34 / 42
もう会えないはずの君に
しおりを挟む□
部屋に戻り、太陽がちょうど消えたのを確認して、ベッドに座った。
早まらないでくれ。無事でいてくれ。
そう願いながら、神経を集中する。
ゴーストが、僕の頭上にまろび出た。
空に向かって落下するような感覚で、向かう。あの場所へ。あの人のいる、水葉世界へ。
数回瞬きすると、僕のゴーストは、僕の育った次元とは似て非なる、その世界の僕の部屋に到着した。
「先輩!」
ベッドに腰掛けている「水葉世界の僕」には一瞥もくれずに、家を飛び出た。
一路、市立病院へ。
門をくぐり、質量のない足で階段を駆け上がる。
水葉先輩の病室に飛び込んだ。
先輩は、そこにいた。
「水葉先輩」
目を閉じた顔の下で、緩やかに胸が上下に揺れている。
生きている。
特に、目立つ外傷が増えたわけでもないようだ。
僕のゴーストは、深深とため息をついた。五月女世界での僕の悪あがきが、少しは役に立ったのか。それとも、僕と咲千花の自殺願望のフィードバックが、さほどでもなかったのか。なんにせよ、ひとまず胸をなでおろした。
寝入っている先輩を起こすのは気が引けたけれど、今夜は、何もしないで帰るわけにはいかない。
「あの、水葉先輩、おはようございます……も変か。もしもし、すみません、先輩ー……」
女子の体に触れるのはためらわれたけれど、そうも言っていられなかった。僕は先輩の肩に布団越しに手のひらを当て、ゆさゆさと揺する。
それでも、全く起きる気配がない。
さすがにおかしい、とゴーストで直接、先輩の頬に触れた。けれど、新たな、目立った外傷は感じられない。体は無事で、ただ寝ているだけだ。
十二月の日暮れ直後だというのに、随分早い就寝ではある。
いや。
「これは――」
□
水葉由良は、とぼとぼと、五月女世界をゴーストで歩いていた。
ことさらにゆっくりと、これまでのことを思い出しながら、月明かりの下を進む。
まだ夜と言うには早く、人通りがそれなりにある。
だが、誰も由良を見咎める者はいない。
「いいよね、こう、こんなに人がいるのに、誰も私を気にかけないっていうのは」
ゴーストで五月女世界を訪れる時というのは、ここのところずっと、五月女奏と待ち合わせるのが当たり前になっていた。
こんな風にあてもなく、一人で過ごすのはずいぶんと久し振りだ。
「すっかり、五月女くんといるのが心地よくなっちゃってたけど。本当は、誰も私を見つけなかったらよかったのかもしれない。お父さんも、お母さんも」
――でも、私はいいことしたよね。
今朝、五月女奏とその妹の心の傷を吸い取った後、ゴーストから生身に戻った直後は、ひどかった。
不快感を固めてできたハンマーを頭に打ち込まれたような、煮えたぎる湯を腹の中に流し込まれたような、たとえようもない苦痛に襲われて、ナースコールをする余裕もなくのたうち回った。
そういえばいつもより看護師が神経質に見回りに来たが、あれは何だったのだろう。虫の知らせのようなものかな、看護のプロは凄いな、などと考えながら、
「じゃ、そろそろ行こうかな」と由良はその足を市立病院に向ける。病院は、ここからは、歩いて十五分ほどのところにある。
その時だった。
欠けている左手の小指に、刺激を感じた。
「んっ!? 何!?」
小指の背が、とんとんとん、と軽く叩かれている。
誰に叩かれているのかは、考えるまでもない。
「私がこっちにいるって、もう気づいちゃったかな……てことは、日が沈んですぐに、水葉世界の病院に行ってくれたのかな」
後輩の顔が頭に浮かんだ。彼がそこまで由良のために必死になっているのかと思うと、心が痛む。
「この叩き方は、『今どこですか?』ってことなんだろうね、たぶん。それに『早まるな』かな。 ……私を、呼んでる」
自分から切り離してあっても、指の位置は分かる。
小指は五月女家の中から動いてはいなかった。ということは、奏は今、そこにいるのだろう。
「ごめんね、五月女くん。もう会えない」
由良は、病院へ向かう足を早めた。
間もなく、門が見えてくる。
奏と初めて遭った雨の日を思い出す。
「五月女くん、君を助けられてよかった」
門を抜けて、敷地に入った。あとはその辺の入口から中に入るだけだ。最後の仕上げのために。
由良の小指は、奏の部屋の位置で、相変わらずとんとんという刺激を受け続けていた。今からはもう、慌てて奏がここに来ても、由良を止めるには間に合わない。
これで終わる。
由良が考える限り、最善の終わり方で。
「さあ……やるぞ」
「何をです?」
いきなり傍らからそう声をかけられ、由良のゴーストが飛び上がった。
「き、きゃあっ!? 誰!?」
誰と聴きながら、間違えるはずもない。
薄暗闇の中から、五月女奏が、ゆらゆらとした足取りで立ち現れた。
「ずいぶん冷たいんじゃないですか? 一言も言わずにというのは」
「五月女くん!? どうして!?」
「むしろ、他に先輩が行くところが思いつかなかったですよ。今夜先輩の向かう可能性が高いのは、僕の家か、先輩の家か、ここくらいでしょう」
「わ、私の指はどうしたの? 今の今まで、確かに五月女くんの部屋で、誰かに触れられてたはず……」
「先輩の小指は、確かに今も僕の部屋にありますよ」
そう言われて、由良は再び小指の在処を確認した。確かに、奏の部屋にある。そこから動いていない。そして、相変わらず、誰かが小さく叩くように触れている。
「えっ、ちょっと待って怖いんだけど……これ、誰……?」
「それも自明ですよ。そもそも、生身ではゴーストに触れませんから」
由良は、ようやく気づいた。目の前に立つ、奏の体が透けている。
「五月女くん、それ、ゴースト……!?」
「そうです。ごく最近、自分のいる五月女世界でもゴーストを出すコツを掴んだものですから。それに――」
奏は、左手をついと上げた。
「――それに、ゴーストの一部を切り離すことができると教えてくれたのは水葉先輩です」
「あっ!?」
奏の左手には、手首から先がなかった。
0
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる