不器用な幼馴染に、唇ばかり奪われています。――流され令嬢、恋人未満のまま初めてを捧げました

雑草

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知らないことばかりだった

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ある日のベッドの上、静かな夜だった。  
カーテンの隙間から差し込む月明かりが、部屋の空気を少しだけ青く染めている。

寮の廊下では、他の生徒たちの声が遠くに聞こえる。
でも、ふたりだけのこの空間は、まるで世界から切り離されたみたいだった。

「アナベル」

耳元で、彼が低く呼ぶ声。  
近すぎて、少し震えてしまった。

「……やだ、とは言わないんだな」

いつもの意地悪な声。  
でもその中に、いつもと違う何かが混じっている気がした。

私は――  
首を横にも縦にも振れなかった。  
ただ、カイの視線を受け止めることしか、できなかった。

「……怖いなら、やめる」

「こわく、ないよ……ちょっと、だけ」

「嘘つけ。手、震えてんじゃん」

笑うくせに、触れる指は、優しかった。  
ボタンを外す手つきがぎこちなくて、  
それがかえって、本気なんだって思わせた。

「アナベル、ほんとにいいのか?」

何度も聞かれた。
触れる前に、唇が重なるたびに、
「今やめてもいい」「無理すんなよ」「嫌なら言えよ」って、繰り返された。

私は、彼のシャツの袖を掴んで、小さく首を振った。

(ああ、この人……)

たぶん、ずっと前から、私のこと……  
いや、違う。  
“私しか知らない顔”を、誰にも見せてこなかったんだ。

「初めてだからって、舐めんなよ」

「な、なにが……?」

「……全部、教えてやる」

そう言って、唇が落ちてきた。  
頬に、まぶたに、鎖骨に――ゆっくり、確かめるように。  
触れるたび、心が溶けていくようだった。

「……俺が初めてで、よかったな」

強引な言葉。  
でもその奥に、子どもみたいな不安が隠れてる。

私は、ただ黙って頷いた。  
言葉にしたら泣いてしまいそうだったから。

――知らないことばかりだった。  
でも、知りたいと思った。  
この人のことも、わたしの気持ちも。

だから私は、目を閉じて、彼を受け入れた。

カイが触れるたび、心が少しずつほどけていった。

身体の奥が熱くなって、痛みと戸惑いと、そして、  
ほんの少しの――嬉しさが、胸を占めた。





まぶたの裏が、じんわりと明るい。  
カーテン越しのやわらかな朝陽が、部屋に差し込んでいた。

(……朝、か)

目を開けるのが、少しだけ怖かった。  
寝返りを打つふりをして、そっと視線だけを動かす。

――すぐ隣に、カイの気配がある。

制服じゃなく、白いシャツのまま、ベッドに片肘をついて座っていた。  
髪が少し乱れていて、目元に疲れがにじんでいる。

(寝てないのかな……)

その横顔を見て、胸がきゅっとなった。  
昨夜のことが、体の奥にまだ残っていて、動けない。

思い出すたびに顔が熱くなって、  
心までくすぐったくて、  
でもどこか――怖い。

(……あれって、恋人、ってこと?)

(それとも……ただの“気まぐれ”?)

「起きてんなら、喋れよ」

カイの声が、落ち着きすぎていて、逆にひどく感じた。

「……おはよう」

「……ん。寒くねぇ?」

「だいじょうぶ」

他愛ない言葉ばかりで、昨夜のことには一切触れられなかった。  
それが、少しだけ寂しかった。

「制服、そっちにかけといた。着替えて、食堂で待ってるから」

そう言って、カイは立ち上がる。  
背を向けたまま、シャツのボタンを留めながらぽつりと呟いた。

「――ちゃんと食えよ、朝飯。昨日の夕食、抜けてんだろ」

ドアが閉まる音がして、静寂が戻る。

胸の奥が、じんわりと疼く。

(なんで……何も言ってくれないの)

(いつもみたいに、意地悪でも、軽口でもいいのに)

私はそっと、胸元を押さえた。

残った熱と、心のざわつき。  
初めてを捧げた相手は、優しかった。  
けれど――それだけでは、答えはわからない。

私はまだ、  
カイが何を考えているのか知らないままだった。




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