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秘密の旧図書室
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「フランシーナ。一緒に自習室まで行こう」
「は……はい、エドゥアルド様」
「フランシーナ、一緒に帰ろう」
「はい、エドゥアルド様――」
噂を確かなものにするためか、次の日も、またその次の日も、エドゥアルドは当たり前のように教室まで迎えにやって来た。
入口に立つ彼へ一斉に視線が集まると、必然的に皆の興味はフランシーナへ移る。
それが毎回繰り返される。
おかげでフランシーナの一挙一動は、生徒達から注目されることになってしまった。
ただひっそりと、学園生活を送っているだけなのに。
(うう……やりにくいわ……)
迎えに来たエドゥアルドのために急いで支度を整えると、慌ただしく教室を後にする。そして入口で待つ彼へ駆け寄り、二人並んで自習室への廊下を歩いた。
「……お待たせいたしました」
「いや全然。こちらこそ、急がせてしまったね」
教室を出たとしても、同じである。
廊下を歩くだけで、そこらじゅうから突き刺さる視線。
通り過ぎたそばから聞こえてくる噂話。
エドゥアルドを慕う女生徒なんかは、にじみ出る敵意を隠そうともしない。
たった数日のことなのに、フランシーナはくたくたに疲れ果ててしまっていた。
「ほんの少しだけ、エドゥアルド様の苦労が分かった気がします」
「僕の……苦労?」
「みんなから注目を浴びるというのは、こんなに疲れるものなのですね」
もちろん、エドゥアルドが背負っている皆からの期待や責任感は、このようなものでは済まないだろう。
けれど、彼が日常的にこの視線と付き合ってきたというだけでも、同情せずにはいられなかった。
「このような視線を毎日受けて……エドゥアルド様はすごいです。私には真似できません」
「どうしたの急に。褒めても無駄だよ。君には卒業まで協力してもらう」
「分かってますよ。ただ単純に、そう思っただけです」
性格に裏表はあるものの、事実だけを言えば彼はすごい。
じろじろと見られていたとしても、勝手に要らぬ期待をされていたとしても、隣を歩くエドゥアルドは爽やかな笑顔を絶やさない。
そのイメージの徹底ぶりは尊敬するに値するものだ。
「嫌になりませんか?」
「もう慣れたよ」
「慣れるものなのですね……」
「諦めに近いかな」
なるほど……さすがのエドゥアルドも、不躾に見られることは気持ちの良いものじゃ無いらしい。
諦めたと言っているあたり、日々つきまとう視線には疲れているのかもしれない。
話しながら歩いていると、いつの間にか二人は自習室に到着していた。
優等生である彼も自習室の常連だ。
そのため、二人とも自習室にいたとして何ら不思議ではないのだが、『恋人』となってしまって事情は変わった。
昨日なんかは酷かった。彼と一緒の空間にいるだけでやたらと注目を浴びるうえ、何度も話しかけられてしまうし、まったく勉強にならなかったのだ。
今日もきっと注目を浴びてしまうが、もう開き直ってしまうしかないのだろうか。
フランシーナは思った。
自習室ではあるけれど、これでは今日も自習なんて出来っこないだろうと。
「……エドゥアルド様、場所を変えませんか」
「え? ほかに、どこかアテがあるの?」
「はい。あまり大きな声では言えないのですが、三階に」
フランシーナはくるりと向きを変えて来た道を戻ると、三階へ続く階段をのぼる。
登った先にある渡り廊下をまっすぐ奥へ進んで、旧校舎へと入って――
「随分遠いね」
「すみません。でも、あまり人目が無くて落ち着くと思いますよ。エドゥアルド様も」
「……僕も?」
「はい。あ、こちらです」
そこは昔使われていた図書室だった。
古さはあるものの本棚や机は健在で、フランシーナにより掃除もきちんと行き届いている。旧校舎というだけあって、喧騒からも切り離されて静かだ。
確かに、落ち着いて勉強ができる環境ではある。
部屋の中には誰もおらず、フランシーナとエドゥアルドの二人だけ。誰かから興味本位で覗かれることもない。
「ここ、穴場なんです。いいでしょう?」
「自習室にいない時があると思ったら……フランシーナはこんな所で勉強してたんだ?」
「たまに、です。自習室が混んでいる時なんかはこちらを利用します。あくまで穴場なので、あまり教えたくはないんですけど」
ここを知ったきっかけは、生徒達の天敵であるゲオルグ先生だった。
試験で難問ばかり作っては生徒を試すゲオルグではあるが、フランシーナはわりと彼のことを尊敬していた。
ひねりの効いた問題はなかなか作れるものでは無いし、質問すれば解き方もちゃんと教えてくれる。
けれどひとつ難点として、ゲオルグはほとんど職員室にいなかった。
空き時間は、必ず校舎のどこかでサボっているのだ。そしてフランシーナはゲオルグを探すうちに、ここでサボる彼の姿を発見した。
「――口止めとして、ゲオルグ先生からこの部屋の使用許可をいただいてるのです」
「なるほど……だから利用する生徒は君だけなんだね」
「ええ」
たまにゲオルグがサボって寝ていたりするけれど、基本的にここの利用者はフランシーナ一人だ。
というか、皆わざわざこんな遠い部屋まで来ないのである。
「でも、いいの? 僕を連れてきてしまって」
「え? だって自習室では勉強にならないでしょう?」
「それはそうだけど、ここは秘密の場所なんでしょ。僕なんかに教えちゃっていいのかって」
確かに、誰かにここを知られることで、利用者が増えてしまったらそれは困る。
けれどエドゥアルドに知られたところで、あまり問題は無いような気がした。
「エドゥアルド様は、ここのことを誰かに言ったりしないでしょう?」
「……随分と信用してくれてるんだね」
「ゲオルグ先生にも伝えておきますから、いつでも使っていいですよ。お一人になりたい時もあるでしょう」
注目を浴び続ける毎日。そんな中、人目を気にせず過ごせる貴重な場所を、わざわざ誰かに教えたりはしないだろう。
フランシーナなら口が裂けても言わないが。
「君って本当に……」
「さあ、私は勉強します。エドゥアルド様は?」
「……僕のことは気にせず、ご自由に」
彼の了承を得ると、フランシーナはさっそく参考書とノートを広げた。
(やっと……やっと勉強に集中できる……!)
久々の開放感ゆえか、ペンを走らせる手も絶好調だ。
フランシーナは勉強に没頭した。
その様子を、隣から見られていることにも気付かずに。
「は……はい、エドゥアルド様」
「フランシーナ、一緒に帰ろう」
「はい、エドゥアルド様――」
噂を確かなものにするためか、次の日も、またその次の日も、エドゥアルドは当たり前のように教室まで迎えにやって来た。
入口に立つ彼へ一斉に視線が集まると、必然的に皆の興味はフランシーナへ移る。
それが毎回繰り返される。
おかげでフランシーナの一挙一動は、生徒達から注目されることになってしまった。
ただひっそりと、学園生活を送っているだけなのに。
(うう……やりにくいわ……)
迎えに来たエドゥアルドのために急いで支度を整えると、慌ただしく教室を後にする。そして入口で待つ彼へ駆け寄り、二人並んで自習室への廊下を歩いた。
「……お待たせいたしました」
「いや全然。こちらこそ、急がせてしまったね」
教室を出たとしても、同じである。
廊下を歩くだけで、そこらじゅうから突き刺さる視線。
通り過ぎたそばから聞こえてくる噂話。
エドゥアルドを慕う女生徒なんかは、にじみ出る敵意を隠そうともしない。
たった数日のことなのに、フランシーナはくたくたに疲れ果ててしまっていた。
「ほんの少しだけ、エドゥアルド様の苦労が分かった気がします」
「僕の……苦労?」
「みんなから注目を浴びるというのは、こんなに疲れるものなのですね」
もちろん、エドゥアルドが背負っている皆からの期待や責任感は、このようなものでは済まないだろう。
けれど、彼が日常的にこの視線と付き合ってきたというだけでも、同情せずにはいられなかった。
「このような視線を毎日受けて……エドゥアルド様はすごいです。私には真似できません」
「どうしたの急に。褒めても無駄だよ。君には卒業まで協力してもらう」
「分かってますよ。ただ単純に、そう思っただけです」
性格に裏表はあるものの、事実だけを言えば彼はすごい。
じろじろと見られていたとしても、勝手に要らぬ期待をされていたとしても、隣を歩くエドゥアルドは爽やかな笑顔を絶やさない。
そのイメージの徹底ぶりは尊敬するに値するものだ。
「嫌になりませんか?」
「もう慣れたよ」
「慣れるものなのですね……」
「諦めに近いかな」
なるほど……さすがのエドゥアルドも、不躾に見られることは気持ちの良いものじゃ無いらしい。
諦めたと言っているあたり、日々つきまとう視線には疲れているのかもしれない。
話しながら歩いていると、いつの間にか二人は自習室に到着していた。
優等生である彼も自習室の常連だ。
そのため、二人とも自習室にいたとして何ら不思議ではないのだが、『恋人』となってしまって事情は変わった。
昨日なんかは酷かった。彼と一緒の空間にいるだけでやたらと注目を浴びるうえ、何度も話しかけられてしまうし、まったく勉強にならなかったのだ。
今日もきっと注目を浴びてしまうが、もう開き直ってしまうしかないのだろうか。
フランシーナは思った。
自習室ではあるけれど、これでは今日も自習なんて出来っこないだろうと。
「……エドゥアルド様、場所を変えませんか」
「え? ほかに、どこかアテがあるの?」
「はい。あまり大きな声では言えないのですが、三階に」
フランシーナはくるりと向きを変えて来た道を戻ると、三階へ続く階段をのぼる。
登った先にある渡り廊下をまっすぐ奥へ進んで、旧校舎へと入って――
「随分遠いね」
「すみません。でも、あまり人目が無くて落ち着くと思いますよ。エドゥアルド様も」
「……僕も?」
「はい。あ、こちらです」
そこは昔使われていた図書室だった。
古さはあるものの本棚や机は健在で、フランシーナにより掃除もきちんと行き届いている。旧校舎というだけあって、喧騒からも切り離されて静かだ。
確かに、落ち着いて勉強ができる環境ではある。
部屋の中には誰もおらず、フランシーナとエドゥアルドの二人だけ。誰かから興味本位で覗かれることもない。
「ここ、穴場なんです。いいでしょう?」
「自習室にいない時があると思ったら……フランシーナはこんな所で勉強してたんだ?」
「たまに、です。自習室が混んでいる時なんかはこちらを利用します。あくまで穴場なので、あまり教えたくはないんですけど」
ここを知ったきっかけは、生徒達の天敵であるゲオルグ先生だった。
試験で難問ばかり作っては生徒を試すゲオルグではあるが、フランシーナはわりと彼のことを尊敬していた。
ひねりの効いた問題はなかなか作れるものでは無いし、質問すれば解き方もちゃんと教えてくれる。
けれどひとつ難点として、ゲオルグはほとんど職員室にいなかった。
空き時間は、必ず校舎のどこかでサボっているのだ。そしてフランシーナはゲオルグを探すうちに、ここでサボる彼の姿を発見した。
「――口止めとして、ゲオルグ先生からこの部屋の使用許可をいただいてるのです」
「なるほど……だから利用する生徒は君だけなんだね」
「ええ」
たまにゲオルグがサボって寝ていたりするけれど、基本的にここの利用者はフランシーナ一人だ。
というか、皆わざわざこんな遠い部屋まで来ないのである。
「でも、いいの? 僕を連れてきてしまって」
「え? だって自習室では勉強にならないでしょう?」
「それはそうだけど、ここは秘密の場所なんでしょ。僕なんかに教えちゃっていいのかって」
確かに、誰かにここを知られることで、利用者が増えてしまったらそれは困る。
けれどエドゥアルドに知られたところで、あまり問題は無いような気がした。
「エドゥアルド様は、ここのことを誰かに言ったりしないでしょう?」
「……随分と信用してくれてるんだね」
「ゲオルグ先生にも伝えておきますから、いつでも使っていいですよ。お一人になりたい時もあるでしょう」
注目を浴び続ける毎日。そんな中、人目を気にせず過ごせる貴重な場所を、わざわざ誰かに教えたりはしないだろう。
フランシーナなら口が裂けても言わないが。
「君って本当に……」
「さあ、私は勉強します。エドゥアルド様は?」
「……僕のことは気にせず、ご自由に」
彼の了承を得ると、フランシーナはさっそく参考書とノートを広げた。
(やっと……やっと勉強に集中できる……!)
久々の開放感ゆえか、ペンを走らせる手も絶好調だ。
フランシーナは勉強に没頭した。
その様子を、隣から見られていることにも気付かずに。
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