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第1章 護衛
13 救難
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「誰か!」
と叫んだ千尋の口がすかさず塞がれる。男は千尋を引きずるようにどこかへ連れていこうとしていた。何とか暴れようともがくが、凄い力で押さえ付けられる。必死に声を出そうとしていると、男の両手が千尋の首に回った。圧迫されて息ができない。
「騒いだら殺すぞ」
酔っ払ってでもいるのか、正気とは思えない口調だった。
男は、近くの小さな公園に千尋を引きずり込むと、角の植え込みのそばで千尋の体を触り始めた。その手を逃れようとして身をよじると、今度は後ろから羽交い締めにされた。
「放して」
胸を鷲づかみにされ、必死で抵抗する。
「お願い、やめて……」
かすれる声で懇願した。忌まわしい手がスカートの中へと這い上がり、下着を引っ張ってずり下げる。千尋は無意識に姿勢を低くして食い止めようとしたが、男の他方の手に喉をつかまれ、命が危ないという恐怖の方が先に立った。
殺される。
少なくとも犯される。
恐怖と絶望で声を失った。
体の震えと湧き出す涙が、「お前はもう助からない」と宣告する。
(いや……助けて……)
その時。
パン、と銃声が響いた。
男がうあっと呻いて手を離す。千尋は咄嗟に男を突き飛ばし、夢中で逃げようとしたが足がもつれ、固い地面に思い切り膝を打ち付けた。
少しでも離れようと地面を這いながら振り返ると、降参した様子の男が荒っぽく引きずられている。男を鉄棒の足に手錠で繋ぎ、その胸ぐらをつかんで拳を固めているのは……。
(浅葉さん……)
終始冷静だったその目に、初めて炎を見たような気がした。
浅葉がぱっと顔を上げ、千尋の視線に気付く。千尋は慌ててスカート越しに下着を引っ張り上げた。小走りにやってくる長身が、千尋の視界の中で滲んだ。じんじんと脈打つ頭に手をやり、吐き気に目をつぶる。
浅葉は、座り込んだ千尋から少し距離を取って慎重に片膝をつき、
「大丈夫か」
と、顔を覗き込む。千尋は声が出せる気がせず、頷こうとしてそれもできないことに気付いた。金縛りにでもあったように全身が強張っている。銃声が何度も耳の中で響き続けているようだ。
息ができていないのだと思い、喉を開くようにして大きく息を吸い込んだ。途端に咳き込み、何とか呼吸を取り戻す。
ふと目をやると、後ろ手に繋がれた男と目が合った。そのごつい手が再び自分の体を揉みしだくような錯覚に襲われ、身震いする。激しい嫌悪と怒りが込み上げ、嗚咽が漏れた。
浅葉はそれ以上何も言わずに立ち上がると、電話をかけ始めた。
「田辺が襲われました。自宅から五十メートルほどの公園に男を拘束してます。池田は殴られてのびてますが、もう気が付く頃です。……ええ。……いや、未遂ですね、ギリギリ」
電話の相手にわざと当て付けるような口調だった。
(未遂……)
浅葉が来なかったら、どうなっていたか。恐怖なのか、心細さなのか、はたまた怒りか、安堵か。原理のよくわからない涙が一気に込み上げた。
「ああ、それから、通報があるかもしれませんが、発砲は俺です」
浅葉は、繋がれた男に目をやりながら続けた。
「この件との絡みはまだわかりませんが、常用の徴候があります。……はい、一台お願いします」
電話を切った浅葉は、男と千尋の間に立ったまま、誰のことも見ていなかった。右手を一度開き、そしてぎゅっと握り締めると、深くうつむいて目を閉じた。
間もなく、制服の若い婦人警官と連れ立って池田が走ってきた。池田はすっかり慌てた様子で、
「浅葉さん、すみません」
と頭を下げる。
「後にしろ。あっちだ」
浅葉が鉄棒に繋がれた男を指差すと、池田は急いで走っていった。婦警が千尋に声をかける。
「大丈夫ですか? 立てます?」
「はい」
千尋は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。何とか自力で立ち上がる。一人で先に車に向かってしまった浅葉の後ろ姿をぼんやりと目で追っていると、婦警が淡々と言った。
「これから調書をお取りしますので、恐れ入りますがご同行いただけますか?」
「あ、はい」
アパートの前に戻ると、パトカーが一台停まっていた。その向こうに池田が運転してきた車が見え、運転席に浅葉の後ろ姿があった。
千尋は、婦警に案内されるままパトカーの後部座席に乗り込んだ。婦警が運転席に座ると、前の車の窓から浅葉の手が出てきて「早く行け」というように空気を仰いだ。婦警はそれに頷いてシートベルトを締める。
「では、参ります」
「はい」
パトカーが走り出し、ふとサイドミラーに目を向けると、池田が男を引っ張ってきて浅葉のいる車に押し込んでいるところだった。千尋は反射的に目を逸らした。
と叫んだ千尋の口がすかさず塞がれる。男は千尋を引きずるようにどこかへ連れていこうとしていた。何とか暴れようともがくが、凄い力で押さえ付けられる。必死に声を出そうとしていると、男の両手が千尋の首に回った。圧迫されて息ができない。
「騒いだら殺すぞ」
酔っ払ってでもいるのか、正気とは思えない口調だった。
男は、近くの小さな公園に千尋を引きずり込むと、角の植え込みのそばで千尋の体を触り始めた。その手を逃れようとして身をよじると、今度は後ろから羽交い締めにされた。
「放して」
胸を鷲づかみにされ、必死で抵抗する。
「お願い、やめて……」
かすれる声で懇願した。忌まわしい手がスカートの中へと這い上がり、下着を引っ張ってずり下げる。千尋は無意識に姿勢を低くして食い止めようとしたが、男の他方の手に喉をつかまれ、命が危ないという恐怖の方が先に立った。
殺される。
少なくとも犯される。
恐怖と絶望で声を失った。
体の震えと湧き出す涙が、「お前はもう助からない」と宣告する。
(いや……助けて……)
その時。
パン、と銃声が響いた。
男がうあっと呻いて手を離す。千尋は咄嗟に男を突き飛ばし、夢中で逃げようとしたが足がもつれ、固い地面に思い切り膝を打ち付けた。
少しでも離れようと地面を這いながら振り返ると、降参した様子の男が荒っぽく引きずられている。男を鉄棒の足に手錠で繋ぎ、その胸ぐらをつかんで拳を固めているのは……。
(浅葉さん……)
終始冷静だったその目に、初めて炎を見たような気がした。
浅葉がぱっと顔を上げ、千尋の視線に気付く。千尋は慌ててスカート越しに下着を引っ張り上げた。小走りにやってくる長身が、千尋の視界の中で滲んだ。じんじんと脈打つ頭に手をやり、吐き気に目をつぶる。
浅葉は、座り込んだ千尋から少し距離を取って慎重に片膝をつき、
「大丈夫か」
と、顔を覗き込む。千尋は声が出せる気がせず、頷こうとしてそれもできないことに気付いた。金縛りにでもあったように全身が強張っている。銃声が何度も耳の中で響き続けているようだ。
息ができていないのだと思い、喉を開くようにして大きく息を吸い込んだ。途端に咳き込み、何とか呼吸を取り戻す。
ふと目をやると、後ろ手に繋がれた男と目が合った。そのごつい手が再び自分の体を揉みしだくような錯覚に襲われ、身震いする。激しい嫌悪と怒りが込み上げ、嗚咽が漏れた。
浅葉はそれ以上何も言わずに立ち上がると、電話をかけ始めた。
「田辺が襲われました。自宅から五十メートルほどの公園に男を拘束してます。池田は殴られてのびてますが、もう気が付く頃です。……ええ。……いや、未遂ですね、ギリギリ」
電話の相手にわざと当て付けるような口調だった。
(未遂……)
浅葉が来なかったら、どうなっていたか。恐怖なのか、心細さなのか、はたまた怒りか、安堵か。原理のよくわからない涙が一気に込み上げた。
「ああ、それから、通報があるかもしれませんが、発砲は俺です」
浅葉は、繋がれた男に目をやりながら続けた。
「この件との絡みはまだわかりませんが、常用の徴候があります。……はい、一台お願いします」
電話を切った浅葉は、男と千尋の間に立ったまま、誰のことも見ていなかった。右手を一度開き、そしてぎゅっと握り締めると、深くうつむいて目を閉じた。
間もなく、制服の若い婦人警官と連れ立って池田が走ってきた。池田はすっかり慌てた様子で、
「浅葉さん、すみません」
と頭を下げる。
「後にしろ。あっちだ」
浅葉が鉄棒に繋がれた男を指差すと、池田は急いで走っていった。婦警が千尋に声をかける。
「大丈夫ですか? 立てます?」
「はい」
千尋は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。何とか自力で立ち上がる。一人で先に車に向かってしまった浅葉の後ろ姿をぼんやりと目で追っていると、婦警が淡々と言った。
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「あ、はい」
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千尋は、婦警に案内されるままパトカーの後部座席に乗り込んだ。婦警が運転席に座ると、前の車の窓から浅葉の手が出てきて「早く行け」というように空気を仰いだ。婦警はそれに頷いてシートベルトを締める。
「では、参ります」
「はい」
パトカーが走り出し、ふとサイドミラーに目を向けると、池田が男を引っ張ってきて浅葉のいる車に押し込んでいるところだった。千尋は反射的に目を逸らした。
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