チェストー! 伊佐高龍舟チーム!!

奏音 美都

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第九章 異空間へのトリップ

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 曽木の滝を満喫したところで、次は曽木発電所遺構に向かうことにした。ここは、ふれあいセンターでパンフレットをもらってからずっと行ってみたいと思ってたので、すごく楽しみだ。普段は鶴田ダムの湖底に沈んでいるため見ることが出来ないのだけど、ダムの水位調整を行う5月から9月の間だけ見られるなんて、なんかロマンチック。

 曽木の滝からは1.5kmほど下流にあるため、再び車に乗り、目的地を目指す。曽木の滝を出発すると、先ほど滝の下流に見えていた新曽木大橋が目の前に迫り、そこを通っていく。近くでみても立派な橋だった。

 ほどなく曽木発電所遺構に着いた。駐車場は広くとってあり、乗用車やツアーバスが停まっていた。 緑がいっぱいの遊歩道を歩いていると『曽木発電所展望広場まで150m』という矢印右にあるんだけど、その下にスロープは左、階段は右とある。ゆっくりと景色を楽しみながら歩きたいので、私たちはスロープの道を歩くことにした。

「あれっ。なに、ここ……」

 レンガの壁が並んでいて、窓のような小さな穴がいくつもあいている。周りに生えている苔むした大木といい、アニメ映画の世界に迷い込んだような気分になる。

「勇気ぃ、写真取ってぇ!!」

 郁美が私からカメラを奪うと、勇気くんに渡した。

 窓からふたりで顔を覗かせてみたり、レンガの壁の前で太い枝にまたがって箒に乗ってるような格好をしてみたり、郁美の言われるがままに写真を撮っていると、ちょっとした撮影会になった。

「ほらほら、海くんも来るがよ!」
「やっ……俺はいい」

 海くんは断ったんだけど、「なんね、ノリが悪いがよ!」勇気くんのお母さんにバシーンと背中を叩かれ、前によろけたところをがっしりと郁美に掴まれた。

「はい、チーズ!」

 海くんを真ん中に3人で写真を撮ると、勇気くんがカメラを下ろし、ムッとした。

「俺も映画の主人公になったつもりで、撮影会したいがよ」
「あー、あんたはぁフォトジェニックじゃないけぇ、無理ね!」

 すげなく答えた郁美に、勇気くんが首を傾げる。

「美和子ぉ、フォトゼニックってなんが?」
「え。えーっと……写真と実像が変わって見えるってことかな」

 苦しみながらなんとか説明すると、ガハハ……と勇気くんが笑う。

「俺のよかにせぶりは、写真では表現しきれんゆーことが!!」

 郁美が私に耳を寄せ、ボソッと呟く。

「幸せな奴ね」

 フフッと笑い、先へと歩いて行った。

 遊歩道を抜けると、展望所に到着した。赤煉瓦造りの建物はヨーロッパの古城を思わせるといわれているけど、私には古めかしいヨーロッパの厳粛な修道院とか、神殿といった印象を受けた。それほどに、神聖な雰囲気を感じさせる。

 これが、曽木発電所遺構……

 その神秘的な雰囲気に呑み込まれ、言葉を失う。曽木の滝が『動』の美しさなら、ここは『静』の美しさだ。1年の半分以上は水底に沈んでいるためか、塀の上には草が生えていて、それがまた歴史を感じさせる趣を見せていた。

「ここは何度来ても、感動するがよ」
「あぁ、わっぜ凄いが……」

 それからは全員時間を忘れ、ただ魅入られた。

 そばに置かれた説明を読むと、明治40年に曽木の滝すぐ下に曽木第一発電所が完成し、その2年後、工業の発展に伴い、大幅に出力をアップしたこの曽木第二発電所が完成したとある。そういえば、曽木の滝にもあちこちに発電所跡があったことを思い出した。でも、第一発電所はどこに行ったんだろう。

「どうして、第二発電所しかないんですか?」

 勇気くんのお母さんに尋ねた。

「あぁ、第一発電所はぁ、ここが稼働する直前にぃ洪水で大破したがよ」

 そう、だったんだ……

 お母さんの話によると、レンガ造りの洋風建築の発電所もさることながら、ドイツのジーメンス社製の発電機の導入や5つのトンネルや水路橋を持つ約1.5kmの導水路建設が示すように、一大事業であったため、全国から技術者や作業員が集まり、下ノ木場集落は再び活気に包まれていたそうだ。けれど、川内川の洪水を防ぐためにさらに8.5km下流に鶴田ダムが建設されると、それとともに集落は移転し、曽木発電所遺構は湖底の遺跡となり、夏の間だけ再び姿を表すことになったのだそうだ。

 当時の賑わいを想像すると、湖底に沈んだ遺構が寂しく思える。歴史に置き去れてしまった、産業遺産。まるで、そこだけ時が止まってしまったかのようだ。

「左側が配電盤室のあった管理棟で、右側が発電機の置かれてた部屋がよ。発電機の室内は当時2階建てだったそうね。で、背後にある斜面がタービン棟でぇ、上方にあるヘッドタンクを経由して4本の導水管の中を水が落下していったんね。管理棟の壁もあっこも崩壊寸前だったけぇ、2005年に大規模な補強工事が行なわれたがよ」

 言われてよく見てみると、管理棟の壁の後ろを補強のための鉄柱が支えている。歴史的遺産を長く遺しておきたいという伊佐の人たちの強い思いを感じた。

「秋になるとライトアップイベントがあってぇ、紅葉の中、水に沈んだ建物が光の中に浮かび上がって、幻想的で美しいんよ」
「そうねぇ。こうして全体が見えるんもええけどぉ、湖底から一部見える遺跡っちゅーのもロマンチックよねぇ」
「うわっ、母ちゃん! わっぜ、気持ち悪いが!」
「勇気ぃ、やぜろしか!!」
 
 会話を遠くに聞きながら、湖底に沈んだ遺構を想像した。そこに光が照らし出される様は、さぞ神々しくて美しいのだろうなぁ。

「あー。腹減ったがよ。なんか食わんね」

 勇気くんの言葉に幻想的で美しい世界が崩壊したところで、私たちは遺構を後にすることにした。
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