33 / 42
どうってことなかった
しおりを挟む僕は家に戻ると、自分の部屋で、まんじりともせず日暮れを待った。
夕方になると、咲千花が帰ってきた。
「お帰り」
玄関で出迎えると、咲千花は「ただいま」と言って、靴を脱ぎながら「どうってことなかったよ」とはにかんだ。
「そうか」
「あのね……本当に何も嫌なことが起きなかったの。拍子抜けしちゃったくらい。あたしが不登校になったのは、何て言うか、担任の先生と、そのファンの女子とのちょっとした関係なんだけど」
「……うん?」
「その先生結構女子から人気があって、あたしが変に贔屓されてるって思われたのがきっかけで、色んな嫌がらせとかを女子からされるようになって……」
僕は軽く相槌を打ちながら、手のひらに汗をかく。何気なく語られようとしているのは、咲千花を登校拒否に追い込んだ事件だろうから。
しかし。
「まだ尾を引いてるんじゃないかなって覚悟してたんだけど、あたしに悪いことしてきたグループのリーダー格の子が、今日は全然あたしと目を合わせようとしないの。何か、怯えているみたいに」
咲千花はしゃべりながらキッチンへ向かった。後ろから追い抜いて、冷たい緑茶を冷蔵庫から出し、グラスに注いでやる。
「怯えている?」
咲千花は両手でグラスを受け取り、うん、とうなずいた。
「変なのって思って、他のクラスメイトに、何か知らないか聞いてみたの。そしたら、そのリーダーの子の家に、昨夜幽霊が出たんだって」
幽霊。
僕は、何となく、その正体を察した。間違ってはいないだろう。
「その幽霊がね、姿は見えないんだけど、部屋の中のノートにひとりでにシャーペンを走らせて、『五月女咲千花に手を出すな。さもなくば呪い殺す』って書いたんだってさ。変なの。あたしの友達か、って感じ」
いや、違う。お前の兄の友達だ。
「しかもそれ書いた後、またひとりでに消しゴムが動いて消したんだって。だから証拠はないんだけど、当人は本当だって言い張ってるみたい。この話を教えてくれた子は、リーダーはあたしに対して罪悪感があるけど、謝ったり反省したりするのは決まりが悪いから、幽霊のせいになんてしてるんじゃないかって言ってた。そんなところかもね」
いや、きっとそのリーダーとやらは、本当のことを言っている。
かなり怖い目には遭ったと思うが、咲千花の苦しみと比べれば大したことじゃないだろう。かわいそうだけれど、そのままにしておこう。
台所の窓から、外を見る。
今まさに、日が沈むところだった。
「咲千花。よく学校に行ってきたな。偉いぞ」
「普通だよ、普通」
「やって普通のことが本当にできるっていうのは、実は凄いことだぞ。……それでな。僕は、僕の立場なら普通やるべきことを、これからやらなくちゃならないんだ。夕飯は、一人で済ませてくれないか」
「それはいいけど、どこか出かけるの?」
「いや、部屋に篭もる」
「いつもと変わらないじゃない」
僕は苦笑した。
「そうだな、変わらない。変えさせる訳には――いかない」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
無敵のイエスマン
春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
「史上まれにみる美少女の日常」
綾羽 ミカ
青春
鹿取莉菜子17歳 まさに絵にかいたような美少女、街を歩けば一日に20人以上ナンパやスカウトに声を掛けられる少女。家は団地暮らしで母子家庭の生活保護一歩手前という貧乏。性格は非常に悪く、ひがみっぽく、ねたみやすく過激だが、そんなことは一切表に出しません。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
恋とは落ちるもの。
藍沢咲良
青春
恋なんて、他人事だった。
毎日平和に過ごして、部活に打ち込められればそれで良かった。
なのに。
恋なんて、どうしたらいいのかわからない。
⭐︎素敵な表紙をポリン先生が描いてくださいました。ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
この作品は小説家になろう、エブリスタでも連載しています。
※エブリスタにてスター特典で優輝side「電車の君」、春樹side「春樹も恋に落ちる」を公開しております。
僕らの10パーセントは無限大
華子
青春
10%の確率でしか未来を生きられない少女と
過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと
やたらとポジティブなホームレス
「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」
「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」
もし、あたなら。
10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と
90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。
そのどちらを信じますか。
***
心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。
追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。
幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
死神少女と社畜女
キノハタ
青春
「ねえ、お姉さんの寿命あと一週間だけど、何したい?」
ある日、働きづめのOLまゆの前に現れた、死神の少女ゆな。
まゆにしか見えず、聞こえず、触れない彼女は、楽しげに笑いながらこう問いかける。
あと一週間だけの命で一体何がしたいだろう。
もしもうすぐ死ぬとしたら、私は一体何をするのだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる