のない迷路に入り込んでしまう。美姫は余計な考えを排除し、スマホを手に取るとタクシー会社を検索した。

「あの……女性のタクシー運転手の方をお願いしたいんですが。
 はい。場所は……」

 美姫は電話を切ると、溜息をついた。

 こんなところで、時間を無駄にしている場合ではない。早くしないと秀一と父の会話に間に合わないし、すぐ近くには智子がいて、もしかしたら既に美姫がいないことに気づいているかもしれない。

 早く……早く、来て……

 美姫は祈るように、タクシーの到着を待ち侘びた。

 美姫の祈りが届いたのか、タクシーは5分もしないうちに到着した。運転席の窓からは、丸顔に丸い眼鏡をかけ、ふっくらとした体型の、いかにも人のよさそうな女性が座っているのが見えた。美姫はそれを見て、心から安堵が広がっていくのを感じた。

「すみません。
 ……まで、お願いします」

 運転手は美姫に話しかけようとしたが、美姫の人を寄せ付けない強張った表情をバックミラー越しに確認すると、話しかけるのをやめてラジオをつけた。ラジオから落ち着いたジャズが流れる。
 
 タクシーに乗った途端、美姫は自分のした大胆な行動が怖くなった。

 もう智子さんは、私がいないことに気づいて慌てているかもしれない。

 ……そうだ。私がいないことを知ったら、智子さんが真っ先に連絡するのは秀一さんのところ。
 だとしたら、私の行動は意味がなくなってしまう。

 美姫の心に、暗い影が射す。

 私は今日、秀一さんが自宅に行くことを知らないはずなのに、現れた私を見たら、秀一さんはなんて言うだろう。

 怒るかな?
 呆れるかな?

 どうやって言い訳すればいいんだろう。

 もう、行かない方がいいのかな。
 どうしよう、やっぱり帰ろうかな……

「お客さん、着きましたよ」

 運転手の声にハッとする。

 美姫が迷っている間に、タクシーは自宅の前に着いてしまっていた。タクシーの窓越しに自宅を覗いてみたが、秀一はそこにはいなかった。

 お金を払い、タクシーを降りても、美姫は未だ迷いの中にあった。だが、寒い中ずっと外に立っているわけにもいかず、やがて自宅へと向かった。

 門扉の鍵を開け、アプローチを抜けて玄関へ。重厚な玄関の扉を前に、美姫は生唾を呑み込んだ。

 腕時計を見ると、既に4時半を回っている。

 玄関のドアを開ければ、その音で気づかれてしまうかもしれない。

 震える指で暗証番号を押し、玄関の扉を慎重に開ける。玄関には父と秀一の革靴があり、美姫の躰に緊張が走る。

 リビングの扉は固く閉ざされており、玄関の扉が開いたことには気づかれなかったようだ。 

 震える躰を抱き締めながら、音をたてないようにそっと靴を脱ぐ。深呼吸し、玄関からリビングへと続く廊下を脱いだ靴を抱きしめながら一歩一歩歩いて行く。

 怖くて今にも逃げ出したいが、それよりも真実を知りたいと思う気持ちが勝っていた。
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