君の思い出

生津直

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第1章 護衛

14 胸懐

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 ドタバタと後処理に駆け回っていた長尾が、廊下をやってきた浅葉に気付く。

「なっげートイレだな。課長がお待ちかねだぜ」

「ああ」

と、そのまま通り過ぎようとする浅葉に、長尾が不満げな顔を向ける。

「こっちがどうなったか聞かないわけ?」

「やっぱり余裕だったみたいだな」

「ま、重松ちゃんのお陰でな。まだ指示してやんないと動けない感じはあるけど」

 そう答えながら、長尾は足早にその場を後にした。



 大部屋に入ってきた浅葉の姿を、石山の目は即座に捉えた。

「まずは取り調べだな。話はその後だ」

 浅葉は会釈えしゃくこたえ、長尾のヘルプに向かった。

 現場から浅葉抜きで帰署した長尾を叱責した後、田辺千尋の暴行被害の報告を受けた石山は、むしろ違う意味で「お待ちかね」だった。まさか本当に襲われるとは……。

 浅葉が勝手に持ち場を離れたことはもちろん大問題だが、田辺千尋を襲った男に関しては、強制猥褻わいせつや傷害にとどまらず、調べればおそらく薬物所持、使用も出てくる。

 それだけではない。田辺千尋の身に今何か重大な被害でもあれば、目下もっか苦戦中の一件に関係してこないとも限らない。浅葉がそこまで読んでいたかは不明だが、結果的に警察にとって多大なメリットがもたらされたのは確かだった。



 もう来ることはないと思っていたのに、まさかその日のうちに戻ってくるとは……。千尋はもう何度目かのため息をついた。深夜にも関わらず、署内の方々ほうぼうに明かりがき、せわしなく人が行きっている。

 到着すると、婦警は坂口に千尋を引き渡して去っていき、千尋はまた例の部屋に連れてこられた。

 坂口は、

「思い出したくないだろうけど、大事なことなの」

と前置きした上で、何があったのか千尋に説明を求めた。思い出しただけで虫唾むしずが走るようだったが、千尋は何とか順を追って話し終えた。

 今はこの部屋に一人残され、再び自宅まで車で送られるのを待っている。

 あの公園の暗がりで、千尋は本能的に救いを求めた。体感的な身の危険度は、銃撃された時の比ではない。理屈抜きでもがき、出てきてくれない我が声を探し求めた。その声なき叫びがまるで届いたかのように、浅葉が現れたのだ。これが英雄ヒーローでなければ一体何だろう。



 取り調べが一段落し、石山は浅葉を小部屋に呼び出した。

竹岡勇作たけおかゆうさく苑勇会えんゆうかいの末端も末端、取引現場にも当然呼ばれてない。田辺を狙ったのは、お前が言ってた個人的興味ってのがまあ一番近そうだな」

 黙って聞く浅葉に、石山が鋭い目を向けた。

「なぜ撃った? 竹岡は丸腰だったそうじゃないか」

「その確証はありませんでした」

「凶器があって抵抗するつもりなら、とっくに振り回してたはずだ。それに、今となっては田辺を殺すつもりがないのもわかってたろ?」

「そのはずですが、田辺の首を絞めようとしていました。わけのわからない集団ですから、トップの指示が変わったという可能性も考えられます」

「しかし、何の警告もなくいきなり撃たれたと言ってるぞ。お前がいることにすら気付いてなかったらしいじゃないか」

「いえ、それは苦しまぎれの出まかせです。警告はもちろんしました、通常通り」

「どうやって? ちゃんとヤク中でもわかるように言ったのか?」

「女を放せ、撃つぞ、と言いました」

「それは竹岡にもはっきり聞こえてた、と?」

「ええ。撃てるもんなら撃ってみろと言われたので、かする程度に肩を撃ちました」

「田辺の言ってることは竹岡の話とほぼ一致してるようだったが?」

「田辺はショックで動転してました。あの場でまともに頭が回ってたのは俺だけです」

 そうよどみなく言ってのける浅葉をこれ以上追及しても無駄だと石山にはわかっていた。どう考えてもに落ちないが、この優秀な部下を疑い、犯罪組織の末端、しかも薬漬けの人間を信じるだけの根拠がない。

 何も重傷を負わせたわけではないのだし、上がそう目くじらを立てるとも思えない。苑勇会だってこのレベルの人間の処遇をいちいち気にはしないだろう。あとは石山自身が八方丸く収めておけば済む話だ。

 石山は覚悟を決めた。

「よし、行っていいぞ」

 しかし、石山の胸中は嫌な予感で満たされていた。浅葉が不可解な行動に出る時には必ず理由がある。彼がおよそ語る気のないその理由を、石山は恐れた。



  * * * * * *



 浅葉は悔やんだ。なぜ、もっと痛めつけてやらなかったのだろう。

 実際、田辺千尋に当たる恐れさえなければ、自分は一体竹岡のどこに銃口を向けていただろう。

 ケダモノのような男に組み敷かれた、誰よりも大切な彼女のろう人形のようにうつろな目……。そんな光景が頭にこびりついて離れず、一体どこまでが今夜起きたことなのかが、浅葉の脳内でぼやけ始めていた。



  * * * * * *

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