44 / 72
第八章 いさドラゴンカップ
4
しおりを挟む
全ての予選が終わってからでないと、後半の組み合わせは発表されない。それまでの間、ジレジレとした気持ちで、テントにいても落ち着かない。
「これから招待チームのレースがやるから、見に行こう」
海くんに声をかけられ、私たちはレースが良く見える場所まで移動した。郁美の話では、例年のいさドラゴンカップの部門は小学生の部、中学生の部、レディースの部、そしてオープン部門に分かれていて、招待チームの部があるのは郁美が知る限り今年が初めてなのだそうだ。市制10周年だから、強豪チームを招いて盛り上げてるのだろうか。
私たちが着いたタイミングで、ちょうど全艇がレース開始位置に揃ったところだった。
「パドルを上げー」
スターターの声が上がる。
「レディー……ゴー!」
一斉に全艇がスタートを切る。
は、速いっっ……
ぐんぐん艇が進んでいく。力強く鳴り響く太鼓の音。ここにいても聞こえて来る掛け声。動きの揃った美しいパドリング。ぶれることなくゴールに向かって直線に進んで行く舵捌き。レベルの差を見せつけられた気がした。
でも……きっと、ここから学べる何かがあるはず……
私たちは真剣にレースに見入った。
全ての予選レースが終了し、後半の組み合わせが決まったと放送が入った。
テントに戻ってきた海くんがメンバーに告げる。
「俺たちのタイムは1分30秒55……予選、2位だった」
それを聞き、『わぁーっ!!』とメンバーと親たちから歓声が上がる。海くんの口元も心なしか緩んでいた。
「後半のレースは11時50分からだ。20分前になったらここに集合。それまでは、各自、体を休ませて次のレースに備えるように!」
タイムが分かり、決勝戦へと進めたことで、みんなから緊張が抜けて笑顔になる。
「なんか急に腹減ってきたが」
勇気くんの言葉に笑いが起こると、勇気くんのお母さんが顔を顰めた。
「あんたぁもぉ! まこち、げんなかよぉ」
「えーえー、お腹が空くのは元気な証拠がよ! いーっぱい食いもん用意してきたけ、食わんね!」
タープテントの下には長テーブルが2つ置かれ、隙間なく食べ物や飲み物が置かれていた。おにぎりや唐揚げ、ポテトフライ、サラダと言った定番だけでなく、さつま揚げやガネ、煮物なんかも置かれ、卓上コンロには温かい味噌汁まで用意されていた。鹿児島の味噌汁は麦味噌を使っているので、他の地域のものよりも甘いのだと郁美のお母さんが説明してくれた。
「美和子ちゃん、これぇ食べてみて」
おばさんがクーラーボックスから何か取り出して、私に見せた。ラップされたお皿の上には生肉《なまにく》が載っている。
「これ、なんのお肉か分かるが?」
「牛肉、ですか?」
「フフッ……桜肉ね」
桜肉、と言われてもまだ分からなかった。
困ったように眉を寄せる私の反応に満足したように、おばさんはもう一度フフッと笑った。
「こーれ、馬の肉。馬刺しよ。食べたことあんね?」
「い、いえ……ありません」
すると、郁美のお母さんが嬉しそうに私に皿を渡し、小皿にチューブのニンニクと生姜を載せ、その上に醤油をかけると小口ネギを添えた。
「食べてみて!」
う、馬の肉……かぁ。
どうしても頭の中に馬が浮かんでしまい、躊躇う気持ちもあるけど、ここまでしてもらって断れない。すると、郁美が横から顔を覗かせた。
「あ、馬刺し持ってきたんね! これ、あたし大好物!!」
「い、頂きます……」
決意して箸を手に取り、馬刺しを一切れ挟むとニンニク生姜醤油にネギを絡ませて食べる。
え……すごくプリプリしてる。思ってた食感と違う。
歯につく感じがなくて柔らかいのに、歯応えがほどよくある。生肉だから多少の臭みはあるものの、ニンニクと生姜を混ぜた醤油と一緒に食べてるから気にならないどころか、かえって旨味が増してる。
「美味しいっ!!」
「あぁーっ! わっぜ、うまかー!!」
いつの間にか郁美も箸を手に取り、馬刺しを口に入れていた。
うわー、こんなに馬刺しが美味しいと思わなかった。
「伊佐は熊本にも近いけ、馬刺しもよぉ食べるんよ」
「へぇ、そうなんですか」
と言いつつも、熊本が馬刺しで有名というのも初めて知った。二枚目を食べようとしてたら、後ろから声が聞こえてビクッとした。
「鈴木さんと山下さん、試合の前に生物はあまり食べない方がいいよ」
『は、はいぃ!!』
二人して残念そうに箸を置いて顔を見合わせると、情けない顔に互いに笑い合った。郁美のお母さんがウィンクして「じゃぁ、これぁまた後でね」と言ってクーラーボックスに戻した。
「これから招待チームのレースがやるから、見に行こう」
海くんに声をかけられ、私たちはレースが良く見える場所まで移動した。郁美の話では、例年のいさドラゴンカップの部門は小学生の部、中学生の部、レディースの部、そしてオープン部門に分かれていて、招待チームの部があるのは郁美が知る限り今年が初めてなのだそうだ。市制10周年だから、強豪チームを招いて盛り上げてるのだろうか。
私たちが着いたタイミングで、ちょうど全艇がレース開始位置に揃ったところだった。
「パドルを上げー」
スターターの声が上がる。
「レディー……ゴー!」
一斉に全艇がスタートを切る。
は、速いっっ……
ぐんぐん艇が進んでいく。力強く鳴り響く太鼓の音。ここにいても聞こえて来る掛け声。動きの揃った美しいパドリング。ぶれることなくゴールに向かって直線に進んで行く舵捌き。レベルの差を見せつけられた気がした。
でも……きっと、ここから学べる何かがあるはず……
私たちは真剣にレースに見入った。
全ての予選レースが終了し、後半の組み合わせが決まったと放送が入った。
テントに戻ってきた海くんがメンバーに告げる。
「俺たちのタイムは1分30秒55……予選、2位だった」
それを聞き、『わぁーっ!!』とメンバーと親たちから歓声が上がる。海くんの口元も心なしか緩んでいた。
「後半のレースは11時50分からだ。20分前になったらここに集合。それまでは、各自、体を休ませて次のレースに備えるように!」
タイムが分かり、決勝戦へと進めたことで、みんなから緊張が抜けて笑顔になる。
「なんか急に腹減ってきたが」
勇気くんの言葉に笑いが起こると、勇気くんのお母さんが顔を顰めた。
「あんたぁもぉ! まこち、げんなかよぉ」
「えーえー、お腹が空くのは元気な証拠がよ! いーっぱい食いもん用意してきたけ、食わんね!」
タープテントの下には長テーブルが2つ置かれ、隙間なく食べ物や飲み物が置かれていた。おにぎりや唐揚げ、ポテトフライ、サラダと言った定番だけでなく、さつま揚げやガネ、煮物なんかも置かれ、卓上コンロには温かい味噌汁まで用意されていた。鹿児島の味噌汁は麦味噌を使っているので、他の地域のものよりも甘いのだと郁美のお母さんが説明してくれた。
「美和子ちゃん、これぇ食べてみて」
おばさんがクーラーボックスから何か取り出して、私に見せた。ラップされたお皿の上には生肉《なまにく》が載っている。
「これ、なんのお肉か分かるが?」
「牛肉、ですか?」
「フフッ……桜肉ね」
桜肉、と言われてもまだ分からなかった。
困ったように眉を寄せる私の反応に満足したように、おばさんはもう一度フフッと笑った。
「こーれ、馬の肉。馬刺しよ。食べたことあんね?」
「い、いえ……ありません」
すると、郁美のお母さんが嬉しそうに私に皿を渡し、小皿にチューブのニンニクと生姜を載せ、その上に醤油をかけると小口ネギを添えた。
「食べてみて!」
う、馬の肉……かぁ。
どうしても頭の中に馬が浮かんでしまい、躊躇う気持ちもあるけど、ここまでしてもらって断れない。すると、郁美が横から顔を覗かせた。
「あ、馬刺し持ってきたんね! これ、あたし大好物!!」
「い、頂きます……」
決意して箸を手に取り、馬刺しを一切れ挟むとニンニク生姜醤油にネギを絡ませて食べる。
え……すごくプリプリしてる。思ってた食感と違う。
歯につく感じがなくて柔らかいのに、歯応えがほどよくある。生肉だから多少の臭みはあるものの、ニンニクと生姜を混ぜた醤油と一緒に食べてるから気にならないどころか、かえって旨味が増してる。
「美味しいっ!!」
「あぁーっ! わっぜ、うまかー!!」
いつの間にか郁美も箸を手に取り、馬刺しを口に入れていた。
うわー、こんなに馬刺しが美味しいと思わなかった。
「伊佐は熊本にも近いけ、馬刺しもよぉ食べるんよ」
「へぇ、そうなんですか」
と言いつつも、熊本が馬刺しで有名というのも初めて知った。二枚目を食べようとしてたら、後ろから声が聞こえてビクッとした。
「鈴木さんと山下さん、試合の前に生物はあまり食べない方がいいよ」
『は、はいぃ!!』
二人して残念そうに箸を置いて顔を見合わせると、情けない顔に互いに笑い合った。郁美のお母さんがウィンクして「じゃぁ、これぁまた後でね」と言ってクーラーボックスに戻した。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる