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第1章 護衛
7 指令
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千尋は、唐突に玄関のドアが閉まる音を聞いた。
(あれ、もう終わり?)
トントントントン、とバスルームのドアが叩かれる。
「もういいぞ」
という微かな声。千尋がドアを開けて出ていくと、浅葉はデスクには戻らず、窓の方へと向かっていた。また隙間から外を覗くのかと思いきや、難しい顔で腕を組んだまま、窓際の小さなスペースを往復し始める。千尋はベッドの上に戻り、その様子をそっと見守った。
(何かあったのかな……)
そこへ電話が鳴った。浅葉が手にしている携帯だ。
「はい」
浅葉は足を止めた。
「ええ、さっき長尾から」
また外しますか、と千尋は立ち上がりかけたが、浅葉は特に合図を送ってこなかった。
「大学は夏休み中です。長期の旅行に出ていてもおかしくない」
(私のこと? ……に決まってるか)
浅葉はしばらく黙って耳を傾けた後、厳しい声音で告げた。
「それは危険です。今が一番危ない」
(えっ、危険って……?)
浅葉は苛立ったような溜め息を漏らした。壁を睨みつけた目が一度きつく閉じられ、すぐにぱっと開いた。
「わかりました。ただ、一つお願いが。この件ですが、交代を立ててもらえませんか」
千尋はつい聞き耳を立てた。
「疲れが溜まってまして……街中での警護は神経を使いますから」
(街中?)
「いえ、長尾を付けてください」
やや間があり、浅葉はきっぱりと続けた。
「じゃあ、長尾が空くまで待ってもらえますか」
再び沈黙が流れる。
「……お願いします」
浅葉は電話を切った。千尋にも関係のある話に違いないが、何のことですかと聞くのはためらわれた。黙って浅葉を見る。
浅葉は、デスクの上のペットボトルに三分の一ほど残っていた水を飲み干した。空になったボトルを傍らのごみ箱に投げると、唐突に言う。
「明日、外に出てもらう」
そういう話であろうことは、千尋にも予想がついていた。
「外って……」
「大学に行ってくれ」
「はあ……」
「そういう命令なんだ。俺が決めたわけじゃない」
理由は聞くなという意味に聞こえた。
「さっき、たしか危ないって」
浅葉は否定しなかった。
「長尾が少し離れて付いていく」
「浅葉さん、は……?」
浅葉はしばらく壁を睨み、短く答えた。
「野暮用だ」
千尋はそれ以上は聞かなかった。
(危ない、か)
一体どの程度危ないのか、最悪どうなるのか、いろいろ考えてはみるものの、どうもピンとこない。そもそも自分が命を狙われてここに来ているという実感自体があまりなかった。
(まあ、長尾さんがいてくれるなら大丈夫か)
千尋は一抹の不安を覚えながらも、数日ぶりに外に出られることにいくらか心を浮き立たせた。
(あれ、もう終わり?)
トントントントン、とバスルームのドアが叩かれる。
「もういいぞ」
という微かな声。千尋がドアを開けて出ていくと、浅葉はデスクには戻らず、窓の方へと向かっていた。また隙間から外を覗くのかと思いきや、難しい顔で腕を組んだまま、窓際の小さなスペースを往復し始める。千尋はベッドの上に戻り、その様子をそっと見守った。
(何かあったのかな……)
そこへ電話が鳴った。浅葉が手にしている携帯だ。
「はい」
浅葉は足を止めた。
「ええ、さっき長尾から」
また外しますか、と千尋は立ち上がりかけたが、浅葉は特に合図を送ってこなかった。
「大学は夏休み中です。長期の旅行に出ていてもおかしくない」
(私のこと? ……に決まってるか)
浅葉はしばらく黙って耳を傾けた後、厳しい声音で告げた。
「それは危険です。今が一番危ない」
(えっ、危険って……?)
浅葉は苛立ったような溜め息を漏らした。壁を睨みつけた目が一度きつく閉じられ、すぐにぱっと開いた。
「わかりました。ただ、一つお願いが。この件ですが、交代を立ててもらえませんか」
千尋はつい聞き耳を立てた。
「疲れが溜まってまして……街中での警護は神経を使いますから」
(街中?)
「いえ、長尾を付けてください」
やや間があり、浅葉はきっぱりと続けた。
「じゃあ、長尾が空くまで待ってもらえますか」
再び沈黙が流れる。
「……お願いします」
浅葉は電話を切った。千尋にも関係のある話に違いないが、何のことですかと聞くのはためらわれた。黙って浅葉を見る。
浅葉は、デスクの上のペットボトルに三分の一ほど残っていた水を飲み干した。空になったボトルを傍らのごみ箱に投げると、唐突に言う。
「明日、外に出てもらう」
そういう話であろうことは、千尋にも予想がついていた。
「外って……」
「大学に行ってくれ」
「はあ……」
「そういう命令なんだ。俺が決めたわけじゃない」
理由は聞くなという意味に聞こえた。
「さっき、たしか危ないって」
浅葉は否定しなかった。
「長尾が少し離れて付いていく」
「浅葉さん、は……?」
浅葉はしばらく壁を睨み、短く答えた。
「野暮用だ」
千尋はそれ以上は聞かなかった。
(危ない、か)
一体どの程度危ないのか、最悪どうなるのか、いろいろ考えてはみるものの、どうもピンとこない。そもそも自分が命を狙われてここに来ているという実感自体があまりなかった。
(まあ、長尾さんがいてくれるなら大丈夫か)
千尋は一抹の不安を覚えながらも、数日ぶりに外に出られることにいくらか心を浮き立たせた。
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