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第9話:記憶の彼方に

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そして、もう一人……。


「おい!近辺の退避は終わったのか?」

「えぇ、ほぼ完了です!あとは我々も避難すれば大丈夫です!!」


稲取が周辺の一般人の避難誘導を完了させようとしていた。


「しかし……あのビルがこっちに倒れてきたら……えらいことになるじゃねぇか……。そうならないために、頼むぜ北条さん……。」


途中までは、稲取も自分の携帯に北条から繋がれたままの通話でビル内の状態を聞いていた。
しかし、いつの間にか避難誘導に走り出していた自分がそこにいた。


(悔しいが……いまの北条さんのバディに相応しいのはあの若造だ。しっかりと北条さんの考えに同調し、それに合った行動が出来ている……。
まだまだ粗削りではあるが、きっとあいつは捜査一課の未来を担ってくれる……。)


稲取は北条を、そして何より灰島のことを信じていた。


「稲取さん!!」


そんな稲取を、後方から呼ぶ一課の刑事。


「おう、悪い!すぐに離れよう!!」

退避が遅れた稲取を呼んでいるのだと思っていたのだが、刑事は小さく首を振った。

「あそこに、まだ人影が……。」

「なんだと?」


刑事が指さした方向、そこには一人の女性が歩いていた。


「おい!!あんた!あちこちで非常ベルが鳴ってるだろ!聴こえなかったのか?」


稲取が女性に声をかける。
しかし、女性は反応しない。


「稲取さん……イヤホンしてます……。」


稲取の後方にいる刑事が、目を凝らして女性を見る。
女性の耳には、白いイヤホンがつけられていた。


「マジかよ……。呼んでくる!」


稲取が、大きく女性に向かい手を振りながら走り寄る。


「おーーい!!こっち見ろ!あんただよ、あんた!!」


稲取の必死の呼びかけに気が付いたのか、女性はイヤホンを外して稲取の方を見る。


「どんだけ大音量で音楽聞いてるんだよ!この辺は危険だ!早く退避するんだ!湾岸ビルが倒壊するかも知れねぇんだよ!」

「え……湾岸ビルって、あれ……?」


稲取に注意され、女性が湾岸ビルを見上げた、その瞬間だった。


轟音が地響きと共に起こる。


「……まずい!!」


湾岸ビルの下方から、爆風と爆炎が流れてきた。
爆弾が起爆したのだ。


(まだあの女の人とは距離がある……間に合うか?)


稲取は女性を救出しようと全力で踏み込む。


「あ、あぁ……」


当の女性は驚きと恐怖のあまり、その場に座り込んでしまっている。


「今行くぞ!!」

稲取が走り出そうとした、その時だった。


「駄目だ、稲取さん!!」

近くにいた刑事2人が、稲取を取り押さえるようにして制した。


「お、おい!!」


稲取が刑事の制止を振り切ろうとする、その目の前で……


女性は、倒壊したビルの瓦礫の中に埋もれた。


「なんだよ、これは……!」


瓦礫の下に埋もれた女性を助けることも出来ず、部下に押さえられながら、稲取が呟いた。


「警察ってのは、市民を守り、事件を未然に防ぐものじゃねぇのかよ……!」


悔しさで身体が震える。


「稲取さん……」

「あれは、仕方がない……。助けに行っていたら、稲取さんも死んでた……。」


なだめる部下達を振り払い、稲取はビルの方へと向かう。


「おう……無事だったか……。」


途中で、司を抱えた熊田と、その後ろを歩く北条と合流した。

「俺は、何にもしてねぇよ……。なにも、出来なかった……。」


くそっ、と土を蹴る稲取。


「僕も同じさ。結局、僕の力では何も出来なかった……。」

普段は飄々とした余裕を見せている北条も、悲痛な面持ちを見せている。そして……


「一誠を、助けに行かなきゃ……。彼、まだあの中にいる……。」


熊田の腕のなかで、ビルの方から視線を離さない、司。


「新堂……気持ちは分かるがここからは俺達の専門外だ。レスキューに任せよう。俺達が独断で動いても、命を危険に晒すだけだ。」

「……もう、助からないんでしょう?だったら、もう生きていたって……。」


熊田の説得に、自暴自棄になる司。
そんな司に、北条は優しく声をかける。


「灰島くんは、きっと生きてる。君だってそう信じているんだろう?だったら、待とうよ。迂闊に君が飛び込んでいって、それこそ命を落としたら、無事に帰ってきた灰島くんが悲しむよ。今の君と同じように……。」

「うっ……お願い、無事でいて……!」


北条の説得で、司はようやく落ち着きを取り戻した。


その後、決死の捜索活動が行われたが……。


「死者は現在のところ5人。瓦礫の撤去作業も同時進行してますので、この後増える可能性もあります。」


刑事達による必死の避難誘導のため、犠牲者こそ少なかったものの、それでも死者が出てしまった。


「灰島刑事は……現在のところまだ見つかっていません。恐らくは、あの倒壊したビルの中に取り残された可能性が高いです。ビルの外にその姿はなく、脱出した痕跡も、今のところ見つかっていません……。」


北条を助け、自らが犠牲になる選択をした灰島は、事件から3日経っても見つからなかった。


さらに……。

「小島警視正が、事件当日から行方不明になってます。足取りは全く追えず、自宅にも戻っていないようです。夫人から捜索願が出てます。」


この事件の当日から、警視庁幹部のひとり、小島警視正が行方をくらました。
彼の机からは、厳重に保管されたUSBメモリが発見されたのであった……。

「……この中に入っている事件簿が、きっと彼が揉み消してきた事件なのかもしれないねぇ……。」


その後、捜査一課の調べで、そのUSBメモリには、多くの未解決事件、不起訴事件のデータが記録されていたことが分かった。


「こりゃひでぇなぁ……みんな、政治家の息子とか、警察官の家族とかじゃねぇか……。」

「うん、そしてこのいちばん右に記録されてる数字は、示談に持ち込むために使った金額、だろうね……。」

「この200って……200万ってことか?……おいおい正気かよ!万引きで200!?」



次々と暴かれる、警察の闇。


「これで……官房長官の息子なんか、信号無視からの轢き逃げ死亡事件じゃねぇか……それで、数字が……8000!?」

「もう、狂ってるとしか言いようがないね……。」


読み進めていくほど不快になる、データの中身。


北条は、その中から1件の事件を見つけた。


(小島警視正の息子が、暴行事件……被害者との示談は未だに成立せず。……これだね、きっと。)


灰島の妹が大学生に暴行を受けたと言う事件。
ちょうど、灰島から聞いていた話とデータ内の情報が一致する。


(きっと、灰島くんはこの事を突き止めたんだ。それで小島警視正に何らかのアクションをかけた。その結果、目の敵にされてあんなことになったのか……。)

沸々と込み上げてくる、強い怒り。


「もし、小島警視正が鬼神会と裏で繋がっていたとしたら……今回の事件も辻褄が合う。構成員6人を犠牲にして、目の上のたんこぶを潰していく。それで警視正は自分の立場を守れるし、鬼神会には多額の報酬が振り込まれる……って算段だろう?」

「稲取くんにしては名推理!……僕もそう思うよ。でもねぇ……。」


今回の事件のことを整理しようとテーブルに置かれていたメモを、北条はぐしゃりと握り潰す。


「でもね、自分達の面子を守るためだけに、これだけの大きな事件を起こして、死者まで出すと言うことを、僕は絶対に許しはしないよ。どこに逃げたか分からないし、きっと捕まえるのは難しいかもしれないけど……、僕は必ず捕まえるよ。今回の事件の黒幕達を。」


結局、ビル爆破事件に関しては、竹中を実行犯として逮捕し、他の5人も麻薬取締法違反の容疑で逮捕されたが、肝心の彼らを操った『黒幕』に関しては誰も手が出せなかった。


「何年かかっても良い……僕は絶対に犯人を野放しなんかにはしないよ。捕まえてやる。必ず。」


高橋警視監が一課を去り、そして新しい相棒を事件で失なった北条。


「このままでは終わらないよ、絶対に。」


事実上『敗戦』であった今回の事件、北条は最後まで執念深く捜査を続けることを心に決めたのであった。


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