13 / 92
第1章 護衛
13 救難
しおりを挟む
「誰か!」
と叫んだ千尋の口がすかさず塞がれる。男は千尋を引きずるようにどこかへ連れていこうとしていた。何とか暴れようともがくが、凄い力で押さえ付けられる。必死に声を出そうとしていると、男の両手が千尋の首に回った。圧迫されて息ができない。
「騒いだら殺すぞ」
酔っ払ってでもいるのか、正気とは思えない口調だった。
男は、近くの小さな公園に千尋を引きずり込むと、角の植え込みのそばで千尋の体を触り始めた。その手を逃れようとして身をよじると、今度は後ろから羽交い締めにされた。
「放して」
胸を鷲づかみにされ、必死で抵抗する。
「お願い、やめて……」
かすれる声で懇願した。忌まわしい手がスカートの中へと這い上がり、下着を引っ張ってずり下げる。千尋は無意識に姿勢を低くして食い止めようとしたが、男の他方の手に喉をつかまれ、命が危ないという恐怖の方が先に立った。
殺される。
少なくとも犯される。
恐怖と絶望で声を失った。
体の震えと湧き出す涙が、「お前はもう助からない」と宣告する。
(いや……助けて……)
その時。
パン、と銃声が響いた。
男がうあっと呻いて手を離す。千尋は咄嗟に男を突き飛ばし、夢中で逃げようとしたが足がもつれ、固い地面に思い切り膝を打ち付けた。
少しでも離れようと地面を這いながら振り返ると、降参した様子の男が荒っぽく引きずられている。男を鉄棒の足に手錠で繋ぎ、その胸ぐらをつかんで拳を固めているのは……。
(浅葉さん……)
終始冷静だったその目に、初めて炎を見たような気がした。
浅葉がぱっと顔を上げ、千尋の視線に気付く。千尋は慌ててスカート越しに下着を引っ張り上げた。小走りにやってくる長身が、千尋の視界の中で滲んだ。じんじんと脈打つ頭に手をやり、吐き気に目をつぶる。
浅葉は、座り込んだ千尋から少し距離を取って慎重に片膝をつき、
「大丈夫か」
と、顔を覗き込む。千尋は声が出せる気がせず、頷こうとしてそれもできないことに気付いた。金縛りにでもあったように全身が強張っている。銃声が何度も耳の中で響き続けているようだ。
息ができていないのだと思い、喉を開くようにして大きく息を吸い込んだ。途端に咳き込み、何とか呼吸を取り戻す。
ふと目をやると、後ろ手に繋がれた男と目が合った。そのごつい手が再び自分の体を揉みしだくような錯覚に襲われ、身震いする。激しい嫌悪と怒りが込み上げ、嗚咽が漏れた。
浅葉はそれ以上何も言わずに立ち上がると、電話をかけ始めた。
「田辺が襲われました。自宅から五十メートルほどの公園に男を拘束してます。池田は殴られてのびてますが、もう気が付く頃です。……ええ。……いや、未遂ですね、ギリギリ」
電話の相手にわざと当て付けるような口調だった。
(未遂……)
浅葉が来なかったら、どうなっていたか。恐怖なのか、心細さなのか、はたまた怒りか、安堵か。原理のよくわからない涙が一気に込み上げた。
「ああ、それから、通報があるかもしれませんが、発砲は俺です」
浅葉は、繋がれた男に目をやりながら続けた。
「この件との絡みはまだわかりませんが、常用の徴候があります。……はい、一台お願いします」
電話を切った浅葉は、男と千尋の間に立ったまま、誰のことも見ていなかった。右手を一度開き、そしてぎゅっと握り締めると、深くうつむいて目を閉じた。
間もなく、制服の若い婦人警官と連れ立って池田が走ってきた。池田はすっかり慌てた様子で、
「浅葉さん、すみません」
と頭を下げる。
「後にしろ。あっちだ」
浅葉が鉄棒に繋がれた男を指差すと、池田は急いで走っていった。婦警が千尋に声をかける。
「大丈夫ですか? 立てます?」
「はい」
千尋は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。何とか自力で立ち上がる。一人で先に車に向かってしまった浅葉の後ろ姿をぼんやりと目で追っていると、婦警が淡々と言った。
「これから調書をお取りしますので、恐れ入りますがご同行いただけますか?」
「あ、はい」
アパートの前に戻ると、パトカーが一台停まっていた。その向こうに池田が運転してきた車が見え、運転席に浅葉の後ろ姿があった。
千尋は、婦警に案内されるままパトカーの後部座席に乗り込んだ。婦警が運転席に座ると、前の車の窓から浅葉の手が出てきて「早く行け」というように空気を仰いだ。婦警はそれに頷いてシートベルトを締める。
「では、参ります」
「はい」
パトカーが走り出し、ふとサイドミラーに目を向けると、池田が男を引っ張ってきて浅葉のいる車に押し込んでいるところだった。千尋は反射的に目を逸らした。
と叫んだ千尋の口がすかさず塞がれる。男は千尋を引きずるようにどこかへ連れていこうとしていた。何とか暴れようともがくが、凄い力で押さえ付けられる。必死に声を出そうとしていると、男の両手が千尋の首に回った。圧迫されて息ができない。
「騒いだら殺すぞ」
酔っ払ってでもいるのか、正気とは思えない口調だった。
男は、近くの小さな公園に千尋を引きずり込むと、角の植え込みのそばで千尋の体を触り始めた。その手を逃れようとして身をよじると、今度は後ろから羽交い締めにされた。
「放して」
胸を鷲づかみにされ、必死で抵抗する。
「お願い、やめて……」
かすれる声で懇願した。忌まわしい手がスカートの中へと這い上がり、下着を引っ張ってずり下げる。千尋は無意識に姿勢を低くして食い止めようとしたが、男の他方の手に喉をつかまれ、命が危ないという恐怖の方が先に立った。
殺される。
少なくとも犯される。
恐怖と絶望で声を失った。
体の震えと湧き出す涙が、「お前はもう助からない」と宣告する。
(いや……助けて……)
その時。
パン、と銃声が響いた。
男がうあっと呻いて手を離す。千尋は咄嗟に男を突き飛ばし、夢中で逃げようとしたが足がもつれ、固い地面に思い切り膝を打ち付けた。
少しでも離れようと地面を這いながら振り返ると、降参した様子の男が荒っぽく引きずられている。男を鉄棒の足に手錠で繋ぎ、その胸ぐらをつかんで拳を固めているのは……。
(浅葉さん……)
終始冷静だったその目に、初めて炎を見たような気がした。
浅葉がぱっと顔を上げ、千尋の視線に気付く。千尋は慌ててスカート越しに下着を引っ張り上げた。小走りにやってくる長身が、千尋の視界の中で滲んだ。じんじんと脈打つ頭に手をやり、吐き気に目をつぶる。
浅葉は、座り込んだ千尋から少し距離を取って慎重に片膝をつき、
「大丈夫か」
と、顔を覗き込む。千尋は声が出せる気がせず、頷こうとしてそれもできないことに気付いた。金縛りにでもあったように全身が強張っている。銃声が何度も耳の中で響き続けているようだ。
息ができていないのだと思い、喉を開くようにして大きく息を吸い込んだ。途端に咳き込み、何とか呼吸を取り戻す。
ふと目をやると、後ろ手に繋がれた男と目が合った。そのごつい手が再び自分の体を揉みしだくような錯覚に襲われ、身震いする。激しい嫌悪と怒りが込み上げ、嗚咽が漏れた。
浅葉はそれ以上何も言わずに立ち上がると、電話をかけ始めた。
「田辺が襲われました。自宅から五十メートルほどの公園に男を拘束してます。池田は殴られてのびてますが、もう気が付く頃です。……ええ。……いや、未遂ですね、ギリギリ」
電話の相手にわざと当て付けるような口調だった。
(未遂……)
浅葉が来なかったら、どうなっていたか。恐怖なのか、心細さなのか、はたまた怒りか、安堵か。原理のよくわからない涙が一気に込み上げた。
「ああ、それから、通報があるかもしれませんが、発砲は俺です」
浅葉は、繋がれた男に目をやりながら続けた。
「この件との絡みはまだわかりませんが、常用の徴候があります。……はい、一台お願いします」
電話を切った浅葉は、男と千尋の間に立ったまま、誰のことも見ていなかった。右手を一度開き、そしてぎゅっと握り締めると、深くうつむいて目を閉じた。
間もなく、制服の若い婦人警官と連れ立って池田が走ってきた。池田はすっかり慌てた様子で、
「浅葉さん、すみません」
と頭を下げる。
「後にしろ。あっちだ」
浅葉が鉄棒に繋がれた男を指差すと、池田は急いで走っていった。婦警が千尋に声をかける。
「大丈夫ですか? 立てます?」
「はい」
千尋は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。何とか自力で立ち上がる。一人で先に車に向かってしまった浅葉の後ろ姿をぼんやりと目で追っていると、婦警が淡々と言った。
「これから調書をお取りしますので、恐れ入りますがご同行いただけますか?」
「あ、はい」
アパートの前に戻ると、パトカーが一台停まっていた。その向こうに池田が運転してきた車が見え、運転席に浅葉の後ろ姿があった。
千尋は、婦警に案内されるままパトカーの後部座席に乗り込んだ。婦警が運転席に座ると、前の車の窓から浅葉の手が出てきて「早く行け」というように空気を仰いだ。婦警はそれに頷いてシートベルトを締める。
「では、参ります」
「はい」
パトカーが走り出し、ふとサイドミラーに目を向けると、池田が男を引っ張ってきて浅葉のいる車に押し込んでいるところだった。千尋は反射的に目を逸らした。
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる