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影
目的からはじまる
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「……だ……で……か!? ラ……さん! ラトスさん!」
黒い靄が少しずつ消えていくのと同時に、メリーの声が聞こえた。
少し前までメリーは、セウラザとシャーニのそばにいたはずだ。
いつの間に、自分に近寄ってきたのだろう。メリーは顔をゆがめて、ラトスの顔をのぞきこんでいる。ぼうっと立ち尽くしていたラトスの肩を何度もゆすり、声をかけていた。
「……大丈夫だ」
ラトスはそう言うと、片手をあげてメリーの顔の前でひらひらとふった。
「さっき、ラトスさんの表情が曇って見えたので、また倒れそうなのかと思いまして」
「そう、だったか」
「石の部屋でもそうでしたよ。覚えていますか?」
しっかりと受け答えをするラトスを見て、メリーは安堵の表情を見せた。
ラトスから少しはなれて、メリーは長く深く息を吐きだす。心配しましたと言うと、ラトスの様子が突然変わったので急いで駆け寄ったのだと説明した。
様子が変わって見えるのは、黒い靄が渦巻いている時だろう。
その時のラトスは、異様な雰囲気をまとって、無表情になっているのだという。そのうちに呼吸をしなくなったり、苦しそうな表情になっていたりするらしかった。お気楽そうに見えるメリーにも察せるほどに雰囲気が変わるのなら、余程なのだろう。
メリーに、黒い靄のようなものが見えることを話しておくべきだろうか。ラトスは少し考えたが、やめた。教えたところで、妙な心配をされるだけだ。しかも、解決できるわけでもない。代わりにラトスは、少し頭を下げながら、すまないと言った。メリーは、ビクリと身体をふるわせる。半歩後ろに下がって、頭を何度も横にふった。
ラトスは、メリーのその様子を困った顔で見た後、視線を横に流した。
視線の先には、セウラザのすぐそばに立っている、少女の姿があった。それは何度見ても、死んだ妹の、シャーニの姿だった。
にがい顔で、少女を見下ろす。
この子のことだけは、メリーに話した方が良いだろう。ラトスは、唇をむすんでまだそわそわとしているメリーに顔を向けた。彼女はラトスの視線に気付くと、またビクリと身体をふるわせた。
「妹さん……!?」
小さな暖炉から薪の爆ぜる音がすると同時に、メリーが大声を上げ、またたきをした。
「ああ。シャーニは俺の妹だ」
「え……! 全然似てない!」
メリーは 失礼なことを言いながら、ラトスとシャーニを交互に見る。
シャーニは、大声をあげたメリーが怖かったらしい。無表情のまま後ずさりして、セウラザの脚の裏に隠れた。
シャーニのその姿は、表情がないにもかかわらず、可愛らしいものだった。
金色のほそい髪がふわりとゆれて、セウラザの脚の裏から見えたり隠れたりしている。それを見て、メリーはさらに興奮したようだ。喉の奥から変な声を絞りだして、頭を横にふったり、両腕をふったりした。
「シャーニは孤児なんだ」
ラトスは小さく呟きながら視線をメリーから外し、下に落とした。
天井でゆれているカンテラの明かりが、セウラザの後ろに大きな影を作っている。その影から、少女の顔がゆれるように見え隠れしていた。
「そして、もう、死んでる」
そう言って少し間を置き、殺されたんだと、言い加えた。
ラトスの言葉で、部屋の中は突然静かになった。
セウラザとその後ろにいる少女はもちろん、せわしなく身体を動かしていたメリーも妙な姿勢で止まっている。
小さな暖炉の中で、数度、爆ぜる音がひびいた。
それは、静けさを助長させるかのようだった。
メリーの顔は、少し引きつっていた。
余計なことを言ってしまったと思ったのだろうか。
彼女は妙な姿勢で硬直したまま、セウラザの後ろに立っている少女を見た。無表情な少女の顔も、ゆっくりとメリーのほうに向く。しかし、その瞳は何も見ていない。虚ろそのものだった。
「おい」
ラトスは、メリーの腕をつかんだ。
薄暗いのでよく分からなかったが、彼女はふるえているようだった。ふるえながら、メリーはじっと固まっていた。やがて自分の腕がつかまれていることに気付くと、ゆっくりとその腕の先に目線を移した。
唇も、小さくふるえている。
「すまない。驚かせたかったわけじゃない」
「……いえ。ごめんなさい。何も知らずに騒いでしまって……」
メリーは、ふるえる唇を手で隠し、視線を落とした。
またしばらく静かになった。
ゆらゆらとゆれるカンテラが、三つの影を躍らせるように、伸び縮みさせている。誰かがこの状況をのぞいて、愉快そうに見ているようだと、ラトスはにがい顔をした。
「メリーさんが、気に病むことじゃない」
そう言って、彼女の肩をたたいた。
「シャーニは、可愛いだろう?」
「……最高に可愛いですね」
「俺も、そう思う。笑うと、もっと可愛いかったのだがな」
無表情な少女を見て、ラトスは目をほそめた。
やはり、これはシャーニではないのだ。
吐くような気持ちは、なんとかおさえられるようになった。だが、少女の姿を見つづけると、胸の奥に強い痛みを感じる。ラトスは、傷のある頬を引きつらせて、またすぐに、少女から目をそむけた。
「俺はな、メリーさん。シャーニを殺した奴を探すために、今、生きているんだよ」
「殺し……? そんな」
「こんな小さな子を、誰かが殺した」
そこまで言って、ラトスは奥歯を噛み締めた。
頭の中で、黒い靄が渦巻きはじめたからだ。また、意識を失うわけにはいかない。思考が消えてしまいそうになったが、メリーのおびえた表情を見て、ラトスさらに奥歯を噛み締めた。
しばらく息を飲みこんで、黙る。ぐっと苦しくなるまで息を溜めて、静かに吐きだした。
頭の中の黒い靄が、消えていく。ラトスは、両手で自分の顔を強くぬぐった。
「犯人は何処にいるか、だいぶ絞れているんだ」
「……そうなんですか?」
ラトスは言いながら懐に手を入れて、小さな紙を取りだした。
それは、この世界に来る前にラングシーブのギルドで、友人ミッドから手わたされた物だった。
メリーにその紙をわたし、中を見るようにうながす。彼女はおそるおそるといった感じで、ゆっくりと、折りたたまれていた紙を広げた。
≪黒い騎士 三人≫
それだけの単語が、紙にならんでいた。
「黒い騎士って、もしかして……」
メリーはそこまで言うと、ハッとして、すぐに口を閉ざした。
口を閉ざした彼女の様子を見て、これでも王族に仕える身なのだなと、ラトスは思った。
国や王族にかかわることで、不用意な発言はしないように日頃から徹底されているのだろう。しかし、メリーは嘘を吐くのが苦手なようだった。そわそわとして、落ち着かない。ラトスと目があわないようにしているところを見ると、何か心当たりがあるのだろう。
「別に、メリーさん。あんたから聞き出そうとは思ってない」
ラトスはため息をつきながら、手のひらを上下にふってみせた。
エイスの国には、「黒の騎士団」という風変わりな騎士団がある。それは不確かな情報ではあったが、妹の死とは関係なく、知っていたことだった。
だがその騎士団は、表立った活動をしていない。
本当に存在しているかは、城外の者には分からなかった。噂にもならないほど、曖昧で不確かなものだった。ラトスや友人のミッドがそれを知っているのは、二人がラングシーブとして幅広く諜報活動をしているからだ。
しかしミッドは何らかの方法で、黒の騎士団らしきものが存在することを知ったのだろう。
そうでなければ、こんな余計な言葉は書かない。そしてメリーの反応を見るかぎり、ここであえて彼女から事細かに聞きだす必要はなくなった。城中には本当に「黒の騎士団」が実在するのだと、ラトスに確信させた。
黒の騎士団が実在して、それが妹を殺した。
それは、国の意志が働いたも同然である。
そして、テラズの宝石を奪った。
ラトスからすれば、宝石に価値などなかった。だが、国家予算級の価格で取引されるらしい宝石なのだ。乱暴な手段をとってでも、欲しいのかもしれない。
落ち着かない様子のメリーに、ラトスは声をかけた。
今、多くのことを聞き出さなくても、メリーとの関係は今後役に立つ。ある程度なら、自分の目的を話しておくべきだ。ラトスは、王女の依頼を受けた理由から、依頼を受ける条件を大臣と交わしたことまで、彼女に話した。ただ、最後に自らの手で復讐することだけは言わなかった。
妹が殺され、半年もの間、死人のように生きてきた。
そのことを話すと、メリーは自分のことでもないのに、泣きそうな顔をしていた。
メリーに説明した後、ラトスの身体に、再度黒い靄がおそいかかった。
黒い靄が、身体の中を駆け回っていく。それはひどく不快で、身体を締め付けているかのようだった。あまりの息苦しさに、ラトスはメリーに気付かれないように目をそむけて、下を向いた。呼吸がみだれないように、息を止める。しばらく間を置いてから、長く、静かに息を吐きだした。
幸い、ラトスの不調にメリーは気付かなかった。
悲しい表情をしたまま、うつむいた。メリーのその様子を見ながら、ラトスは胸元を片手で押さえた。黒い靄が消えていくまで、じっとする。また不調に気付かれてしまったら、面目が立たない気がしたのだ。
「王女様のためにここまで来たわけじゃない。すまないが」
ラトスは息を整えながら、静かに言った。
黒い靄が徐々に消えて、息苦しさが無くなっていく。短く息を吐いて、ラトスは胸元から手をはなした。
「……そういうこと、ですよね」
メリーは、ラトスのほうに視線を向けた。
その目は、どうすればいいか分からないといった気持ちが、あふれでていた。
「一つだけ……」
メリーが、呟くように声をこぼす。
「一つだけ、私と王女殿下のことなのですけど」
「……なんだ」
「私たちも知りたいことがあって、それで、こんなことになって」
「知りたいこと?」
「はい。あ、でも、えっと。ごめんなさい。私からは言えないのですけど」
そこまで言うと、メリーは瞳を左右に泳がせた。
口の中で、モゴモゴと言葉をふくませている。なにをどこまで話せばいいか分からなくなったようだった。
「メリーさんからは言えないけど、王女なら言える。と?」
ラトスは、メリーの気持ちを汲み取って、代わりに言った。
その言葉に、メリーは頭を縦に何度もふった。しかしすぐに、余計なことを言ってしまったと思ったらしい。メリーは両手を何度も横に交差させ、頭も横にふった。
「分かったよ。今は言えないのだろうが、俺の邪魔をするつもりはないのだろう?」
「それは、もちろんです。……でも」
「でも、ちょっとガッカリしたか?」
「え。まあ、少しだけ。でも事情はそれぞれですから」
「そうだな。お互いに、おとぎ話の主人公じゃないってことだ」
ラトスはそう言うと、両手を大げさにふりあげてみせた。
メリーは彼の身振りににがい顔をすると、そうですねと、小さく言って笑った。
黒い靄が少しずつ消えていくのと同時に、メリーの声が聞こえた。
少し前までメリーは、セウラザとシャーニのそばにいたはずだ。
いつの間に、自分に近寄ってきたのだろう。メリーは顔をゆがめて、ラトスの顔をのぞきこんでいる。ぼうっと立ち尽くしていたラトスの肩を何度もゆすり、声をかけていた。
「……大丈夫だ」
ラトスはそう言うと、片手をあげてメリーの顔の前でひらひらとふった。
「さっき、ラトスさんの表情が曇って見えたので、また倒れそうなのかと思いまして」
「そう、だったか」
「石の部屋でもそうでしたよ。覚えていますか?」
しっかりと受け答えをするラトスを見て、メリーは安堵の表情を見せた。
ラトスから少しはなれて、メリーは長く深く息を吐きだす。心配しましたと言うと、ラトスの様子が突然変わったので急いで駆け寄ったのだと説明した。
様子が変わって見えるのは、黒い靄が渦巻いている時だろう。
その時のラトスは、異様な雰囲気をまとって、無表情になっているのだという。そのうちに呼吸をしなくなったり、苦しそうな表情になっていたりするらしかった。お気楽そうに見えるメリーにも察せるほどに雰囲気が変わるのなら、余程なのだろう。
メリーに、黒い靄のようなものが見えることを話しておくべきだろうか。ラトスは少し考えたが、やめた。教えたところで、妙な心配をされるだけだ。しかも、解決できるわけでもない。代わりにラトスは、少し頭を下げながら、すまないと言った。メリーは、ビクリと身体をふるわせる。半歩後ろに下がって、頭を何度も横にふった。
ラトスは、メリーのその様子を困った顔で見た後、視線を横に流した。
視線の先には、セウラザのすぐそばに立っている、少女の姿があった。それは何度見ても、死んだ妹の、シャーニの姿だった。
にがい顔で、少女を見下ろす。
この子のことだけは、メリーに話した方が良いだろう。ラトスは、唇をむすんでまだそわそわとしているメリーに顔を向けた。彼女はラトスの視線に気付くと、またビクリと身体をふるわせた。
「妹さん……!?」
小さな暖炉から薪の爆ぜる音がすると同時に、メリーが大声を上げ、またたきをした。
「ああ。シャーニは俺の妹だ」
「え……! 全然似てない!」
メリーは 失礼なことを言いながら、ラトスとシャーニを交互に見る。
シャーニは、大声をあげたメリーが怖かったらしい。無表情のまま後ずさりして、セウラザの脚の裏に隠れた。
シャーニのその姿は、表情がないにもかかわらず、可愛らしいものだった。
金色のほそい髪がふわりとゆれて、セウラザの脚の裏から見えたり隠れたりしている。それを見て、メリーはさらに興奮したようだ。喉の奥から変な声を絞りだして、頭を横にふったり、両腕をふったりした。
「シャーニは孤児なんだ」
ラトスは小さく呟きながら視線をメリーから外し、下に落とした。
天井でゆれているカンテラの明かりが、セウラザの後ろに大きな影を作っている。その影から、少女の顔がゆれるように見え隠れしていた。
「そして、もう、死んでる」
そう言って少し間を置き、殺されたんだと、言い加えた。
ラトスの言葉で、部屋の中は突然静かになった。
セウラザとその後ろにいる少女はもちろん、せわしなく身体を動かしていたメリーも妙な姿勢で止まっている。
小さな暖炉の中で、数度、爆ぜる音がひびいた。
それは、静けさを助長させるかのようだった。
メリーの顔は、少し引きつっていた。
余計なことを言ってしまったと思ったのだろうか。
彼女は妙な姿勢で硬直したまま、セウラザの後ろに立っている少女を見た。無表情な少女の顔も、ゆっくりとメリーのほうに向く。しかし、その瞳は何も見ていない。虚ろそのものだった。
「おい」
ラトスは、メリーの腕をつかんだ。
薄暗いのでよく分からなかったが、彼女はふるえているようだった。ふるえながら、メリーはじっと固まっていた。やがて自分の腕がつかまれていることに気付くと、ゆっくりとその腕の先に目線を移した。
唇も、小さくふるえている。
「すまない。驚かせたかったわけじゃない」
「……いえ。ごめんなさい。何も知らずに騒いでしまって……」
メリーは、ふるえる唇を手で隠し、視線を落とした。
またしばらく静かになった。
ゆらゆらとゆれるカンテラが、三つの影を躍らせるように、伸び縮みさせている。誰かがこの状況をのぞいて、愉快そうに見ているようだと、ラトスはにがい顔をした。
「メリーさんが、気に病むことじゃない」
そう言って、彼女の肩をたたいた。
「シャーニは、可愛いだろう?」
「……最高に可愛いですね」
「俺も、そう思う。笑うと、もっと可愛いかったのだがな」
無表情な少女を見て、ラトスは目をほそめた。
やはり、これはシャーニではないのだ。
吐くような気持ちは、なんとかおさえられるようになった。だが、少女の姿を見つづけると、胸の奥に強い痛みを感じる。ラトスは、傷のある頬を引きつらせて、またすぐに、少女から目をそむけた。
「俺はな、メリーさん。シャーニを殺した奴を探すために、今、生きているんだよ」
「殺し……? そんな」
「こんな小さな子を、誰かが殺した」
そこまで言って、ラトスは奥歯を噛み締めた。
頭の中で、黒い靄が渦巻きはじめたからだ。また、意識を失うわけにはいかない。思考が消えてしまいそうになったが、メリーのおびえた表情を見て、ラトスさらに奥歯を噛み締めた。
しばらく息を飲みこんで、黙る。ぐっと苦しくなるまで息を溜めて、静かに吐きだした。
頭の中の黒い靄が、消えていく。ラトスは、両手で自分の顔を強くぬぐった。
「犯人は何処にいるか、だいぶ絞れているんだ」
「……そうなんですか?」
ラトスは言いながら懐に手を入れて、小さな紙を取りだした。
それは、この世界に来る前にラングシーブのギルドで、友人ミッドから手わたされた物だった。
メリーにその紙をわたし、中を見るようにうながす。彼女はおそるおそるといった感じで、ゆっくりと、折りたたまれていた紙を広げた。
≪黒い騎士 三人≫
それだけの単語が、紙にならんでいた。
「黒い騎士って、もしかして……」
メリーはそこまで言うと、ハッとして、すぐに口を閉ざした。
口を閉ざした彼女の様子を見て、これでも王族に仕える身なのだなと、ラトスは思った。
国や王族にかかわることで、不用意な発言はしないように日頃から徹底されているのだろう。しかし、メリーは嘘を吐くのが苦手なようだった。そわそわとして、落ち着かない。ラトスと目があわないようにしているところを見ると、何か心当たりがあるのだろう。
「別に、メリーさん。あんたから聞き出そうとは思ってない」
ラトスはため息をつきながら、手のひらを上下にふってみせた。
エイスの国には、「黒の騎士団」という風変わりな騎士団がある。それは不確かな情報ではあったが、妹の死とは関係なく、知っていたことだった。
だがその騎士団は、表立った活動をしていない。
本当に存在しているかは、城外の者には分からなかった。噂にもならないほど、曖昧で不確かなものだった。ラトスや友人のミッドがそれを知っているのは、二人がラングシーブとして幅広く諜報活動をしているからだ。
しかしミッドは何らかの方法で、黒の騎士団らしきものが存在することを知ったのだろう。
そうでなければ、こんな余計な言葉は書かない。そしてメリーの反応を見るかぎり、ここであえて彼女から事細かに聞きだす必要はなくなった。城中には本当に「黒の騎士団」が実在するのだと、ラトスに確信させた。
黒の騎士団が実在して、それが妹を殺した。
それは、国の意志が働いたも同然である。
そして、テラズの宝石を奪った。
ラトスからすれば、宝石に価値などなかった。だが、国家予算級の価格で取引されるらしい宝石なのだ。乱暴な手段をとってでも、欲しいのかもしれない。
落ち着かない様子のメリーに、ラトスは声をかけた。
今、多くのことを聞き出さなくても、メリーとの関係は今後役に立つ。ある程度なら、自分の目的を話しておくべきだ。ラトスは、王女の依頼を受けた理由から、依頼を受ける条件を大臣と交わしたことまで、彼女に話した。ただ、最後に自らの手で復讐することだけは言わなかった。
妹が殺され、半年もの間、死人のように生きてきた。
そのことを話すと、メリーは自分のことでもないのに、泣きそうな顔をしていた。
メリーに説明した後、ラトスの身体に、再度黒い靄がおそいかかった。
黒い靄が、身体の中を駆け回っていく。それはひどく不快で、身体を締め付けているかのようだった。あまりの息苦しさに、ラトスはメリーに気付かれないように目をそむけて、下を向いた。呼吸がみだれないように、息を止める。しばらく間を置いてから、長く、静かに息を吐きだした。
幸い、ラトスの不調にメリーは気付かなかった。
悲しい表情をしたまま、うつむいた。メリーのその様子を見ながら、ラトスは胸元を片手で押さえた。黒い靄が消えていくまで、じっとする。また不調に気付かれてしまったら、面目が立たない気がしたのだ。
「王女様のためにここまで来たわけじゃない。すまないが」
ラトスは息を整えながら、静かに言った。
黒い靄が徐々に消えて、息苦しさが無くなっていく。短く息を吐いて、ラトスは胸元から手をはなした。
「……そういうこと、ですよね」
メリーは、ラトスのほうに視線を向けた。
その目は、どうすればいいか分からないといった気持ちが、あふれでていた。
「一つだけ……」
メリーが、呟くように声をこぼす。
「一つだけ、私と王女殿下のことなのですけど」
「……なんだ」
「私たちも知りたいことがあって、それで、こんなことになって」
「知りたいこと?」
「はい。あ、でも、えっと。ごめんなさい。私からは言えないのですけど」
そこまで言うと、メリーは瞳を左右に泳がせた。
口の中で、モゴモゴと言葉をふくませている。なにをどこまで話せばいいか分からなくなったようだった。
「メリーさんからは言えないけど、王女なら言える。と?」
ラトスは、メリーの気持ちを汲み取って、代わりに言った。
その言葉に、メリーは頭を縦に何度もふった。しかしすぐに、余計なことを言ってしまったと思ったらしい。メリーは両手を何度も横に交差させ、頭も横にふった。
「分かったよ。今は言えないのだろうが、俺の邪魔をするつもりはないのだろう?」
「それは、もちろんです。……でも」
「でも、ちょっとガッカリしたか?」
「え。まあ、少しだけ。でも事情はそれぞれですから」
「そうだな。お互いに、おとぎ話の主人公じゃないってことだ」
ラトスはそう言うと、両手を大げさにふりあげてみせた。
メリーは彼の身振りににがい顔をすると、そうですねと、小さく言って笑った。
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