君の思い出

生津直

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第4章 苦悩

77 密告

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 八月二十七日。他愛もない世間話をしながら勢いよくパスタを平らげた滝本真智子たきもと まちこが、ふと黙り込んだ。

(この顔……)

 千尋はそんな真智子を見るのが初めてではなかった。今日千尋をランチに誘った本題が、きっと今から出てくるのだろう。何か頼みがある、とでも言うのだろうか。

「ね、怒らないでね」

「何よ、いきなり」

「もしかしたら、私の見間違いかもしれない」

「見間違い? 何が?」

 真智子は思い切ったように携帯を取り出し、画面を操作して何かを探し始める。それは突然、千尋の目に飛び込んできた。

 青みがかった照明。向こう側が透けて見えるカーテンが半分開き、何かいかがわしい店だろうかと思わせる写真だ。カーテンの向こうのソファーに、大きく胸の開いた服を着た品のない女が座り、分厚い唇を突き出してキスをせがんでいる。

 その腕が絡み付く先には、いかにもヤクザ風の男がいた。髪をオールバックに固め、薄く柄の入った黒いジャケットを羽織り、大きく開いた紫のシャツから金のネックレスが覗いている。しかし笑顔で応じているその顔は、紛れもなくアサバ シュウジのものだった。

「やっぱり、そう?」

 青ざめる千尋を覗き込んで真智子が尋ねたが、千尋には聞こえていなかった。

 ふと慌てたように、真智子が千尋の手から携帯を取り上げようとした。千尋の手は反射的にそれをかわし、画面の上を滑る。その写真には続きがあった。頭を後ろから思い切り殴られたように、一瞬目の前が暗くなる。

 先ほどよりも大きく映し出された同じ男女のキスシーン。それで終わりではない。一枚、また一枚と順を追うごとに二人がヒートアップし、舌を絡めていく様子がありありとうかがえた。恐ろしいほどの画質の良さが千尋の神経を逆撫でする。

 一連の写真は、映像を見ているのかと錯覚するほど生々しかった。浅葉の頬が奏でるいつもの軟骨音が聞こえてくるようだ。それをこの女が聞いているのかと思うと、うっとりと浅葉を見つめるその横顔に、千尋はいつしか爪を立てていた。写真を睨みつけたまま尋ねる。

「これ、いつ?」

「えっと……四日前、かな」

「全部送って、私に」

「ちょっと、やめなよ。どうする気?」

「どうもしない。ただ、真智子の携帯からは消しておいて。今、ここで」

 有無を言わせない千尋の口調に負け、真智子はおとなしく全てを共有アプリで千尋に送り、千尋はそれを自分だけのフォルダに移した。

「浮気現場を見せたかったわけじゃないの。まあ、それもあったけど……あんた知らなかったでしょ、そのすじの人だって」

 確かに、写真の中の浅葉は見事に演じ切っていた。

「ねえ、こんなもの見せて脅したって勝てっこないよ。それより、今すぐ別れた方がいい」

「うん……そうする」

 素直に応じた千尋の目は、どこか遠くを彷徨さまよっていた。
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