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第九章 ナシェル、人情にほだされる
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しおりを挟むしかし一抹の怪しさは拭いきれない。ナシェルは札束と王を交互に見つめた。もしかして短時間にここまで大儲けできたのは、なにか人間には分からない小技でも使ったのではなかろうか……?
王はごまかすように咳払いして札束をナシェルに押しつけた。
「ごほん、まあ……とにかく旅の資金がこれだけあれば、もうその暁の雫なる宝石にはこだわらずとも良いであろ」
「ですが……」
ナシェルは不満顔だが、冥王は無理やりに話をまとめてしまう。
「こやつが商談に応じなかったらきっとまた船内で面倒なことが起きるよ。あきらめなさい。――で、そのほう、名はなんだったかな」
「アシールです」
「アシールとやら。いったん縄はほどいてやるが、くれぐれも妙な気を起こすでないぞ。宝石類の売買が完了したら、我々から奪った旅の軍資金は返却してもらう。問題は新大陸についた後だな。港警察に突き出すか、いっそ折り返しの船に乗せてまた元の港町へ戻すか―――」
「待って!! 元の町に戻されたら、足抜けの報復で確実に殺されてしまいます~!!」
「文句があるなら当初の予定通り今すぐ甲板からダイビングさせてやってもいいんだぞ。宝石だって、ぶっちゃけ私たちがもらったって誰にも分からない、死人に口なしで……」
「やめなさいナシェル」
「…ぶぅ(はい)」
しばらくするとヴァニオンが少年を連れて戻ってきた。
「ラミ!」
ラミは浅黒い肌に亜麻色の髪、猫のような金色の瞳を持った、十代前半の子供だった。薄汚れた身なりではあるが、ナシェルの見たところ、顔立ちもよく賢そうな目をしている。栄養をたっぷり得て健全に育てばおそらく『見目のよい少年』と形容するに足るであろう。
「アシール!!」
ラミ少年は涙目で、縄を解かれたアシールに駆け寄った。アシールが屈んで両手を広げる。……感動の再会となるかと思いきや、ラミ少年はアシールを思い切りグーパンチした。
「痛っ!」
「ひとりだけ足抜けするなんてずるいぞ! どうしてオイラを一緒に連れてってくれなかったんだよぅ!?」
「なるほど。この少年も、新大陸で新たな人生をはじめたかったというわけだな」
冥王は何を理解したというのか深々と頷いた。
ラミ少年は、冥王とナシェルの姿を見るやおののいたように床にひれ伏した。長身黒髪で人間離れした美貌の双子、というふたりの容姿に、何か人智を超えた奇跡を感じ取ったらしい。
ラミ少年が深々と地面に頭を伏せたので、アシールもそれに倣って土下座した。
「本当に……ご迷惑をおかけしました! こいつ、本当にクズなんですけど根っからの悪党じゃないんです!」
少年が詐欺男のために助命嘆願するという構図に、驚いたのはナシェルたちだけではない。アシール自身も、頭を伏せながら瞠目している。
ラミは語った。
「オイラ、小さいときから親がいなくて、あの街でずっと乞食やってて……本当に毎日食うものがなくて、希望もなくて、ものを考えることもしなくなっちまって、ずっと陸橋の下で物乞いしてました。もしアシールが拾ってくれなかったら、餓死してたかもしんないんです。アシールはオイラたちみたいな乞食のガキに飯を食わせてくれて、港町で生きて行けるようにいろんな生活術を教えてくれたんです。オイラたちが食っていけるようになるまで本当にいろいろ、目をかけてくれて……」
「ふぅん、生活術ねえ……」
ヴァニオンはナシェルの立ち上がったあとのソファへ腰を下ろし、ひじ掛けに頬杖をつく。まさにその生活術こそが、ヴァニオンが被害にあったスリ等、もろもろの犯罪というわけだ。
ラミ少年は土下座したまま続けた。
「もちろん、置き引きとかスリなんて、本当はやっちゃいけないコトだっていうのは分かってます。でも、オイラたち孤児が生きていくためには仕方がなくて。―――オイラたちは、貧しそうな人間からは盗りません。オイラたちはいつも、港に停泊した豪華客船から降りてくる、不用心そうな金持ち観光客を狙っていました。お金持ちなら、お財布の一つや二つ、盗られたって懐が痛まないと思って」
「不用心そうな金持ち……」
図星を突かれたヴァニオンが、ずっこけた拍子に頬杖がガクッとはずれる。
ナシェルは腕組みして少年の話に聞き入った。
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