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たぶん、あの人はずっと、私の苦手だった
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幼い頃から、私は人の顔色ばかりうかがって生きてきた。
静かな部屋。落ち着いた声。誰かを傷つけない振る舞い。そういうものにばかり安心を覚えていた私は、いつだって「目立たないこと」が何より大切だと信じていた。
そんな私の真逆にいたのが、幼馴染のカイ・ルヴェールだった。
貴族の中でも名家とされるルヴェール家の令息で、成績優秀・容姿端麗。
……ただし、性格最悪。
口が悪くて態度も大きく、誰にでも遠慮なく物を言う。
いや、言いすぎる。誰かが戸惑ったり、困ったりしている様子を見ると、楽しそうに目を細めるタイプだった。
当然、私はずっと苦手だった。関わると疲れるし、目をつけられると厄介だし、なにより、あの人の気まぐれに振り回されるのが怖かった。
目が合うと必ず、意地悪を言われる。
髪を引っ張られたり、ノートを隠されたり、私が大事にしていた栞を、わざと踏みつけて笑ったこともあった。
「……アナベルって、ほんと泣き虫だよな」
「そんな顔してると、また誰かにいじめられんぞ」
誰かって、あなたのことだよ。
そう思っても言えなくて、私はいつもただうつむいた。
私が彼に何をしたのかは、わからない。
ただ、彼が私を見るたびに眉をひそめるのも、ため息をつくのも、もう慣れていた。
――それでも、なぜか彼は、いつも私のそばにいた。
不思議な人だった。
冷たくて、傲慢で、でも……どうしてだろう。
少しだけ優しい声も、私はちゃんと、覚えている。
「お前は、俺が守ってやるよ」
なんの拍子で言ったのかも思い出せないその言葉を、
私はずっと胸の奥にしまっている。
たぶん、あの人はずっと、私の苦手だった。
けれど。
苦手なのに、なぜか目で追ってしまう。
息が止まるほど近づかれると、どうしてか拒めない。
……だからなのだろうか。
私はこの十年ほど、彼にずっと振り回され続けている。
始まりは、高等部に入ってすぐの春だった。
風がまだ肌寒くて、教室の窓から見える桜の木が、淡く揺れていた日のこと。
放課後、私は教室の隅でノートを書き写していた。隣の席の子が風邪で休んでいたので、その子に見せるためのものだった。
「……相変わらず、お人好しだな」
低くてよく通る声に、びくりと肩が跳ねる。
振り向けば、案の定。
教室の入り口にカイが立っていた。
制服のネクタイはゆるく、手にはカバンを持ったまま、片方の眉だけを上げてこちらを見ている。
「また誰かの分か?」
「……うん。ノート、貸してって言われて」
「ふーん」
カイは歩いてきて、私の隣の机に腰を下ろした。特に理由もないのに、当然のような顔をして。
「ま、いいんじゃね。アナベルってさ、そうやって誰にでも優しいのが取り柄だろ」
「……それ、褒めてないよね」
「いや、褒めてんだって」
にやりと笑う彼の目元が、いたずらを思いついた子供のように細められていた。
「――で、その優しさ、俺にも分けてよ」
「は?」
「ほら、たとえばキスとか」
……。
私の手が止まる。
「……なに言ってるの?」
「だって、俺お前のこと嫌いじゃないし」
なんて適当な理由。
けれどカイは本気とも冗談ともつかない顔で、私の頬に触れてきた。
「お前さ、断れない性格だろ?」
その囁きに、心臓がドクンと跳ねる。
彼の顔が近づいて、私の思考が止まった。
拒もうとする声が出ないまま、唇が、重なった。
それが、私たちの最初のキスだった。
甘さも、優しさも、何もない――けれど、どこか熱を孕んだ、不可解な口づけ。
カイは唇を離すと、満足げに笑った。
「……やっぱ、お前の唇、俺好きかも」
わけがわからなかった。
でもその日から、カイはことあるごとにキスをするようになった。
ふいに、唐突に、強引に。
でも、どれも――ちゃんと、優しかった。
私はいまだに、それがどういう意味か、わかっていない。
ただ、カイが“そういう顔”をすると、なにも言えなくなる。
流されているだけだと、自分でも思う。
でも、拒めない。
……ずるい人だ。
私は、何も言えなかった。
でも、嫌じゃなかった。それが、いちばん怖かった。
静かな部屋。落ち着いた声。誰かを傷つけない振る舞い。そういうものにばかり安心を覚えていた私は、いつだって「目立たないこと」が何より大切だと信じていた。
そんな私の真逆にいたのが、幼馴染のカイ・ルヴェールだった。
貴族の中でも名家とされるルヴェール家の令息で、成績優秀・容姿端麗。
……ただし、性格最悪。
口が悪くて態度も大きく、誰にでも遠慮なく物を言う。
いや、言いすぎる。誰かが戸惑ったり、困ったりしている様子を見ると、楽しそうに目を細めるタイプだった。
当然、私はずっと苦手だった。関わると疲れるし、目をつけられると厄介だし、なにより、あの人の気まぐれに振り回されるのが怖かった。
目が合うと必ず、意地悪を言われる。
髪を引っ張られたり、ノートを隠されたり、私が大事にしていた栞を、わざと踏みつけて笑ったこともあった。
「……アナベルって、ほんと泣き虫だよな」
「そんな顔してると、また誰かにいじめられんぞ」
誰かって、あなたのことだよ。
そう思っても言えなくて、私はいつもただうつむいた。
私が彼に何をしたのかは、わからない。
ただ、彼が私を見るたびに眉をひそめるのも、ため息をつくのも、もう慣れていた。
――それでも、なぜか彼は、いつも私のそばにいた。
不思議な人だった。
冷たくて、傲慢で、でも……どうしてだろう。
少しだけ優しい声も、私はちゃんと、覚えている。
「お前は、俺が守ってやるよ」
なんの拍子で言ったのかも思い出せないその言葉を、
私はずっと胸の奥にしまっている。
たぶん、あの人はずっと、私の苦手だった。
けれど。
苦手なのに、なぜか目で追ってしまう。
息が止まるほど近づかれると、どうしてか拒めない。
……だからなのだろうか。
私はこの十年ほど、彼にずっと振り回され続けている。
始まりは、高等部に入ってすぐの春だった。
風がまだ肌寒くて、教室の窓から見える桜の木が、淡く揺れていた日のこと。
放課後、私は教室の隅でノートを書き写していた。隣の席の子が風邪で休んでいたので、その子に見せるためのものだった。
「……相変わらず、お人好しだな」
低くてよく通る声に、びくりと肩が跳ねる。
振り向けば、案の定。
教室の入り口にカイが立っていた。
制服のネクタイはゆるく、手にはカバンを持ったまま、片方の眉だけを上げてこちらを見ている。
「また誰かの分か?」
「……うん。ノート、貸してって言われて」
「ふーん」
カイは歩いてきて、私の隣の机に腰を下ろした。特に理由もないのに、当然のような顔をして。
「ま、いいんじゃね。アナベルってさ、そうやって誰にでも優しいのが取り柄だろ」
「……それ、褒めてないよね」
「いや、褒めてんだって」
にやりと笑う彼の目元が、いたずらを思いついた子供のように細められていた。
「――で、その優しさ、俺にも分けてよ」
「は?」
「ほら、たとえばキスとか」
……。
私の手が止まる。
「……なに言ってるの?」
「だって、俺お前のこと嫌いじゃないし」
なんて適当な理由。
けれどカイは本気とも冗談ともつかない顔で、私の頬に触れてきた。
「お前さ、断れない性格だろ?」
その囁きに、心臓がドクンと跳ねる。
彼の顔が近づいて、私の思考が止まった。
拒もうとする声が出ないまま、唇が、重なった。
それが、私たちの最初のキスだった。
甘さも、優しさも、何もない――けれど、どこか熱を孕んだ、不可解な口づけ。
カイは唇を離すと、満足げに笑った。
「……やっぱ、お前の唇、俺好きかも」
わけがわからなかった。
でもその日から、カイはことあるごとにキスをするようになった。
ふいに、唐突に、強引に。
でも、どれも――ちゃんと、優しかった。
私はいまだに、それがどういう意味か、わかっていない。
ただ、カイが“そういう顔”をすると、なにも言えなくなる。
流されているだけだと、自分でも思う。
でも、拒めない。
……ずるい人だ。
私は、何も言えなかった。
でも、嫌じゃなかった。それが、いちばん怖かった。
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