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料理人は異世界で生きていく

それぞれの本性

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 そのまましばらく待っていると、アリアさんが戻ってくる。

「すまぬ、待たせた。ひとまず、炊き出しの許可は取った」

「ありがとうございます」

「だだし、場所が場所だ。隔離されている場所なので、私が付き添うとしよう。何か問題が起きても良いように、まずは下見を一緒にしようと思うのだが」

「そうですね、そうしてくれると助かります。では、すぐに行きましょう」

 ハクに任せたとはいえ、心配は心配である。
 最強の魔獣と言われるらしいが、まだまだ子供には違いない。
 そして、アリアさんを伴って歩いていると……。

「あっ! いたっ! お兄ちゃん! いたよ!」

「なに!? ほんとだっ! おじさん!」

「エルルにカイル? ……何があった?」

 その尋常じゃない様子に、要件だけを聞くことにした。
 俺が任せたハクがいないということは……。

「あの! ハクちゃんがわたしたちを守って!」

「変な人族が襲ってきたんだ! 他の獣人やスラムの人族も関係なしに!」

「……ハクは、そいつと戦っているんだな?」

「う、うんっ!」

「お、俺たちに逃げろって……」

「そうか……アリアさん、二人を頼みます」

「ま、待て!」

 アリアさんの制止を振り切り、俺は全速力でスラム街に向かう。

「……

 ふとその時、昔飼っていた犬のことを思い出す。
 確か親父さんのところを一回出て、大きな街で一人暮らしをした。
 そこで社会経験をしつつ働いていたら、捨てられていた子犬を拾った。
 まるで自分のようで放って置けなくて、一生懸命に世話をした記憶がある。

「あの子は結局死なせてしまった……俺がもっと早く助けていれば……ハク、お父さんがすぐに行くからな……!」

 人混みを避け、屋根を伝って飛ぶようにスラム街に行く。
 そのまま向かうと、避難してくる住民とすれ違う。
 すると、すぐに轟音が響いてきて……俺の視界に炎に包まれそうなハクか映る。

「ハクッ!」

「キャン!」

「なっ!?」

 気がつけば俺は、一瞬でハクの前に立っていた。
 そして炎の球を拳でかき消す。

「ハク、よく頑張ったな」

「ククーン………」

 その姿は火傷の跡があり、あちこちから血が流れていた。
 息も絶え絶えで、すぐに手当てをしないとまずい。
 それをみた瞬間、血が沸騰するのが自分でもわかった。

「もう大丈夫だ、後はお父さんに任せておけ」

「ワフッ!」

 ひとまずハクを下がらせたら、呆然としている男と向き合う。
 そこにいたのは、ローレンスとかいう男だった。

「き、貴様は……!」

「俺の息子に何をした?」

「ふ、ふんっ! 生意気な犬コロがいたから躾をしてただけだ。飼い主なら、しっかり躾をするんだな」

「うちの子が何かしたのか?」

「この俺様の邪魔をしやがったんだよ。せっかく、獣人で憂さ晴らしをしようと思ってたのによぉ」

「なら覚悟をするが良い——俺の大事な子を傷つけたことを後悔しろ」

「っ!? それはこっちのセリフだァァァ! 貴様は死ね——ファイアーボール!」

「ふんっ!」

 迫ってきた火の玉を拳でかき消す。
 この程度なら造作ない。

「な、なっ……」

「どうした?もう終わりか?」

「ま、まだまだァァァ!」

 次々と繰り出される火の玉、火の槍、火の矢をただの拳で粉砕していく。
 そして徐々に奴に近づいていく。

「ふむ、少し熱い程度か」

「ば、バカな……ま、まだだっ! 特大の魔法を……おおおお! フレイムキャノン!」

 奴の掌から炎があふれ、俺の視界を埋め尽くす!
 このままだと後ろにいるハクに余波が行くので、背中の大剣に手をかけ……。

「ハァァァァ!!」

 振り下ろして火の波を真っ二つにする!

「……へぁ? お、俺の最大の魔法が……まだだ! ……なぜでない!?」

「どうやら、魔力切れのようだな……フンッ!」

「ぐはっ!?」

 腹に拳を叩き込む。

「な、なにを、この俺様を誰だと思って—ァァァ!?」

 しゃがみこんだ相手に足蹴りする。

「お前が何者など知らん。わかるのは、俺の大事な息子を殺そうとしたことだ」

「あ、あんな犬コロを殺そうとして何が悪いぃ……」

「ハクは孤独だった俺の心を癒してくれた。たった一人だった俺に、誰かといる幸せを思い出させてくれた」

 親父さんが死んでから五年、ずっと一人だった。
 人付き合いも得意じゃないし、この見た目のせいで避けられることもあった。
 何より、俺の本性を知られるのが怖かった。
 ……俺には破壊衝動が眠っている。
 それが虐待を受けたからなのか、元からの性質かはわからないが。

「ククク……ただで済むと思うなよ? 必ず後で復讐をしてやる……お前の犬も殺して、お前の目の前で引き裂いてやる……」

「そうか……なら、できないように折っておくか」

 相手の拳を踏みつける。
 すると、グシャッという嫌な音がした。

「ガァァァァァァァア!?」

「もう一つもやっておくか」

「や、やめろ……ガァァ!?」

 同じようにもう一つの拳を壊す。
 こういう輩は反省をしない。
 後で後悔することになる可能性がある。
 だったら心を折るか……殺すしかない。

「さあ、どうする?」

「き、きさまぁ……きさまさえいなければ……俺の計画が……」

「なにを言っているのかわからんな。さて、次はどこを潰して欲しい?」

「や、やめえくれぇ……わ、悪かった、俺が悪かった」

 人を殺そうと思ったことはある……あの父親を。
 母親と俺に暴力を振るうあいつを、何度殺そうとしたかわからない。
 しかし、俺にできるだろうか? ……いや、やらねばなるまい。
 
「待てっ! タツマ!」

「……アリアさん?」

 振り返ると、アリアさんが俺に抱きついていた。

「も、もういいんだ」

「しかし、ここで見逃せば……」

「わかってる、私の方で何とかする。約束するから……だから、お前が手を汚すことはないんだ。テイマーされた魔獣を襲うことは重罪だから、こいつは放っておいても死刑になる。そうしないと、テイマー協会が黙っていない」

「平気ですよ、今すぐに殺しても何も感じません。所詮、俺の本性はこんなものです。あいつと大して変わりはない……ただの屑です」

 いつからか、心がすっと寒くなる時がある。
 なにもかもどうでもよくなって、ふと全てを破壊したい時が。
    俺にはあの父親の血が流れてるから、いつかそうなりそうで怖い。
 それを抑えるために、良い人ぶってるに過ぎない。

「そんなことないっ! お主は良いやつだ! あいつなんかとは違う!」

「アリアさん……」

「見ず知らずの死にそうになってる私を助けたり、その後も危険な魔獣と戦ったり……お主は、私達の力になってくれたではないか」

「それは俺に目的があったから……」

「いや、お主ならそうでなくても助けたはずだ。私がそう決めた——たとえお主がなんと言おうとも」

「そんなことは……」

 その言葉が、俺の中の何かを溶かしていく。
 すると、位置を変えて俺の前に立つ。

「何より……そんな泣き顔で言われても説得力がないぞ?」

「へっ? ……ほんとだ」

 いつの間にか、俺の頬からは涙が出ていた。
 親父さんの葬式以来、流れてなかったものが。

「ほら、お主の心は泣いてるってことだろう。大丈夫だ、今度は私がタツマを救ってみせる。だから、私を信じてくれないか?」

「……しかし、俺は……」

「ええい、うるさい奴め……こうしてくれる!」
 
「うおっ!?」

 首に腕を回され、姿勢を低くされて抱きつかれる!
 か、顔に柔らかなものガァァ!?  
    めちゃくちゃ良い匂いもするゥゥゥ!

「ひゃっ!? い、息を吹きかけるな!」

「ずいまぜん」

「あっ……だ、だから喋るな」

「………はい」

「ったく……もう一度言う、私に任せてくれ」

 再び強く抱きしめられ、全身から力が抜けていく。

 俺はようやく、その言葉を受け入れるのだった。








 
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