14 / 92
第1章 護衛
14 胸懐
しおりを挟む
ドタバタと後処理に駆け回っていた長尾が、廊下をやってきた浅葉に気付く。
「なっげートイレだな。課長がお待ちかねだぜ」
「ああ」
と、そのまま通り過ぎようとする浅葉に、長尾が不満げな顔を向ける。
「こっちがどうなったか聞かないわけ?」
「やっぱり余裕だったみたいだな」
「ま、重松ちゃんのお陰でな。まだ指示してやんないと動けない感じはあるけど」
そう答えながら、長尾は足早にその場を後にした。
大部屋に入ってきた浅葉の姿を、石山の目は即座に捉えた。
「まずは取り調べだな。話はその後だ」
浅葉は会釈で応え、長尾のヘルプに向かった。
現場から浅葉抜きで帰署した長尾を叱責した後、田辺千尋の暴行被害の報告を受けた石山は、むしろ違う意味で「お待ちかね」だった。まさか本当に襲われるとは……。
浅葉が勝手に持ち場を離れたことはもちろん大問題だが、田辺千尋を襲った男に関しては、強制猥褻や傷害にとどまらず、調べればおそらく薬物所持、使用も出てくる。
それだけではない。田辺千尋の身に今何か重大な被害でもあれば、目下苦戦中の一件に関係してこないとも限らない。浅葉がそこまで読んでいたかは不明だが、結果的に警察にとって多大なメリットがもたらされたのは確かだった。
もう来ることはないと思っていたのに、まさかその日のうちに戻ってくるとは……。千尋はもう何度目かのため息をついた。深夜にも関わらず、署内の方々に明かりが点き、せわしなく人が行き交っている。
到着すると、婦警は坂口に千尋を引き渡して去っていき、千尋はまた例の部屋に連れてこられた。
坂口は、
「思い出したくないだろうけど、大事なことなの」
と前置きした上で、何があったのか千尋に説明を求めた。思い出しただけで虫唾が走るようだったが、千尋は何とか順を追って話し終えた。
今はこの部屋に一人残され、再び自宅まで車で送られるのを待っている。
あの公園の暗がりで、千尋は本能的に救いを求めた。体感的な身の危険度は、銃撃された時の比ではない。理屈抜きでもがき、出てきてくれない我が声を探し求めた。その声なき叫びがまるで届いたかのように、浅葉が現れたのだ。これが英雄でなければ一体何だろう。
取り調べが一段落し、石山は浅葉を小部屋に呼び出した。
「竹岡勇作。苑勇会の末端も末端、取引現場にも当然呼ばれてない。田辺を狙ったのは、お前が言ってた個人的興味ってのがまあ一番近そうだな」
黙って聞く浅葉に、石山が鋭い目を向けた。
「なぜ撃った? 竹岡は丸腰だったそうじゃないか」
「その確証はありませんでした」
「凶器があって抵抗するつもりなら、とっくに振り回してたはずだ。それに、今となっては田辺を殺すつもりがないのもわかってたろ?」
「そのはずですが、田辺の首を絞めようとしていました。わけのわからない集団ですから、トップの指示が変わったという可能性も考えられます」
「しかし、何の警告もなくいきなり撃たれたと言ってるぞ。お前がいることにすら気付いてなかったらしいじゃないか」
「いえ、それは苦し紛れの出まかせです。警告はもちろんしました、通常通り」
「どうやって? ちゃんとヤク中でもわかるように言ったのか?」
「女を放せ、撃つぞ、と言いました」
「それは竹岡にもはっきり聞こえてた、と?」
「ええ。撃てるもんなら撃ってみろと言われたので、かする程度に肩を撃ちました」
「田辺の言ってることは竹岡の話とほぼ一致してるようだったが?」
「田辺はショックで動転してました。あの場でまともに頭が回ってたのは俺だけです」
そうよどみなく言ってのける浅葉をこれ以上追及しても無駄だと石山にはわかっていた。どう考えても腑に落ちないが、この優秀な部下を疑い、犯罪組織の末端、しかも薬漬けの人間を信じるだけの根拠がない。
何も重傷を負わせたわけではないのだし、上がそう目くじらを立てるとも思えない。苑勇会だってこのレベルの人間の処遇をいちいち気にはしないだろう。あとは石山自身が八方丸く収めておけば済む話だ。
石山は覚悟を決めた。
「よし、行っていいぞ」
しかし、石山の胸中は嫌な予感で満たされていた。浅葉が不可解な行動に出る時には必ず理由がある。彼がおよそ語る気のないその理由を、石山は恐れた。
* * * * * *
浅葉は悔やんだ。なぜ、もっと痛めつけてやらなかったのだろう。
実際、田辺千尋に当たる恐れさえなければ、自分は一体竹岡のどこに銃口を向けていただろう。
ケダモノのような男に組み敷かれた、誰よりも大切な彼女の蝋人形のように虚ろな目……。そんな光景が頭にこびりついて離れず、一体どこまでが今夜起きたことなのかが、浅葉の脳内でぼやけ始めていた。
* * * * * *
「なっげートイレだな。課長がお待ちかねだぜ」
「ああ」
と、そのまま通り過ぎようとする浅葉に、長尾が不満げな顔を向ける。
「こっちがどうなったか聞かないわけ?」
「やっぱり余裕だったみたいだな」
「ま、重松ちゃんのお陰でな。まだ指示してやんないと動けない感じはあるけど」
そう答えながら、長尾は足早にその場を後にした。
大部屋に入ってきた浅葉の姿を、石山の目は即座に捉えた。
「まずは取り調べだな。話はその後だ」
浅葉は会釈で応え、長尾のヘルプに向かった。
現場から浅葉抜きで帰署した長尾を叱責した後、田辺千尋の暴行被害の報告を受けた石山は、むしろ違う意味で「お待ちかね」だった。まさか本当に襲われるとは……。
浅葉が勝手に持ち場を離れたことはもちろん大問題だが、田辺千尋を襲った男に関しては、強制猥褻や傷害にとどまらず、調べればおそらく薬物所持、使用も出てくる。
それだけではない。田辺千尋の身に今何か重大な被害でもあれば、目下苦戦中の一件に関係してこないとも限らない。浅葉がそこまで読んでいたかは不明だが、結果的に警察にとって多大なメリットがもたらされたのは確かだった。
もう来ることはないと思っていたのに、まさかその日のうちに戻ってくるとは……。千尋はもう何度目かのため息をついた。深夜にも関わらず、署内の方々に明かりが点き、せわしなく人が行き交っている。
到着すると、婦警は坂口に千尋を引き渡して去っていき、千尋はまた例の部屋に連れてこられた。
坂口は、
「思い出したくないだろうけど、大事なことなの」
と前置きした上で、何があったのか千尋に説明を求めた。思い出しただけで虫唾が走るようだったが、千尋は何とか順を追って話し終えた。
今はこの部屋に一人残され、再び自宅まで車で送られるのを待っている。
あの公園の暗がりで、千尋は本能的に救いを求めた。体感的な身の危険度は、銃撃された時の比ではない。理屈抜きでもがき、出てきてくれない我が声を探し求めた。その声なき叫びがまるで届いたかのように、浅葉が現れたのだ。これが英雄でなければ一体何だろう。
取り調べが一段落し、石山は浅葉を小部屋に呼び出した。
「竹岡勇作。苑勇会の末端も末端、取引現場にも当然呼ばれてない。田辺を狙ったのは、お前が言ってた個人的興味ってのがまあ一番近そうだな」
黙って聞く浅葉に、石山が鋭い目を向けた。
「なぜ撃った? 竹岡は丸腰だったそうじゃないか」
「その確証はありませんでした」
「凶器があって抵抗するつもりなら、とっくに振り回してたはずだ。それに、今となっては田辺を殺すつもりがないのもわかってたろ?」
「そのはずですが、田辺の首を絞めようとしていました。わけのわからない集団ですから、トップの指示が変わったという可能性も考えられます」
「しかし、何の警告もなくいきなり撃たれたと言ってるぞ。お前がいることにすら気付いてなかったらしいじゃないか」
「いえ、それは苦し紛れの出まかせです。警告はもちろんしました、通常通り」
「どうやって? ちゃんとヤク中でもわかるように言ったのか?」
「女を放せ、撃つぞ、と言いました」
「それは竹岡にもはっきり聞こえてた、と?」
「ええ。撃てるもんなら撃ってみろと言われたので、かする程度に肩を撃ちました」
「田辺の言ってることは竹岡の話とほぼ一致してるようだったが?」
「田辺はショックで動転してました。あの場でまともに頭が回ってたのは俺だけです」
そうよどみなく言ってのける浅葉をこれ以上追及しても無駄だと石山にはわかっていた。どう考えても腑に落ちないが、この優秀な部下を疑い、犯罪組織の末端、しかも薬漬けの人間を信じるだけの根拠がない。
何も重傷を負わせたわけではないのだし、上がそう目くじらを立てるとも思えない。苑勇会だってこのレベルの人間の処遇をいちいち気にはしないだろう。あとは石山自身が八方丸く収めておけば済む話だ。
石山は覚悟を決めた。
「よし、行っていいぞ」
しかし、石山の胸中は嫌な予感で満たされていた。浅葉が不可解な行動に出る時には必ず理由がある。彼がおよそ語る気のないその理由を、石山は恐れた。
* * * * * *
浅葉は悔やんだ。なぜ、もっと痛めつけてやらなかったのだろう。
実際、田辺千尋に当たる恐れさえなければ、自分は一体竹岡のどこに銃口を向けていただろう。
ケダモノのような男に組み敷かれた、誰よりも大切な彼女の蝋人形のように虚ろな目……。そんな光景が頭にこびりついて離れず、一体どこまでが今夜起きたことなのかが、浅葉の脳内でぼやけ始めていた。
* * * * * *
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる