傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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「さて」

 不意に後ろから声がした。

「話は終わっただろうか」

 それは、ずっと黙ってこちらのやり取りを見ていたセウラザの声だった。
 自分自身のことを人形と言っていたが、本当にそのようだと、ラトスはにがい顔をした。声は発したが、身体はかすかにも動いていないのだ。

「すごい! 銅像みたいですね!」

 メリーが小さく笑いながら言った。
 よくもまあ言葉に出せるものだと、ラトスは眉をひそめた。貴族の娘はみな、こうも失礼なのだろうか。

「私は今後の話をしておきたい。この夢の世界に来た目的と、これからの目的を」

 無感情な声で、セウラザは言う。
 怒っているのだろうか。そう思ったが、話しながらも傍にいるシャーニの頭を優しくなでていた。

「目的か」
「そうだ。必要なことだけを確認しておきたいのだが」
「それはいい。まるで、俺と話しているようだ」

 ラトスは、口の端を持ちあげて、笑ったような顔を作ってみせた。

「……ほう」

 ラトスの返答に、セウラザは少し言葉を詰まらせていた。
 今までは、淡々と即答してきていた。あまりに事務的なので、人間ではないものとしゃべっているような気分になるほどだった。ところが今は、ラトスの顔を見たまま目を見開いて驚いているようにも見える。

「どうかしたのか」
「いいや。少し驚いただけだ」

 セウラザは、視線の先を隣にいるシャーニに向けて、小さく息を吐きだした。
 なにかまずいことを言っただろうかと、ラトスは首をかしげる。しかし、セウラザはすぐに無表情な顔にもどって、ラトスの顔をのぞきみた。

「先に言っておこう」

 シャーニの金色の髪をなでる手を止め、セウラザはとおる声で言った。

「私は、この夢の世界における君自身だ」
「……? なんだって?」
「ラトス。私は、君と同じ存在なのだ」
「同じだと? お前がか?」

 ラトスは傷のある頬を引きつらせながら、吐き捨てるように言った。
 その言葉にセウラザは深くうなずいて、そうだと言い加えた。

「ここは≪夢の世界≫だと言った。そして、ラトス。君がいた世界は≪現の世界≫と呼ばれている」

 それだけ言うと、セウラザは宙を指差した。
 指先が宙を走り、二つの円がえがかれる。

 一つ目の円は、≪現の世界≫だとセウラザは言った。
 それは、ラトスとメリーが元々いた世界だという。

 もう一つの円が、今いる≪夢の世界≫らしい。
 二つの世界は、表裏一体なのだという。それぞれははなれているが、密接な関係を保っているというのだ。

 現の世界の人間は、それぞれが≪個の夢の世界≫という、小さな夢の世界を持っている。その個の夢の世界には、現の世界の人間の分身が必ず一人存在するらしい。

「個の夢の世界って、もしかして、ここのことですか?」

 メリーが言うと、セウラザはうなずいてみせた。
 隣で聞いていたラトスは、メリーの順応性の高さに少し驚いた。草原に着いた時もそうだったし、ペルゥと出会った時もそうだった。自分もメリーを見習って、何事にもはいはいと受け入れるべきだろうか。ほんの少し考えてみたが、やめた。

 個の夢の世界が、ここなのか。
 とすれば、草原の上に浮いている無数の岩山が、個の夢の世界ということになるのだろうか。

「私は、君だ。ラトス。君がやると決めたことは、すべて協力する」

 宙を走っていた指先をラトスに向けて、セウラザは静かに言った。
 その声はやはり無感情で、熱がこもっていなかった。だが、彼の瞳はじっとラトスに向かっていて、微動だにしなかった。

「なるほど」

 ラトスはそう言って、自分の顔を手のひらでおおうと、しばらく黙った。

 ペルゥの言葉を思い出す。
 セウラザなる者が協力してくれるはずだというのは、こういうことだったのだ。自らのことを、もう一人の自分だとか、器だとか、奇妙なことを言ってくる。そのすべてを鵜呑みにはしないが、この世界で協力してくれる者がいるというのは、貴重なことだった。

 ラトスは顔を手でおおったまま、指の隙間からセウラザの顔をのぞきみた。
 セウラザはこっちを見据えたまま動かない。瞳もそらさない。こんな世界で、自らの洞察を用いるのもどうかと思うが、おそらくこの男は嘘をついていないだろう。
 信用は別にして、役に立つうちは利用するべきだ。

「分かった。協力してもらおう」

 ラトスは顔から手をはなしてそう言うと、セウラザに手を差しだした。
 セウラザは差し出されたその手を見て、しばらく間を置く。無表情なので分からないが、何か考えたのだろう。やがて、カチカチと甲冑の音をたてながら前に進みでて、ラトスの手をにぎった。

「話を戻そう」

 セウラザは、ラトスの手をにぎりながらメリーの方も見て、静かに言った。

「今後の話だったな」
「そうだ」
「俺の目的は、二つだ」

 ラトスは、指を二本立てて言う。
 セウラザの裏に隠れているシャーニを一度見て、すぐに視線をセウラザに向けた。

「一つ目は、エイスの王女を見つけ出して≪現の世界≫に帰すこと。二つ目は、シャーニを殺した人間を特定することだ」

 何事もなく王女を連れ帰ることができれば、問題はない。
 だが、王女捜索に失敗した場合のことも考えなくてはならない。依頼の都合上、王女を連れ帰ることができなければ、大臣はラトスに犯人の名を教える義理はないのだ。その可能性も考慮して、シャーニを殺した人間は、できるかぎり自力で特定したほうがいい。

「メリーさんも、王女を連れ帰ることが目的だ。それ以外のことも、あるようだが」
「……そうですね」
「それ以外のことは、メリーさんからは言えないのだろう?」
「すみません……。私からは言えないことで」

 メリーはそれだけ言うと、ラトスに向かってうなずいた。そして、自分も王女の救出が最優先だと、セウラザに言葉として伝えた。

「……色々と脱線してしまったが、これで決まったな」

 メリーの言葉に、ラトスはうなずく。
 胸の前で腕を組み、深く息を吸いこんだ。

 ずいぶんと回り道をしたような気分だ。これでやっと、ひとつひとつ進めていくための条件をそろえることができた。
 ラトスは吸いこんだ息を、大きく吐きだした。
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