不器用な幼馴染に、唇ばかり奪われています。――流され令嬢、恋人未満のまま初めてを捧げました

雑草

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わからないまま、また今夜も

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食堂のダイニングには、すでにカイの姿があった。  
彼は何事もなかったような顔で、コーヒーカップを片手に新聞をめくっていた。

「……来たか。遅い」

「ご、ごめん……」

咄嗟に謝ってしまう自分に、少しだけ自己嫌悪。  
カイは目を上げず、ただパン皿を指でトンと押して寄越した。

「食えよ。冷める」

「うん……」

テーブルには、バターを塗ったパンと、スクランブルエッグ。  
それと温かい紅茶。  
カイが配膳したとは思えない、きちんとした朝食だった。

(さっきまで、隣にいたのに)

(触れてたのに。優しかったのに)

今はこんなにも、遠い。

パンを口に運んでも、味がしない。  
何か言わなきゃ、と思うのに、言葉が出てこない。

(「私たち……恋人なの?」なんて、聞けるわけない)

(聞いたら、笑われるかもしれない。適当に誤魔化されるかもしれない)

怖かった。

でも、黙っていることも、苦しかった。

「……カイ」

勇気を出して名前を呼ぶと、カイがようやく視線をこちらに向けた。

目が合った瞬間、何も言えなくなった。

その瞳の奥に、  
昨日と同じ熱が、まだ残っている気がしたから。

けれど彼は、ゆっくりと口を開いた。

「……紅茶、濃かった?」

「え……?」

「次は、薄めにしとく」

それだけだった。  
肝心なことには触れないまま、  
彼はまた、コーヒーに視線を戻した。

まるで――昨夜のことは、ただの夢だったみたいに。

私は何も言えず、ただ紅茶の湯気を見つめていた。


それからキスする関係と身体の関係は定期的に続いた。
友達と呼ぶには少し違う。
恋人でもない。あいまいな関係。



「なんで……今日、来たの?」

ベッドの上。  
パジャマの袖を指でぎゅっと握りしめたまま、私はそう呟いた。

「理由いる?」

カイは、いつもの調子で言葉を返す。  
でもその声が、いつもより少しだけ低くて――胸の奥がざわついた。

「別に用事とかないなら……今日くらい、1人にしてほしかったなって……」

そう言いながら、視線を合わせられない。  
“嫌”って言ったわけじゃないのに、カイは黙り込んだ。

(あ……まずかったかな)

息を呑むような沈黙が、部屋を包んだ。

そのまま、  
彼の手が私の頬に添えられる。

「……じゃあ、帰ったほうがいい?」

「……ううん」

否定してしまったのは、ほんの反射だった。  
気づけば、彼の指先が私の唇をなぞっていた。

そのまま、キス。

深くも浅くもない、でも逃げられないキス。

(どうして、また……)

わからない。  
わからないのに、また受け入れてしまう自分がいる。

カイの手が、私の髪を撫でながら、首筋へと下がっていく。

くちびるが離れた時、彼がぽつりと言った。

「……今日は、なんか……お前の顔、ちゃんと見たくなっただけ」

その言葉に、胸がきゅっとなる。

それが本心なのか、気まぐれなのか――  
何度目かわからない問いが、頭の中で渦を巻く。

でも私はまた、頷いてしまう。

カイの手がパジャマのボタンにかかる頃には、  
もう何も言えなくなっていた。

心が疼いて、  
身体が熱を帯びていく。

何度も、何度も、繰り返してきた“いつもの流れ”。

触れられるたび、少しずつ思考が溶けていく。

心地よさと、罪悪感と、ほんの少しの幸福。

「……アナベル」

名前を呼ばれると、胸が跳ねた。

「俺のこと、忘れんなよ」

それは命令みたいで、甘えているようでもあった。

私は、また何も言えなかった。

わからないまま。  
でも、離れたくないと思ってしまうまま。  
――今夜も、そうして彼に溶かされていく。

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