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ふたりの母
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美姫が手術の為に今日から入院するのは、クリニックから紹介を受けた総合病院ではなく、婦人科、女性泌尿器科、乳腺外科を専門とするレディースクリニックだった。
卵巣嚢胞手術で卵巣を摘出しなければならないと聞き、セカンドオピニオンを聞きたかったため、他の病院も訪ねたのだ。だが本当のところは、あの総合病院に入院すれば産科の患者と同じ入院棟になるため、新生児や子供の声を聞くのが耐えられないと思ったのが主な理由だった。
既に術前検査や手術、手術時の麻酔についての説明も別の日に終えていた。
明日の手術に備え、今日の午前中からの入院となる。
7階建てのビルの6階が宿泊室と呼ばれる入院棟になっており、美姫はそこの特別宿泊室に入っていた。女性だけの専門病院だけあって、宿泊室においてあるインテリアは花柄だったり、淡い色彩の配色だったりして女性らしさを感じさせるデザインだった。
退院までは1週間の予定で、そんなに長い期間仕事に穴を空けることに不安な美姫は、パソコンやデザイン画、資料等を持ち込んでいた。
大和が呆れたように声を掛ける。
「入院の間ぐらい、ゆっくりしろよ」
「でも、取引先のメールも確認しなくちゃいけないし、ローティーンラインの最終チェックやソウル支店から本店に研修に来てるソユンの密着取材のことも気になるし……」
パソコンを開けてメールチェックしようとした美姫に、大和はそれをパタンと閉じた。
「仕事の引き継ぎなら、ちゃんと島根さんにしてきたんだろ?
もう仕事のことは考えんな」
美姫は溜息を吐いてから、「うん、分かった……」と呟いた。
仕事に集中していた方が不安でいられずに済むから楽なのだが、大和の気持ちを汲み、大人しくしていることにした。
看護師が扉をノックし、入ってきた。
「ふふ、ご夫婦仲がよろしいですね。
これから剃毛とおへその処理しますけど、旦那さんはどうされますか」
大和は慌てたように鞄を手にした。
「俺、仕事戻るわ。またな、美姫」
「うん、ありがとね」
いそいそと帰って行った大和を笑顔で見送り、看護師は羨ましそうに美姫に言った。
「財閥の社長だからお忙しいでしょうに、わざわざ病院まで送って付き添ってくれるなんて、愛されてますね」
「えぇ、申し訳ないぐらい......」
そう、美姫の大和に対しての気持ちを端的に表すとすれば『申し訳ない』という思いだった。
剃毛と臍処理を終えると、入れ替わりに凛子が病室に入ってきた。まだ誠一郎が入院中なので付き添いは出来ないものの、様子を見に来てくれたのだ。
「お父様の容体はどうですか?」
不安そうに尋ねる美姫に、凛子はフフッと笑った。
「お父様は美姫の容体はどうなんだって、仕切りに聞いてましたよ。本当に、お互いの心配ばかりして」
美姫は瞳を潤ませた。
「おか……さま。私、お父様の願いを叶えてあげられませんでした。
あんなに、孫の誕生を待ち望んでいたのに……」
申し訳なさそうに俯く美姫の手を、優しく凛子が取った。凛子の瞳も潤み、その手は細かく震えていた。
「美姫……ッごめんなさいね、ずっとプレッシャーだったのでしょう?
私も誠一郎さんが孫を望んでいることを知っていたし、それほど長くは生きられないことを知っていたから、どうしても彼の願いを叶えてあげたくて。
美姫が子供のことを聞かれた時に苦しそうにしていたのに気づいていたのに、あなたを庇ってやることができなかった。母親、失格ね。
ごめんな、さいねック」
凛子に謝られた途端、美姫の不安が堰を切って流れ出した。
「私、本当はまだ子供なんて考えられなかった。仕事が充実してて、もっとやりたいことがいっぱいあった。
でも、周りは私を来栖財閥社長の妻として、未来の後継者の母親として見てくるんです。
大学を卒業するまではよかった、まだ理由があったから。大学を卒業した途端、TVや雑誌のインタビューでも聞かれるんです。『お子さんはいつごろ?何人ぐらい欲しいって考えてますか?』って。いくら仕事を頑張って成果をあげても、そのプレッシャーからは逃れられない。
お父様の望みも叶えてあげたかったし、お母様を安心させてあげたかったし、大地お兄さんを亡くして拠り所を失った大和に家族という新しい場所を与えてあげたかった。
でも……何よりも私は、『子供を産まなければならない』というプレッシャーから逃れたかったのかもしれません」
それは、今まで誰にも言えずに抱え込んでいた鬱積した思いだった。
卵巣嚢胞手術で卵巣を摘出しなければならないと聞き、セカンドオピニオンを聞きたかったため、他の病院も訪ねたのだ。だが本当のところは、あの総合病院に入院すれば産科の患者と同じ入院棟になるため、新生児や子供の声を聞くのが耐えられないと思ったのが主な理由だった。
既に術前検査や手術、手術時の麻酔についての説明も別の日に終えていた。
明日の手術に備え、今日の午前中からの入院となる。
7階建てのビルの6階が宿泊室と呼ばれる入院棟になっており、美姫はそこの特別宿泊室に入っていた。女性だけの専門病院だけあって、宿泊室においてあるインテリアは花柄だったり、淡い色彩の配色だったりして女性らしさを感じさせるデザインだった。
退院までは1週間の予定で、そんなに長い期間仕事に穴を空けることに不安な美姫は、パソコンやデザイン画、資料等を持ち込んでいた。
大和が呆れたように声を掛ける。
「入院の間ぐらい、ゆっくりしろよ」
「でも、取引先のメールも確認しなくちゃいけないし、ローティーンラインの最終チェックやソウル支店から本店に研修に来てるソユンの密着取材のことも気になるし……」
パソコンを開けてメールチェックしようとした美姫に、大和はそれをパタンと閉じた。
「仕事の引き継ぎなら、ちゃんと島根さんにしてきたんだろ?
もう仕事のことは考えんな」
美姫は溜息を吐いてから、「うん、分かった……」と呟いた。
仕事に集中していた方が不安でいられずに済むから楽なのだが、大和の気持ちを汲み、大人しくしていることにした。
看護師が扉をノックし、入ってきた。
「ふふ、ご夫婦仲がよろしいですね。
これから剃毛とおへその処理しますけど、旦那さんはどうされますか」
大和は慌てたように鞄を手にした。
「俺、仕事戻るわ。またな、美姫」
「うん、ありがとね」
いそいそと帰って行った大和を笑顔で見送り、看護師は羨ましそうに美姫に言った。
「財閥の社長だからお忙しいでしょうに、わざわざ病院まで送って付き添ってくれるなんて、愛されてますね」
「えぇ、申し訳ないぐらい......」
そう、美姫の大和に対しての気持ちを端的に表すとすれば『申し訳ない』という思いだった。
剃毛と臍処理を終えると、入れ替わりに凛子が病室に入ってきた。まだ誠一郎が入院中なので付き添いは出来ないものの、様子を見に来てくれたのだ。
「お父様の容体はどうですか?」
不安そうに尋ねる美姫に、凛子はフフッと笑った。
「お父様は美姫の容体はどうなんだって、仕切りに聞いてましたよ。本当に、お互いの心配ばかりして」
美姫は瞳を潤ませた。
「おか……さま。私、お父様の願いを叶えてあげられませんでした。
あんなに、孫の誕生を待ち望んでいたのに……」
申し訳なさそうに俯く美姫の手を、優しく凛子が取った。凛子の瞳も潤み、その手は細かく震えていた。
「美姫……ッごめんなさいね、ずっとプレッシャーだったのでしょう?
私も誠一郎さんが孫を望んでいることを知っていたし、それほど長くは生きられないことを知っていたから、どうしても彼の願いを叶えてあげたくて。
美姫が子供のことを聞かれた時に苦しそうにしていたのに気づいていたのに、あなたを庇ってやることができなかった。母親、失格ね。
ごめんな、さいねック」
凛子に謝られた途端、美姫の不安が堰を切って流れ出した。
「私、本当はまだ子供なんて考えられなかった。仕事が充実してて、もっとやりたいことがいっぱいあった。
でも、周りは私を来栖財閥社長の妻として、未来の後継者の母親として見てくるんです。
大学を卒業するまではよかった、まだ理由があったから。大学を卒業した途端、TVや雑誌のインタビューでも聞かれるんです。『お子さんはいつごろ?何人ぐらい欲しいって考えてますか?』って。いくら仕事を頑張って成果をあげても、そのプレッシャーからは逃れられない。
お父様の望みも叶えてあげたかったし、お母様を安心させてあげたかったし、大地お兄さんを亡くして拠り所を失った大和に家族という新しい場所を与えてあげたかった。
でも……何よりも私は、『子供を産まなければならない』というプレッシャーから逃れたかったのかもしれません」
それは、今まで誰にも言えずに抱え込んでいた鬱積した思いだった。
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