28 / 72
第五章 初の実践練習
3
しおりを挟む
「ドラゴンボート、わっぜかっこええのぉ!」
「いやぁ、テンション上がっがよ!!」
「やーっと、川で練習出来るが!!」
この日、私たちは初めてのドラゴンボートの実践練習のため、菱刈カヌー競技場に来ていた。郁美の話では、この菱刈カヌー競技場は川内《せんだい》川の上流に位置し、流れもほとんどなく、『九州のカヌー場』と呼ばれているらしい。夕方6時だけどまだ明るく、川は太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
私の隣に立っていた監視役として来てくれた松元先生が、川内川を感慨深げに見つめて大きく息を吐き出した。
「今年んドラゴンカップ開催はもぉダメかぁ思っちょったが、開催できて良かったね」
そういえば、前に郁美が4月の予定だったのが8月に変更になったって話してたっけ。
「どうして、大会が延期になったんですか?」
私がそう聞くと松元先生は少し眉を寄せて唇をキュッと結んだ後、説明してくれた。
4月19日、宮崎県と鹿児島の県境にある霧島連山・えびの高原(硫黄山)が250年ぶりに噴火した。その後、近くの川から環境基準値の約200倍のヒ素が検出されたことを受け、麓にある鹿児島県の伊佐市と湧水町では、農家が下流の川内川から取水する本年度の稲作を断念することを決めたそうだ。それからしばらくして、川内川で大量の魚が死んでいるのが発見され、その屍骸を皆で協力して回収したのだが、29日に予定していたドラゴンカップ開催は難しく、見送りになったとのことだった。
「鈴木さん、鹿児島の天気予報見たことあるけ?」
「え。あ、はい……」
突然の質問に驚きつつも答えると、松元先生は大きく頷いた。
「鹿児島の天気予報には、常に降灰予報も流れる。桜島からは常に噴煙が巻き上がり、いつ噴火するかもしれん危険と隣り合わせだ。灰が降れば、洗濯もんも外に干せんし、車も灰だらけ、窓も開けられんくなる。周りから見たら過酷な環境だと思われるかもしれんが、おいたち鹿児島《かごんま》人は、桜島に脅威と同時に誇りを持ち、共存して暮らしとる。だけー、今回のことがあっても、落ち着いて対策に取り組めることが出来るがよ」
「そうなんですね……」
きっと、伊佐の人たちはどうしてもドラゴンカップを開催したくて、そのために奔走して今回の大会にこぎつけたのだろう。そう思うと、この大会が市制10周年というだけでなく、とても特別なものに思えた。
「美和子ぉ、これから練習するがよー!」
郁美がドラゴンボートの横に立ち、大きく手を振っていた。
「あ、ごめん。今行くー!」
慌てて手を振り返すと、松元先生が笑顔を向けた。
「あんたぁすっかり、伊佐に馴染んだね」
そんな様子は全然見せてなかったけど、松元先生は担任教師として私のことを心配してくれてたんだなと感じて、嬉しくなった。
「はい! すっかり伊佐高の生徒です!」
そう答えてお辞儀すると、みんなの元へ駆け出した。
「いやぁ、テンション上がっがよ!!」
「やーっと、川で練習出来るが!!」
この日、私たちは初めてのドラゴンボートの実践練習のため、菱刈カヌー競技場に来ていた。郁美の話では、この菱刈カヌー競技場は川内《せんだい》川の上流に位置し、流れもほとんどなく、『九州のカヌー場』と呼ばれているらしい。夕方6時だけどまだ明るく、川は太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
私の隣に立っていた監視役として来てくれた松元先生が、川内川を感慨深げに見つめて大きく息を吐き出した。
「今年んドラゴンカップ開催はもぉダメかぁ思っちょったが、開催できて良かったね」
そういえば、前に郁美が4月の予定だったのが8月に変更になったって話してたっけ。
「どうして、大会が延期になったんですか?」
私がそう聞くと松元先生は少し眉を寄せて唇をキュッと結んだ後、説明してくれた。
4月19日、宮崎県と鹿児島の県境にある霧島連山・えびの高原(硫黄山)が250年ぶりに噴火した。その後、近くの川から環境基準値の約200倍のヒ素が検出されたことを受け、麓にある鹿児島県の伊佐市と湧水町では、農家が下流の川内川から取水する本年度の稲作を断念することを決めたそうだ。それからしばらくして、川内川で大量の魚が死んでいるのが発見され、その屍骸を皆で協力して回収したのだが、29日に予定していたドラゴンカップ開催は難しく、見送りになったとのことだった。
「鈴木さん、鹿児島の天気予報見たことあるけ?」
「え。あ、はい……」
突然の質問に驚きつつも答えると、松元先生は大きく頷いた。
「鹿児島の天気予報には、常に降灰予報も流れる。桜島からは常に噴煙が巻き上がり、いつ噴火するかもしれん危険と隣り合わせだ。灰が降れば、洗濯もんも外に干せんし、車も灰だらけ、窓も開けられんくなる。周りから見たら過酷な環境だと思われるかもしれんが、おいたち鹿児島《かごんま》人は、桜島に脅威と同時に誇りを持ち、共存して暮らしとる。だけー、今回のことがあっても、落ち着いて対策に取り組めることが出来るがよ」
「そうなんですね……」
きっと、伊佐の人たちはどうしてもドラゴンカップを開催したくて、そのために奔走して今回の大会にこぎつけたのだろう。そう思うと、この大会が市制10周年というだけでなく、とても特別なものに思えた。
「美和子ぉ、これから練習するがよー!」
郁美がドラゴンボートの横に立ち、大きく手を振っていた。
「あ、ごめん。今行くー!」
慌てて手を振り返すと、松元先生が笑顔を向けた。
「あんたぁすっかり、伊佐に馴染んだね」
そんな様子は全然見せてなかったけど、松元先生は担任教師として私のことを心配してくれてたんだなと感じて、嬉しくなった。
「はい! すっかり伊佐高の生徒です!」
そう答えてお辞儀すると、みんなの元へ駆け出した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

クールな生徒会長のオンとオフが違いすぎるっ!?
ブレイブ
恋愛
政治家、資産家の子供だけが通える高校。上流高校がある。上流高校の一年生にして生徒会長。神童燐は普段は冷静に動き、正確な指示を出すが、家族と、恋人、新の前では

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる