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第13話:願い

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志乃の凛とした言葉に、メンバーたちは誰もそれを疑うことはしなかった。


「志乃さん……任せるわ。」

「了解しました。」


これまで幾度となく特務課の、しいては警視庁の危機を救ってきた志乃。
その卓越した観察眼と、優れた判断力で、ここぞと言う時に最善の一手を打ってきた。


「時間的には……どのくらいだ?」

「あと……15分で『現着』させます。私も同行します。」

「現着?同行?」


志乃の言葉の真意が、メンバーたちには計りかねていたが、それでも明確な計画があることを察し、志乃を信じる。


「分かったわ。出来るだけ急いで。こちらも相手が北条さんでは、あまり時間を引き伸ばせないかもしれない。」

「任せてください。」


志乃にしては、自信たっぷりの言葉。
それはおそらく、この膠着した、どちらかと言えば北条に有利なこの状況を覆してくれるはず。

そう、メンバーたちに思わせた。


(さて……あとは俺の……俺たちの役目だな。出来るだけ時間を引き伸ばさないと。短くて15分!)


ここからは、虎太郎の正念場。
頭脳では何枚も上手の北条から、15分と言う時間を稼がなければならない。

それがどれほど困難なことなのか、ずっと相棒として捜査をしてきた虎太郎には分かっていた。


「北条さん……捜査一課の伝説とも言われたアンタが、どうしてそこまで闇に落ちた?確かに奥さんのことは……何て言ったら言いか……。」

「そうだね。周りからしたら、『どうしてそれだけで』と思うかもしれない。でもね、犯人がどうとか、そう言うのはどうでも良かったんだ。ちゃんと罪を償って、ちゃんと僕のところに話しに来てくれれば、それで気持ちの整理をしよう、そう思ってた。」

それは、北条の本心。
妻の生前も、警察の仕事に誇りを待ち、妻にも迷惑をかけてきた。
そして、妻もまた刑事として心血を注ぐ北条を、文句ひとつ言わず支えてきた。

そんな妻を奪った犯人を隠したのもまた、警察だったのだ。


「信じていた警察。妻のことも省みず打ち込んできた仕事。でもね、そんな警察に裏切られた。このやり場のない気持ちをずっと僕は抑え続けてきた。その結果……僕の中にどす黒い感情が生まれ始めた。どうして僕は、人のためにこんなに尽くさなければならないんだろうってね。大切な家族ひとり守れずに……。」

「………………。」


虎太郎は、口を挟むことなく北条の話を聞く。


「そんな中、僕の妻をひき逃げした犯人……阿久津の警護任務に偶然就いた。そのときに全てを聞いた。阿久津と小島、遠藤の会話を、いちばん近くで警護していた僕は、聞いてしまったんだ……。」

阿久津は、北条と虎太郎の話を聞きながら、ひとり怯えて物陰に隠れようとしている。


「……アンタの話だ。しっかり聞けよ。」


それを止めたのは、北条ではなく虎太郎だった。


「お前……警察は私を守る立場ではないのか!?」

阿久津が虎太郎に向かって怒鳴る。
しかし、虎太郎は表情ひとつ変えない。


「確かに、アンタを守るのが俺たち警察の仕事だ。だからって、過去の悪事から目を背けて良いってことにはならねーぜ。しっかり話を聞いて、自分のしてきたことをしっかり振り返るんだな。」

「犯罪者の話など、聞くまでも……」

「それなら俺たちは、犯罪者の身柄など、守る必要はねぇな。」

「うぐぐ……。」


完全に阿久津を黙らせた虎太郎。
これには狙いがあった。
その狙いに、司と辰川が気付く。


(こうやって揉めている時間もしっかり稼いでいる。さすがね……。)

(阿久津のことを煽っているふりをしながら、しっかり北条と阿久津の直線上に立っている。これなら北条は阿久津をすぐにどうこう出来ない。)


時間稼ぎと要人警護。
虎太郎はそれを同時に進行しているのだ。

当然、それには北条も気付いていた。


「本当に、虎……成長したね。昔の君なら、考えなしに僕に突っ込んできて、みんな大失敗だっただろうに。」

「まぁ、結果黒幕だったけど、それまでの『先生』が良かったからな。」


憎まれ口を叩きながら、虎太郎はこれからどうするかを考えていた。

いつまでもダラダラと会話が続くわけがない。
北条の最終目的は、阿久津を殺すことなのだから。
だからといって、むやみに挑発してしまえば、北条がどんな隠し球を持っているか分からないままその餌食になりかねない。


(あさみがいれば、窓から不意打ちとか出来るんだけどなぁ……。)


マンション内の防犯カメラの映像は、悠真がすでに掌握している。
つまり、カメラ関係に北条は一切手を加えていないと言うことだ。
つまり、北条にも死角は存在するということ。

ただ、その死角を突ける者が、今の特務課には存在しないのだ。


「……さぁ。そろそろ終わりにしよう。」

北条が、ついにリモコンを高く掲げる。

「だいぶ上手な時間稼ぎだったけど、メンバーのみんながここに到着するには、少し足りなかったみたいだね。」


三度、北条が阿久津に近づいていく。

「こんなに立派なタワーマンションの最上階ワンフロア……生活はセレブだけど、防犯はいまいちだったみたいだね。贅沢ばかりが幸せじゃないってことかな?」

「や、やめろ……来るな!」


完全に阿久津は腰を抜かしてしまっている。
そして、北条が阿久津の目の前に立つ。


「ちくしょう……!」


何か手はないのか?
虎太郎は必死に考えた。

北条が掲げたリモコン。
そして、北条の胴に巻き付けられた爆弾。
誰が見ても、その爆弾はリモコンと連動していることがわかる。


「北条さん……仮に、その爆弾を俺が引き剝がしたとしたら、爆弾はどうなる?」

「今回は引き剝がされて壊されないように、起動方法はリモコン操作だけにしてあるよ。だからって、君が僕に向かって飛び込んできたら、迷わずその時点で僕はスイッチを押すけどね。」

「ちっ……、力ずくで奪い取るっていうのは難しいってことか。」

「それどころか、この爆弾の起動を避けるということは、そもそも難しいことだよ。だって、僕……絶対に阿久津を殺すから。」


北条の瞳には、感情が込められていないようにも見える。
どこまでも冷たく、無機質な表情。
それは今まで見たこともないような、北条の表情だった。


「どうにもならないのかよ……。」


ついに、虎太郎の心が軋んだ。
北条には死んでほしくない。
生きて、罪をしっかりと償ってほしい。
奈美のことを許せるかと言えば、おそらく許すことは出来ないだろう。
事故で死んだのではなく、殺されたのだから。

それでも、北条が自分を刑事として育ててくれたことは事実。
その恩は、確かに残っているのだ。


(何か……何かないのか?意表をついて北条さんの手からリモコンを奪い去る方法は……。)

虎太郎が、必死に周囲を見回す。
飛び道具、薬品、なんでもいい。
北条が予想だにしない何かが、ひとつだけでもあれば、その手からリモコンを奪い取る可能性が出てくるのだ。

(何か、ひとつだけでもいいんだ……。北条さんからあのリモコンを奪い取ることが出来れば、あとは司令や辰さんが来るまで、北条さんを確保しておけばいいんだ……。)


室内には目ぼしいものは見当たらない。
虎太郎は、窓の外に視線を向けた。

(……ん?)


その時だった。
虎太郎の視界に、赤い、何か光るものを見つけた。
その光は、右へ左へと大げさに動き、そして……。

(……これ、まさか……。)

北条の死角、虎太郎の右手の甲に赤い点はぴったりとこびりつくように止まった。

そして……。

「虎太郎くん、お待たせしました。」

「え?……志乃さん?」


無線で一言だけ、志乃が虎太郎に言う。

「北条さんのリモコン、もう少しだけ見えるように……」


志乃の小声の指示。
それは、虎太郎の耳から声が漏れてしまわないようにという配慮。

「わ、わかった……。」

虎太郎が自然に北条を窓際に動かす方法、それは……


「おい、北条さん、こんなやつ殺したってなんの達成感も得られねぇよ。この辺にして、自首してくれよ……。」

虎太郎は北条と阿久津の間に立ち、阿久津を背でぐいぐいと窓際へ行くように押した。
阿久津も、死を間際に動転しているためか、素直に押されるがままに窓際へ寄っていく……。

「もう、悪あがきはよしなよ、虎……。」

北条は、心底がっかりしたような表情を虎太郎に向ける。


「悪あがきだと分かっていても、目の前で簡単に人が殺されるのを見過ごすわけには行かねぇよ。」

「それだけのことをしたんだ。この男も、そして僕も……ね。最後に、地獄への道連れにしてあげるよ。」


その表情に映し出されるのは、諦め。
そして、変わらない絶望。

失うものなどなにもない、生き甲斐すら感じられない現在に、北条は疲れきっていた。 


「虎……今のうちに君だけは逃げて良い。君は、こんなところで無駄死にするような人間じゃない。しっかりと前を向いて、生きていくんだ……。」


それでも、ずっと虎太郎を育ててきたことに対しては思うところがあるようだ。
虎太郎を逃がすと言う選択肢を北条は虎太郎に提示したのである。

しかし、虎太郎は小さく首を振った。

「たとえ、どんな悪事をはたらこうとも……命を失っちゃ、奪っちゃいけないんだ。それは最大の『逃げ』だぜ北条さん!」

もう、阿久津は窓際にぴったりと張り付くように座り込んでいる。
志乃が提示した場所は、ここで間違いないはず。


あとは、志乃がしようとしている『何か』を待つだけ。
虎太郎は、北条にありったけの思いをぶつけた。


「死ぬってのはな、それだけで逃げなんだよ! せっかく人間、生きてるんだ。辛いことも悲しいことも、憎らしいことだって生きていなければ味わえない。そして……。」

虎太郎が、ぐっと唇を噛む。


「悲しいことがあったって、辛いことがあったって……生きていれば、いつかきっと乗り越えられる日が来る。俺はそう……信じてる!」


いくつもの悲しい事件。
警察関係者たちの裏切り。
最愛の人の死。

相棒の苦悩、そして裏切り。


虎太郎自身も、たくさん辛いことを、そして悲しいことを味わってきた。
それでも、振り返らない。立ち止まらない。


「それを教えてくれたのは、アンタだろ……!!」


少しでも気を抜けば、涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。
今だって北条が黒幕だとは信じていない。
北条は最後な最後で、自分達のもとへ戻ってきてくれる。

本当の犯人を炙り出すために、ここまでは演技をしている。
そう、信じたかった。


「虎……君みたいな男にもっと早く出会えていたら……。僕の同期に君みたいなバカがいたら……、今頃僕は『そっち側』にいたのかもしれないねぇ……。」


それでも、北条の気持ちが変わることはなかった。

高くあげた右手。その手には爆弾の起爆リモコン。


「どうしても、ダメなのかよ……!!」


虎太郎は、必死に北条の目を見た。

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