チェストー! 伊佐高龍舟チーム!!

奏音 美都

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第一章 期待はずれの転校生

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 おばあちゃんは一人で暮らしてて、自分のことはなんでも自分でする。洗濯、掃除、料理、家事のこまごまとしたことはもちろん、裏に畑も持っていて、そこで野菜や果物、花なんかも育ててる。そんなことも、ここに来るまで知らなかった。

 小さなちゃぶ台を囲み、座布団の上に正座し、夕食を一緒に食べる。最初は慣れなかった正座も、1週間もたつと自然に座れるようになった。

 カナダの夏休みは日本よりも少し早い。6月下旬にこっちに来た私は期末考査の関係で高校にすぐ転入出来ず、暫くはおばあちゃんと二人きりで毎日過ごしたのだった。周りに友達も知り合いもいない、話すのはおばあちゃんのみで、行動範囲も家と裏の畑ぐらいだったけど、退屈することはなかった。おばあちゃんにコツを習いながら家事を教えてもらったり、畑仕事をお手伝いするのは、新鮮な発見と驚きと感動があったから。

 とんこつという豚の軟骨の煮物とガネというさつまいものかき揚げ、味噌汁とご飯とお漬物が食卓に並ぶ。大根や人参、さつまいも、そして伊佐の特産品としても有名な金山ねぎは畑でとれたもので、お米は近所のお米農家の方から頂いてる。伊佐は『鹿児島の北海道』とも言われるほど寒暖差が激しく、天水田で作られる『伊佐米』は幻のお米と呼ばれるほど希少なのだと、この前お米を届けてくれた農家の方が話してくれた。

 こってりした甘辛い味付けのとんこつは、初めて食べたはずなのにどこか懐かしい味がして、モチモチで甘みのあるご飯との相性抜群だった。水分の少ないボソボソのご飯に慣れきった私には、これが本当に同じお米なのだろうかと疑問に思うほど美味しくて、ご飯を食べることがこんなに幸せだなんて、初めて感じた。

 ご飯を食べながら、おばあちゃんと会話が弾む。いつもそれぞれスマホを弄りながら食べてるお母さんと私の食事風景を見たら、おばあちゃんはビックリするかもしれない。

「学校はいけんやったね?」
「え、学校なら行ったよ?」
「ハハッ、学校はどうやった、っちゅー意味がよ!」
「あ、そうなんだ……うん、みんな凄くフレンドリーで楽しかったよ。早速、クラスの男の子に告白されちゃった」
「まこちな?」

 おばあちゃんが目を丸くしたので、クスッと笑う。

「うん。『好きです……かすたどん』って。早速鹿児島人の洗礼を受けた」
「そげなことがあったね。がっついもぅ、ぐらしかぁ!」

 おばあちゃんは、かなりのオーバーリアクションをする。箸と茶碗を持ったまま肩を落として、いかにも悲しそうな顔をした。カナダ人でもここまでのリアクションは見られないだろう。

「それ、どんな意味?」
「ほんとにもう、可哀想って意味よ。こげん、もじょか子掴まえてまぁー」
「もじょか子?」
「可愛い子ゆう、意味がよ」
「ふふっ、いいの! みんな笑ってたし、楽しそうで嬉しかったから」
「ほぉけ?」
「うん」

 おばあちゃんとの会話は通じ合わないことが多いけど、そんなやりとりが楽しくて、自然に笑みが溢れてくる。

 あ、忘れてた!!

 食べかけのご飯とおかずを見栄えがいいように整えると、スマホで写真を撮り、即座にインスタにアップした。

 おばあちゃんにとっては何気無い日常の風景や食べ物でも、東京や、ましてやカナダの友達にとってみたら珍しいものがたくさんあって、写真をあげる度に『これは何?』とか『ここはどこ?』とか『すっごく美味しそう!』とか反応が返ってくる。

 カナダにいた時からインスタやってたけど、現地校でのカリキュラムやプレゼン、補習校での宿題やテスト勉強に追われて、アップする余裕なんか殆どなかった。こっちに来てから持て余すほどの時間が出来て、写真を撮る度にアップしてたら思いのほか反応があって、それから何かある度に写真を撮ってはインスタにあげるようになった。

 ご飯を食べ終わって食器を持って台所に行くと、窓から西日が射し込んでくる。

 綺麗……

 茶碗を洗い終わって外に出ると、ちょうど夕陽が沈むところだった。雲ひとつない空の中、夕陽が稜線の向こう側に沈んでいき、家のすぐ隣の田んぼに鏡のように映し出される。淡いオレンジ色から薄青色のグラデーションは、やがて濃くなっていく薄青色に少しずつ侵食されていく。溜息を吐くと、瞬きするように写真を撮った。

 ここにいると、自然の中に自分が生かされていることを実感する。空を見上げて美しいと思うことなんて、いつ以来だろう……ずっと、忘れてた気がする。まだ生温さの残る夕方の風が、頬を優しく撫でていく。生命力が、満ちていく。

「美和子ちゃん、風呂ん浸かってこんね」

 台所の窓から、おばあちゃんの声が聞こえてきた。

「うん。今行くー」

 暮れなずむ景色に別れを告げ、裏口から家の中へ入った。
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