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第一部 血族
24寵愛と枷②
しおりを挟む執務室を後にして最上階の私室に戻ると、中から小姓のイスマイル少年の困りきった声が聞こえてきた。
「あっ、お客様、どうかやめてくださいませ」
ナシェルは何が行われているかだいたいの想像をもとに、怒髪天の勢いで扉を開けた。
中央の円卓を背に、のけぞる小姓に覆いかぶさろうとしているファルクの姿が目に飛び込んでくる。ファルクはイスマイルの服の上から腰のあたりを撫でながら、場面に相応しくない暢気な笑顔で挨拶した。
「おや、殿下。ご機嫌麗しゅう」
「貴様……小姓に何をしている。しかも私の部屋で」
「殿下!お助けください、お部屋にお通ししたら、お客様がいきなり……」
イスマイル少年は涙声で訴えた。解放されて駆け出してきた彼は、半泣きになりながらナシェルの背後に隠れる。
「知らないお兄さんに騙されてついて行ったら、どういうことになっちゃうか教えてあげていただけですよ。いや、あんまり可愛かったんで、つい」
ファルクは冗談めかして丸眼鏡をかけなおした。イスマイル少年は律儀にも、この期に及んでまだ小姓としての役割を果たそうと鼻をすすりながら尋ねた。
「殿下、お、お客様も……お飲み物、なにに致しましょう」
「わあ、お茶出してくれるのかい。でもわたしが飲みたいのはキミのねえ……」
「黙れ!……イスマイル、こんな奴に茶など出さんでいい。もう今日は退がってよい」
少年は一礼し、乱れたお仕着せを直しながら退がった。
ナシェルは向き直りファルクと対峙した。
「この……ど変態め。あの子の祖父は魔獣界のヴァレフォール公爵だぞ。とんでもないことをしてくれるな」
「ほう、あの闘牛みたいな角をはやした汚い爺いからどうやったらあんな可愛い孫ができるのか、遺伝学的見地からもぜひ研究してみたいですね……。ところで殿下、約束どおりモデルになっていただこうとまかり越しました。よもやお忘れではないですね?」
「…………」
彼はいそいそと、角型の革鞄からスケッチブックと木炭を取り出す。
「今日はデッサンをやります。お立ちいただく場所は……そうですね、どこにしようかな」
「今日は? 今日はとはどういう意味だ」
「例の王女に処方した目薬、一本分につきモデル一回ですよ。決まってるでしょう」
「……永久的な効果はないということか?」
「殿下、ですから、目薬だって云ってるでしょう。そんなに持つわけありませんよ。一滴挿してせいぜい1週間って所ですかね。それでも目薬としてはかなりの持続性ですよ。1本で約2ヶ月。ふふ」
「2ヶ月おきに貴様の下手な絵のモデルにされてたまるか。もっと長持ちする薬を開発して来い、ヤブ医者」
「わあ、それは新たなご依頼ですね? 今度は体で支払ってくれますか」
「…………」
ナシェルは天井を仰いだ。何を云っても無駄のようだ。
ファルクは続き部屋の向こう側、広い露台に設えられた真紅の長椅子に気づいて目を光らせた。
「よし、あそこにしましょう。殿下、あの長椅子に横になってください」
「前にも云ったが、私は脱がぬし、私に触れることも禁止だぞ」
「しかしポーズはこちらが決める約束ですよ……。横になっていただいて、そうだな……、あ、いい物を持ってきたんでした」
ファルクが革鞄まで戻って持ってきたものは、鎖のついた手枷であった。錠前までついている。これで両手を縛って長椅子の肘掛けにナシェルをくくり付ける気でいるのだ。
ナシェルは怒りに震えた。
「貴様、馬鹿だろう!そこまでしてやる義理は無い」
「御身には触らないって申し上げているじゃありませんか。嫌ならいいんですよ、今度お目通りしたとき、陛下に私の知っている王女の出生の秘密を洗いざらい……」
「分かった!貸せ、ど変態め。いいか、鍵はかけるなよ」
ナシェルは手枷を奪い取って自分の両手首に嵌めた。寸分の余裕も無くぎっちりと手首が固定される。ままよ、とばかりに長椅子に寝転んで、鎖は頭上の、肘掛けの後ろに垂らした。
「誰か来るってことはないでしょうね?ヴァニオン卿とか、お父上とか」
「来るはずないだろう。ヴァニオンは領地に退っているし、父上は氷獣界だ。だが極力、さっさと終わらせろ」
「殿下、もう少し手は上でお願いします。鎖が見えるように……」
云いながらファルクは長椅子の後ろへ廻り、鎖を掴むや否や、長椅子に縛り付けてしまった。
がちゃがちゃという音がする。錠前の鍵までかけているようだ。
「……待て、何してる! 鍵はかけるなと云ってるだろう」
「リアリティが必要なんですよ、リアリティが。
いいお姿ですね、殿下……、ぞくっとしますよ」
ファルクの暗紅色の瞳の奥に、ゆらりと炎が立ち上るのが見えた。手枷を嵌めたナシェルを見て、スイッチが入ってしまったようだ。舌なめずりする音が聞こえてきそうだ。
「わお、堪らないな…」
彼は手枷の鍵をそばの円卓に放ると、丸眼鏡を外して胸ポケットに入れながら、身を屈めて来る。
「触るなという約束だぞ…!」
「殿下がお悪いのですよ、そんな格好で見つめられたら、理性など保てません」
約束は忘れたとでもいうのか。
覆いかぶさってくるファルクを蹴り上げようとした瞬間、太腿を上から押さえつけられる。
「……ッ、退け!」
「いいじゃありませんか、減るもんじゃなし。それに貴方様はこういうの結構お好きでしょう」
「好きな訳……あるか……ッ!」
聞く耳など持たぬファルクの長い指が、太腿からゆっくりと体を這うようにして上ってきて、唇が触れるぎりぎりの所まで頤を持ち上げられた。
その間にもファルクの膝がナシェルの太腿を割り、彼が体重をかけてくる。銀灰色の長い髪が落ちてきてナシェルの首筋をくすぐった。
「一度でいいから貴方を組み敷いてみたいと思っていました……今日は記念になりそうです。暴れないで……、手首に傷がつきますよ」
慇懃な口調とは裏腹の無礼な指が、ナシェルの襟を寛げてゆく。
「貴様……赦さぬぞ……」
「ふふ、強がりを云って……可愛い方だ。本気で虐めてもいいですか?」
ファルクの顔が近づいてくる。吐息がかかる。
唇を奪われる、と思ったその時。
「……そ こ ま で だ」
突如、張りつめた糸を断ち切るような低い声が近いところから響いた。
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