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第4章 苦悩
76 好き
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荒くなる呼吸にますます煽り立てられ、上になり下になりしながら飽くことなく互いの体をむさぼり続けた。
余計な気を遣うことなく、動物としての欲すら剥き出しにして思うままに振る舞える。誰かとそんな関係になることは、千尋にとっては思いもよらないことだった。
丁寧に化粧を乗せた目元も歪むに任せた。浅葉の前では何も思い煩うことなく、全てを解き放てるような気がした。胸の内をさらけ出し、全身でぶつかっていくことこそが愛情だと思えた。会う機会が少ないだけのことに惑わされていた自分の浅はかさを悔いた。
千尋は、頂点の残滓から醒めつつある体をだらりと横たえたまま、普段思うように会えない浅葉の体に何か印を残したくて、その腰骨のカーブを執拗に吸った。それだけでは物足りず、何度もぎゅっと歯を立てた。
浅葉はそれを千尋のしたいままにさせながら、シャワーも浴びずただその場に寝転がっていた。時間を気にしているのはむしろ千尋の方。十時には出ると言っていたから、あまりゆっくりはしていられない。
「先にシャワー借りるね」
とベッドから出ようとした千尋の腕を、浅葉の手がつかんだ。一瞬戸惑うほどの力だった。そのまま引き寄せられ、抱き締められた。思うように息ができない。だが、不思議と苦しいとは思わなかった。
ただ身を任せながら、千尋ははっとした。浅葉の胸の奥が震えていた。千尋はその背中を労わるようにそっと手を滑らせた。二人の境目が融けて消えた。
この日、浅葉はいつになく長いシャワーを浴びた。千尋は素肌を擦り付けるようにして浅葉のベッドを味わいながら、その主の帰りを待った。
例の図鑑が目に入り、思わずくすっと笑いが漏れる。CDプレーヤーの前には、あのビーチの写真が変わらず置かれていた。
髪を拭きながら現れた浅葉は、何か思い悩むような目をしていた。眉間に寄った皺は、何らかの事件の難航を物語るものだろうか。
千尋は今度こそシャワーを浴びに向かいながら、その背中をちょんとつついた。
「また呼んでね。ちゃんとお利口にするから」
浅葉は千尋の頭にぽんと手を置いて微かに微笑むと、仕事に戻る支度を始めた。
出がけに千尋ははっと思い出し、バッグの中に手をやった。
(こんな考え込んでる時じゃない方がいいか……)
少し迷った末、ベッドの枕元にその深緑の包みをそっと置き、もう玄関で靴を履き終えたらしき浅葉の後を追った。
浅葉は最寄りの駅まで千尋を送り届け、運転席から身をひねってチュッとキスした。
「区切り付いたら、ゆっくり休んでね」
と言い残し、千尋は車を降りた。
千尋がドアを閉めてからも、浅葉はただ眩しそうにその姿を見つめていた。千尋は、どんな理由であれ、この目を振り切って他の人の元へ行くことなどできない気がした。
(やっぱり好きよ。あなたのこと……)
千尋は、どこか救われたような思いで浅葉に手を振り、改札に向かった。
余計な気を遣うことなく、動物としての欲すら剥き出しにして思うままに振る舞える。誰かとそんな関係になることは、千尋にとっては思いもよらないことだった。
丁寧に化粧を乗せた目元も歪むに任せた。浅葉の前では何も思い煩うことなく、全てを解き放てるような気がした。胸の内をさらけ出し、全身でぶつかっていくことこそが愛情だと思えた。会う機会が少ないだけのことに惑わされていた自分の浅はかさを悔いた。
千尋は、頂点の残滓から醒めつつある体をだらりと横たえたまま、普段思うように会えない浅葉の体に何か印を残したくて、その腰骨のカーブを執拗に吸った。それだけでは物足りず、何度もぎゅっと歯を立てた。
浅葉はそれを千尋のしたいままにさせながら、シャワーも浴びずただその場に寝転がっていた。時間を気にしているのはむしろ千尋の方。十時には出ると言っていたから、あまりゆっくりはしていられない。
「先にシャワー借りるね」
とベッドから出ようとした千尋の腕を、浅葉の手がつかんだ。一瞬戸惑うほどの力だった。そのまま引き寄せられ、抱き締められた。思うように息ができない。だが、不思議と苦しいとは思わなかった。
ただ身を任せながら、千尋ははっとした。浅葉の胸の奥が震えていた。千尋はその背中を労わるようにそっと手を滑らせた。二人の境目が融けて消えた。
この日、浅葉はいつになく長いシャワーを浴びた。千尋は素肌を擦り付けるようにして浅葉のベッドを味わいながら、その主の帰りを待った。
例の図鑑が目に入り、思わずくすっと笑いが漏れる。CDプレーヤーの前には、あのビーチの写真が変わらず置かれていた。
髪を拭きながら現れた浅葉は、何か思い悩むような目をしていた。眉間に寄った皺は、何らかの事件の難航を物語るものだろうか。
千尋は今度こそシャワーを浴びに向かいながら、その背中をちょんとつついた。
「また呼んでね。ちゃんとお利口にするから」
浅葉は千尋の頭にぽんと手を置いて微かに微笑むと、仕事に戻る支度を始めた。
出がけに千尋ははっと思い出し、バッグの中に手をやった。
(こんな考え込んでる時じゃない方がいいか……)
少し迷った末、ベッドの枕元にその深緑の包みをそっと置き、もう玄関で靴を履き終えたらしき浅葉の後を追った。
浅葉は最寄りの駅まで千尋を送り届け、運転席から身をひねってチュッとキスした。
「区切り付いたら、ゆっくり休んでね」
と言い残し、千尋は車を降りた。
千尋がドアを閉めてからも、浅葉はただ眩しそうにその姿を見つめていた。千尋は、どんな理由であれ、この目を振り切って他の人の元へ行くことなどできない気がした。
(やっぱり好きよ。あなたのこと……)
千尋は、どこか救われたような思いで浅葉に手を振り、改札に向かった。
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