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第九章 ナシェル、人情にほだされる
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「そうだな……その少年の言い分も聞いてみるとしよう。ヴァニオン、そのラミという少年をここへ連れてきてくれるか」
「簡単に云うけどね~、ふつう三等客室の乗船券でVIPには入れないことになってんのよ? 俺の変装みたら分かるっしょ。ここまで来るの大変だったんだからぁ」
ヴァニオンは上着の端っこを摘まんで科をつくった。そう言われてみれば彼はスタッフルームからくすねてきたと思しき船員服を着ている。
「もし階層ごとに見張りがいるなら、そいつに袖の下でも渡せ。奥の部屋に金銀財宝があるから適当に見繕って持っていけ」
「おおなるほど……さすがはナシェル……悪知恵の働くことで」
ヴァニオンは手を打ち、アシールの寝室から適当な銀貨を持ち出してラミ少年を呼びに出て行った。とりあえず冥王がいるのでここはお任せ、ということだろう。
だが肝心の冥王は顎に手を当て何やら宙を睨んでいる。
「父上、さっきからどうなさいました」
「『父上』? お、お兄さんではないのですか?」
アシールが驚愕しているが、ナシェルは無視して冥王に向き直った。
「なにか御懸念でも?」
「いや、バーで船客たちが話しているのを聞いていたのだが、どうやらこの船では一部の客の間で、表に出せないようないわくつきの品物の売買取引などが行われているようだ。この男も、盗んだ宝石類を売る目的でこの船に乗り込んだのであろう?」
「そうです! それです」
アシールは床で縛られたまま身を乗り出してくる。
「実は船の中で今夜遅く、重要な商談があるんです。大陸間を渡り歩いている古物商に、例の『暁の雫』を売り払おうとしていて……」
「その『暁の雫』とは一体何だ?」と父。
「黄金色の、大粒のサファイアの結晶です。この男の持っていた盗品類の中でも、それだけは別格の宝石のようです」
……というナシェルの説明に、アシールが補足する。
「と、とても希少価値が高いものです。大変珍しいがゆえに、いつまでもその石を持っていると足がつきます。それで私はそれを売り払おうとこの船に乗船したのです―――。今夜、私が取引の場に現れなかったらそれこそ騒ぎになってしまいます!」
アシールは「だからこの縄をほどいてくれ」と言わんばかりに上体をくねらせた。
「……父上どうします?」
「そなたの好きにすればよいよ」
「では私の一存ですがあの宝石は売りません」
足元にアシールが身を寄せてきた。
「いやっ、ちょっとナシェルさん、ですから、商談の場に行かなければ騒ぎになります―――!」
「商談の場には出てゆけばよい。ただし交渉は決裂させる。『暁の雫』は売らない」
「なんでですか!?」
「なぜって。私にあの宝石を近づけてみて貴様も感じただろう?」
ナシェルは詐欺男を傲然と見下ろし、流れる黒髪を後ろへ撥ね退けてみせる。
「あの宝石も私の物になりたがっている。そんな気がするからだ」
――いや、そんなわけはない気のせいである。ナシェルは気づいていた。普段なら宝石などには興味がないはずなのだが、あの宝石だけは手に入れたい、と思ってる自分に。一目見たときから、あの掌大のゴールデンサファイアを直感で「欲しい」と思ったのだ――。それほどに『暁の雫』の耀きは魅力的だったのである。
「なぜ、そんなにも一つの宝石にこだわっておるのか知らぬが……」
と王が言う。
「もしかして密売人に時価額以下で叩き売るのがイヤだとか、そういう理由なのか?」
「ええ、そういうのもあります」
「ナシェル。そなたは我々自身の懐事情を気にする必要はもうないのだよ」
「なぜですか?」
「言っただろう。余はカジノルームで単に遊んでいたわけではないと……」
王は片方のふくらんだ袖に手を入れてゴソゴソし、札束を取り出すとテーブル上へ抛った。
「新大陸の通貨に換金してある。これだけ儲ければ当面、旅の資金には苦労するまい?」
「すごい、さすが父上!」
ナシェルは思わず王に抱きついた。聞いてないようでしっかり聞いていたのだ父は! そしてこの成果である。
「簡単に云うけどね~、ふつう三等客室の乗船券でVIPには入れないことになってんのよ? 俺の変装みたら分かるっしょ。ここまで来るの大変だったんだからぁ」
ヴァニオンは上着の端っこを摘まんで科をつくった。そう言われてみれば彼はスタッフルームからくすねてきたと思しき船員服を着ている。
「もし階層ごとに見張りがいるなら、そいつに袖の下でも渡せ。奥の部屋に金銀財宝があるから適当に見繕って持っていけ」
「おおなるほど……さすがはナシェル……悪知恵の働くことで」
ヴァニオンは手を打ち、アシールの寝室から適当な銀貨を持ち出してラミ少年を呼びに出て行った。とりあえず冥王がいるのでここはお任せ、ということだろう。
だが肝心の冥王は顎に手を当て何やら宙を睨んでいる。
「父上、さっきからどうなさいました」
「『父上』? お、お兄さんではないのですか?」
アシールが驚愕しているが、ナシェルは無視して冥王に向き直った。
「なにか御懸念でも?」
「いや、バーで船客たちが話しているのを聞いていたのだが、どうやらこの船では一部の客の間で、表に出せないようないわくつきの品物の売買取引などが行われているようだ。この男も、盗んだ宝石類を売る目的でこの船に乗り込んだのであろう?」
「そうです! それです」
アシールは床で縛られたまま身を乗り出してくる。
「実は船の中で今夜遅く、重要な商談があるんです。大陸間を渡り歩いている古物商に、例の『暁の雫』を売り払おうとしていて……」
「その『暁の雫』とは一体何だ?」と父。
「黄金色の、大粒のサファイアの結晶です。この男の持っていた盗品類の中でも、それだけは別格の宝石のようです」
……というナシェルの説明に、アシールが補足する。
「と、とても希少価値が高いものです。大変珍しいがゆえに、いつまでもその石を持っていると足がつきます。それで私はそれを売り払おうとこの船に乗船したのです―――。今夜、私が取引の場に現れなかったらそれこそ騒ぎになってしまいます!」
アシールは「だからこの縄をほどいてくれ」と言わんばかりに上体をくねらせた。
「……父上どうします?」
「そなたの好きにすればよいよ」
「では私の一存ですがあの宝石は売りません」
足元にアシールが身を寄せてきた。
「いやっ、ちょっとナシェルさん、ですから、商談の場に行かなければ騒ぎになります―――!」
「商談の場には出てゆけばよい。ただし交渉は決裂させる。『暁の雫』は売らない」
「なんでですか!?」
「なぜって。私にあの宝石を近づけてみて貴様も感じただろう?」
ナシェルは詐欺男を傲然と見下ろし、流れる黒髪を後ろへ撥ね退けてみせる。
「あの宝石も私の物になりたがっている。そんな気がするからだ」
――いや、そんなわけはない気のせいである。ナシェルは気づいていた。普段なら宝石などには興味がないはずなのだが、あの宝石だけは手に入れたい、と思ってる自分に。一目見たときから、あの掌大のゴールデンサファイアを直感で「欲しい」と思ったのだ――。それほどに『暁の雫』の耀きは魅力的だったのである。
「なぜ、そんなにも一つの宝石にこだわっておるのか知らぬが……」
と王が言う。
「もしかして密売人に時価額以下で叩き売るのがイヤだとか、そういう理由なのか?」
「ええ、そういうのもあります」
「ナシェル。そなたは我々自身の懐事情を気にする必要はもうないのだよ」
「なぜですか?」
「言っただろう。余はカジノルームで単に遊んでいたわけではないと……」
王は片方のふくらんだ袖に手を入れてゴソゴソし、札束を取り出すとテーブル上へ抛った。
「新大陸の通貨に換金してある。これだけ儲ければ当面、旅の資金には苦労するまい?」
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