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第一章 期待はずれの転校生
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引き戸を開けて、声を掛ける。
「おばあちゃん、ただいまー」
三和土で靴を脱いでると、おばあちゃんがちょこちょこと歩いてきた。小学生ぐらいの背丈しかなくてちんまりしてて、年上の人にこんなこと言うのは失礼かもしれないけど、すごく可愛い。
「美和子ちゃん、お帰りぃ。ぜーんぜん帰って来んで心配しよったんよぉ」
「文化祭の準備の手伝いしてて遅くなっちゃったの、ごめんね」
「あーあー、文化祭、もうすぐじゃったけ、遅くなったかぁ。ええよ、ええんよ、美和子ちゃんがぁ、無事帰ってきて良かったよ。ほいじゃ、夕飯食わんね」
私は今までおばあちゃんの家に、3回遊びに来たことがあるらしい。産まれてすぐと、2歳と6歳の時。でも、唯一残ってる6歳の時の記憶ですらボヤーッとしていて、あまり覚えていない。
お母さんは伊佐での暮らしやおばあちゃんについて話すことがなく、私もそんな雰囲気を察して聞かなかったから、お母さんの田舎がどんな所なのか、おばあちゃんとどんな生活をしていたのかも知る機会がなかった。
それが、中学生の時にお父さんがカナダに転勤が決まって、5年間暮らすことになり、それから必死に現地校の授業についていくために英語、英語、英語優先で必死に勉強させられて、ようやくその努力が実って授業の英語が理解できて、友達との会話がスムーズになってきた途端、今度は帰国に向けて大学受験が心配だからと、日本語を学ばせるためにお母さんの独断で、伊佐のおばあちゃんの家に夏休みの間滞在することが決められてしまった。
夏休みは友達の親が持ってるジョージアンベイのコテージに遊びに行かせてもらう約束してたのに。それに、どうせ日本に行くなら住んでた東京に滞在して、友達と遊びたかったのに。本当に、親って勝手だ。
トロントからほぼ丸一日かけて伊佐にようやく辿り着くと、たった3回しか会ったことない他人同様の私を、おばあちゃんは大歓迎してくれた。
「美和子ちゃん、よぉ来た、よぉ来た。会いたかったよぉ。まぁーあ、かーわいい! 大きくなったねぇ。10年よぉ、もぉばあちゃんのこと、分からんね?」
そう言って、涙ぐみながらギューッと抱きしめてくれて、その瞬間に私はおばあちゃんが大好きになった。優しくて可愛い見た目も、心のこもった温かい喋り方も、抱きしめるその細くてシワだらけの手も。涙が出るほど、嬉しかった。
「覚え、てるよ……おばあちゃんのこと。すごく、会いたかった」
自然と、そんな言葉がついて出た。
「じゃ、お母さん、美和子のこと頼むわね。何かあれば電話して、私は東京にいるから」
高校生の私がひとりで飛行機に乗って日本に行くことは出来ないので、おばあちゃんの娘であるお母さんが一緒に来てくれていた。けれど、お母さんはここには滞在せずに東京で過ごし、2ヶ月後に私が東京で合流して1週間滞在し、その後トロントに帰国する予定だ。
「染子ぉ、もう帰っとね? そげん急がんと泊まっていかんね?」
「私のスーツケースは東京駅のコインロッカーに預けてあるし、もう新幹線のチケットも取ったから。いい、美和子? おばあちゃんの言うことよく聞くのよ。じゃ、2ヶ月後に東京でね」
「うん……」
お母さんはハイヒールを鳴らして、引き戸を開けると出て行った。
お母さんは高校を卒業した後、東京の大学に入学し、就職も向こうでした。そこで東京出身のお父さんと出会って結婚したから、今では東京での生活の方が長い。東京の暮らしの方が自分には合っていると、飛行機の中でお母さんが話していた。
振り向きもせず出ていくお母さんを悲しそうに見つめるおばあちゃんに、申し訳ない気持ちになった。
「おばあちゃん、ただいまー」
三和土で靴を脱いでると、おばあちゃんがちょこちょこと歩いてきた。小学生ぐらいの背丈しかなくてちんまりしてて、年上の人にこんなこと言うのは失礼かもしれないけど、すごく可愛い。
「美和子ちゃん、お帰りぃ。ぜーんぜん帰って来んで心配しよったんよぉ」
「文化祭の準備の手伝いしてて遅くなっちゃったの、ごめんね」
「あーあー、文化祭、もうすぐじゃったけ、遅くなったかぁ。ええよ、ええんよ、美和子ちゃんがぁ、無事帰ってきて良かったよ。ほいじゃ、夕飯食わんね」
私は今までおばあちゃんの家に、3回遊びに来たことがあるらしい。産まれてすぐと、2歳と6歳の時。でも、唯一残ってる6歳の時の記憶ですらボヤーッとしていて、あまり覚えていない。
お母さんは伊佐での暮らしやおばあちゃんについて話すことがなく、私もそんな雰囲気を察して聞かなかったから、お母さんの田舎がどんな所なのか、おばあちゃんとどんな生活をしていたのかも知る機会がなかった。
それが、中学生の時にお父さんがカナダに転勤が決まって、5年間暮らすことになり、それから必死に現地校の授業についていくために英語、英語、英語優先で必死に勉強させられて、ようやくその努力が実って授業の英語が理解できて、友達との会話がスムーズになってきた途端、今度は帰国に向けて大学受験が心配だからと、日本語を学ばせるためにお母さんの独断で、伊佐のおばあちゃんの家に夏休みの間滞在することが決められてしまった。
夏休みは友達の親が持ってるジョージアンベイのコテージに遊びに行かせてもらう約束してたのに。それに、どうせ日本に行くなら住んでた東京に滞在して、友達と遊びたかったのに。本当に、親って勝手だ。
トロントからほぼ丸一日かけて伊佐にようやく辿り着くと、たった3回しか会ったことない他人同様の私を、おばあちゃんは大歓迎してくれた。
「美和子ちゃん、よぉ来た、よぉ来た。会いたかったよぉ。まぁーあ、かーわいい! 大きくなったねぇ。10年よぉ、もぉばあちゃんのこと、分からんね?」
そう言って、涙ぐみながらギューッと抱きしめてくれて、その瞬間に私はおばあちゃんが大好きになった。優しくて可愛い見た目も、心のこもった温かい喋り方も、抱きしめるその細くてシワだらけの手も。涙が出るほど、嬉しかった。
「覚え、てるよ……おばあちゃんのこと。すごく、会いたかった」
自然と、そんな言葉がついて出た。
「じゃ、お母さん、美和子のこと頼むわね。何かあれば電話して、私は東京にいるから」
高校生の私がひとりで飛行機に乗って日本に行くことは出来ないので、おばあちゃんの娘であるお母さんが一緒に来てくれていた。けれど、お母さんはここには滞在せずに東京で過ごし、2ヶ月後に私が東京で合流して1週間滞在し、その後トロントに帰国する予定だ。
「染子ぉ、もう帰っとね? そげん急がんと泊まっていかんね?」
「私のスーツケースは東京駅のコインロッカーに預けてあるし、もう新幹線のチケットも取ったから。いい、美和子? おばあちゃんの言うことよく聞くのよ。じゃ、2ヶ月後に東京でね」
「うん……」
お母さんはハイヒールを鳴らして、引き戸を開けると出て行った。
お母さんは高校を卒業した後、東京の大学に入学し、就職も向こうでした。そこで東京出身のお父さんと出会って結婚したから、今では東京での生活の方が長い。東京の暮らしの方が自分には合っていると、飛行機の中でお母さんが話していた。
振り向きもせず出ていくお母さんを悲しそうに見つめるおばあちゃんに、申し訳ない気持ちになった。
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