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午後三時、ノックの音はしなかった
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アナベルは、その日も静かに部屋に寮の個室に籠もっていた。
土曜の夜が終わって、日曜日の朝が訪れる。
カーテンの隙間から入る淡い陽射しが、白い寮のベッドを照らしていた。
隣の部屋の気配は静かで、寮母さんの足音も、どこか遠くで響いているだけ。
私はこの、“音のない朝”が、好きだった。
寮生活はにぎやかで、賑わっていて、
毎日が誰かの話し声や笑い声で満ちていた。
もちろん、私もその中に“うまく”溶け込んでいた。
「アナベルって優しいよね」
「いつも気にかけてくれてありがとう」
そう言われるたびに、私は“うん”と笑って、心のどこかを切り離してきた。
でも、そんな日々にも、救いの一日がある。
――日曜日。
誰も干渉してこない。誰も予定を押しつけてこない。
ただ静かに、自分の呼吸を感じて過ごせる日。
私はゆっくりとベッドを降りて、素足のまま、冷たい床に足をつける。
誰にも会わずに過ごせるよう、顔は洗って、髪をまとめて、部屋着のまま。
お湯を沸かして、紅茶を入れる。
本を開いても、数行で目が滑る。でもそれでもいい。
気づけば膝を抱えて窓の外をぼんやり眺めているだけの時間――
そんな、誰にも邪魔されない時間が、私を呼吸させてくれる。
心が静かでいられる。
誰の感情も拾わなくていい。
誰の期待にも応えなくていい。
この時間だけが、私の“回復”だった。
太陽が南を通り、傾き始めた今は午後3時。
お気に入りの紅茶を入れて、本のページをめくる。
誰にも会わず、誰の顔色も読まなくていい。
こういう時間こそ、心がほっとする――はずだった。
「……ん?」
ドアノブが、ゆっくりと回る音がした。
(まさか……)
次の瞬間、扉が開いた。
「なにしてんだよ、お前。寝てんのかと思った」
現れたのは、カイだった。
制服ではなく、私服のまま、当然のように部屋へ足を踏み入れてくる。
「……鍵、かけてたんだけど」
「開けた」
「……勝手に?」
「お前が出てこねぇから悪い」
理不尽だった。でも、それはいつものことだ。
私は紅茶を置き、ふうっとため息を吐く。
心が少しざわつく。
カイが来たということは――今日も、心が休まらない。
「なんで来たの?」
「理由いる?」
「……べつに」
そう言った瞬間だった。
カイがぐっと近づき、私の顎を指で持ち上げた。
「ちょ、なに――」
「……顔、見たくなった」
そのまま、唇が重なる。
あっけなくて、深くて、甘くて、苦い。
(まただ……)
いつもこう。
カイは、突然キスをする。
いつも唐突で、拒む暇もなくて、そして――私も、拒めない。
唇が離れて、彼が低く言う。
「俺がいない間に、他の奴と会ってねぇよな?」
「……会ってないよ」
「ならいい」
なんなんだろう。
この人は、私のなんなの?
私は、どうして――こんな風に、流されてしまうんだろう。
でも。
それでも、心の奥で少しだけ思ってしまう。
“来てくれてよかった”って。
“私のこと、思い出してくれたんだ”って。
カイは、私の頭を軽く撫でて言った。
「ちゃんと飯食った? ……今から一緒に食うぞ」
「……え?」
「文句あんなら、無理やり食わせるけど?」
「……ないです……」
そんな休日。
静かな時間は壊されたけど、
胸の中は、なぜか少しだけ、静かになった気がした。
土曜の夜が終わって、日曜日の朝が訪れる。
カーテンの隙間から入る淡い陽射しが、白い寮のベッドを照らしていた。
隣の部屋の気配は静かで、寮母さんの足音も、どこか遠くで響いているだけ。
私はこの、“音のない朝”が、好きだった。
寮生活はにぎやかで、賑わっていて、
毎日が誰かの話し声や笑い声で満ちていた。
もちろん、私もその中に“うまく”溶け込んでいた。
「アナベルって優しいよね」
「いつも気にかけてくれてありがとう」
そう言われるたびに、私は“うん”と笑って、心のどこかを切り離してきた。
でも、そんな日々にも、救いの一日がある。
――日曜日。
誰も干渉してこない。誰も予定を押しつけてこない。
ただ静かに、自分の呼吸を感じて過ごせる日。
私はゆっくりとベッドを降りて、素足のまま、冷たい床に足をつける。
誰にも会わずに過ごせるよう、顔は洗って、髪をまとめて、部屋着のまま。
お湯を沸かして、紅茶を入れる。
本を開いても、数行で目が滑る。でもそれでもいい。
気づけば膝を抱えて窓の外をぼんやり眺めているだけの時間――
そんな、誰にも邪魔されない時間が、私を呼吸させてくれる。
心が静かでいられる。
誰の感情も拾わなくていい。
誰の期待にも応えなくていい。
この時間だけが、私の“回復”だった。
太陽が南を通り、傾き始めた今は午後3時。
お気に入りの紅茶を入れて、本のページをめくる。
誰にも会わず、誰の顔色も読まなくていい。
こういう時間こそ、心がほっとする――はずだった。
「……ん?」
ドアノブが、ゆっくりと回る音がした。
(まさか……)
次の瞬間、扉が開いた。
「なにしてんだよ、お前。寝てんのかと思った」
現れたのは、カイだった。
制服ではなく、私服のまま、当然のように部屋へ足を踏み入れてくる。
「……鍵、かけてたんだけど」
「開けた」
「……勝手に?」
「お前が出てこねぇから悪い」
理不尽だった。でも、それはいつものことだ。
私は紅茶を置き、ふうっとため息を吐く。
心が少しざわつく。
カイが来たということは――今日も、心が休まらない。
「なんで来たの?」
「理由いる?」
「……べつに」
そう言った瞬間だった。
カイがぐっと近づき、私の顎を指で持ち上げた。
「ちょ、なに――」
「……顔、見たくなった」
そのまま、唇が重なる。
あっけなくて、深くて、甘くて、苦い。
(まただ……)
いつもこう。
カイは、突然キスをする。
いつも唐突で、拒む暇もなくて、そして――私も、拒めない。
唇が離れて、彼が低く言う。
「俺がいない間に、他の奴と会ってねぇよな?」
「……会ってないよ」
「ならいい」
なんなんだろう。
この人は、私のなんなの?
私は、どうして――こんな風に、流されてしまうんだろう。
でも。
それでも、心の奥で少しだけ思ってしまう。
“来てくれてよかった”って。
“私のこと、思い出してくれたんだ”って。
カイは、私の頭を軽く撫でて言った。
「ちゃんと飯食った? ……今から一緒に食うぞ」
「……え?」
「文句あんなら、無理やり食わせるけど?」
「……ないです……」
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静かな時間は壊されたけど、
胸の中は、なぜか少しだけ、静かになった気がした。
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