上 下
30 / 138
第3話:恨みの花火

しおりを挟む
虎太郎が西尾のもとに向かっている、ほぼ同時刻……。


―――今度はお前の一番大切なものを爆破しようと思う。お前にも娘がいるな?もうすぐ大学卒業だそうじゃないか。おめでたいことだ。私が盛大に花火を打ち上げてやろう―――


「な……なんだと!?」


辰川の携帯には、次の犯行予告がメールで届いていた。


「娘……紗良を狙うだと……?」


この時に、辰川も完全に確信した。
犯人は、中山であるという事を。


「紗良が知ったら悲しむぞ、中山……。まるで俺なんかよりも親父みたいにあいつと接していたじゃないか……。」


10年前の事件で、中山は妻と子を失った。
それから10年、つい最近まで中山は同僚であった辰川の娘・紗良に対して優しく、親身に接していた。

辰川が爆弾処理班であることを嫌がった紗良に、中山は優しくこう言ったこともあった。


「親父さんの仕事は、唯一無二の仕事なんだ。警察官は民間人の安全を守ることが仕事。でもな、親父さんのいる爆弾処理班と言うのは、その中でも特に人命を守るために作られた班なんだ。たくさんの人の命を救える、英雄なんだ、紗良のお父さんは……。」


中山がそう言ってくれたおかげで、紗良も理解を示し辰川の仕事の応援をするようになってくれた。


「あの時、お前がああ言ってくれなければ、俺は今頃孤独なただの親父だったんだろうな。本当に、感謝してるんだぞ……。」


辰川は紗良にメールを送る。


―――昼休み、外で食おうと思うんだが、何がおすすめだ?今仕事で台場まで来てるんだが、もし近くにいるなら一緒にどうだ?―――


出来るだけ紗良に心配をかけまいと、当たり障りのない文章を送信する。
ほどなくして、紗良から返信が来た。



―――パパが外食なんて珍しい!!テレビ局の向かいにお洒落なカフェがあるんだけど、そこのパンケーキ絶品だよ。あーあ、卒論に追われてなければすぐに行きたいんだけどなぁ。パパのおごりでしょ?―――

―――娘と割り勘なんて恥ずかしいマネするかよ。卒論ってことは、学校か?―――

―――うん。学食で皆とランチしてから、図書館で続行。パパ、また誘ってね!―――


紗良は何の疑いもなく、自分の現在地とこれからすることをメールで送ってくれた。

「まったく……素直な子で親父は幸せもんだぜ。」


この時世、父と年頃の娘の関係が悪いなど、良くあることだ。
素直に、そして優しく育ってくれた娘に心の中で感謝しつつ……。


「絶対に、死なせはしないからな。」


辰川は、全力で娘の通う大学へと急いだ。


「今度は、辰川さんの娘さんが狙われた?」


大学に向かうという辰川の無線を聞き、虎太郎が戸惑った。

(どうする?大学に向かって学生たちを退避させるか、それともこのまま西尾さんと合流するか……。)


直近の危機は、大学の爆弾だろう。
しかし、この先の犯罪を防ぐという意味では、西尾と合流し中山の所在の手がかりをつかんだ方が効果的だ。



「司令、俺……。」

「虎、こっちは気にせず西尾と合流してくれ。大丈夫だ。誰も死ぬことはねぇ。俺が爆弾を解除すれば済む話なんだからな!!」


そのときだった。
虎太郎の考えを読んだかのように、辰川が虎太郎に告げた。


「辰川さん……。」

「何度も鼬ごっこするほど、俺たちも暇じゃねぇ。こうやって俺が右往左往する様を見るのを楽しんでやがるんだ、犯人は。俺は別に構わねぇが、そのために何の関係もない人たちが危険にさらされるのだけは許せねぇ。だから虎、西尾に合って犯人の手がかりを少しでもいい、掴んでくれ!」


辰川は、ここまでで一度でも、中山の名を口にしていない。
『犯人』は犯人で中山ではないと、今も信じているのだ。
しかし、爆弾の解除を繰り返すたびに、犯人が中山であると言わざるを得ない。

その事に、虎太郎も気づいていた。

(辰川さん……もう、中山さんの罪は消えないけど……)

「了解!!出来るだけ犯人の早期発見・確保に努めるぜ!!」

(少しでも早く捕まえれば、中山さんの罪が増えることはねぇ。辰川さん……悪いがそれで、いいだろ?)



辰川の気持ちを考えると胸が痛んだが、それでも虎太郎は刑事。犯人を捕まえることを最善の一手だと考えた。

「あぁ……サンキューな、虎。」


辰川も、虎太郎の気持ちを察し、彼に感謝した。


「さて、俺は大学に急ぐぜ!!志乃ちゃん、悪いがあらかじめ大学の方に連絡して、状況報告と学生の退避を依頼しておいてくれ!!」

「了解しました。近くにいる各課捜査員も数名急行するように手配しました!」

「サンキュー!助かるぜ!」



志乃が、まるでチェスの駒を操る様に、状況に合わせて的確に人員を配置していく。

「すげぇ……これが志乃さんの実力か……。捜査員からしたら、動きやすいし不安にならねぇ……。」


どんなに熟練した捜査員でも、現場にひとりで向かうというのは不安になるもの。
そうならないように、志乃は最低3人でグループが組めるように人員の手配をしていた。


「司令!俺は?」

虎太郎は司に、西尾との合流ポイントを聞く。


「豊洲駅前のロータリー。そこで待っていてもらうようにお願いしたわ。服装と特徴は……。」

「……了解!」


西尾の様相の詳細を聞き、虎太郎も豊洲へと急いだ。


「ここ、のはずなんだけどな……。」


それから50分後、虎太郎は司に指定された場所に到着した。
しかし、都内の人気スポットの豊洲、人が多くなかなか西尾のことを見つけられない。


「写真でも送ってもらうか……。」


一番手っ取り早いのは、写真を見ながら探すこと。


「司令、悪いんだけど、西尾さんの写真を……。」

「……キミが、長塚 虎太郎君かな?」


虎太郎が、西尾の写真を送ってもらおうと無線で話しかけた、その時だった。
いつの間にか、虎太郎の背後に初老の男性が立っていたのだ。


「あ、あぁ……。」


突然の接触に虎太郎は驚いたが、一呼吸おいてゆっくりと振り返る。


「すまんな、驚かせてしまって。こんな人混みじゃ、なかなか私を探すのは難しいだろうと思ってな。こちらから声をかけさせてもらったよ。」

「あ、すんません……。」


辰川に来たメールの文と比べると、いかにも温厚な男性と言った雰囲気の西尾。


「初めまして、西尾です。」

「うす……長塚っす。」


簡単に挨拶を交わすふたり。


「さて、のんびり歓談するわけにもいかないからな、早速本題に入るぞ。中山はきっと……浅草だ。」

「浅草?」


単刀直入に結論だけを述べる西尾。
その口調からも、時間に余裕が無いという事を物語っていた。


「俺と中山、そして辰川の3人は同期でな。警察学校時代からずっと一緒につるんできた。そんな俺たちがいちばん最初に、3人で協力して解体した大型爆弾が……浅草だったんだ。」

「いちばん、最初……。」

「中山は、辰川と娘さんを心から大切に想っていた。自分の家族のようにな。しかし、どうしてこうなってしまったのか……。」


西尾が分からない、と言った面持ちで話す。
その表情に、虎太郎は違和感を感じた。


「え……?そりゃあんた、10年前の爆弾の事件で、中山さんの家族が死んだから、だろ?」

「いや……中山が辰川の娘と親しくなったのは、その事件の後だよ。奴は言っていた。自分の家族は犠牲になったが、親友の家族は生きてる。それは今では何よりも嬉しいことだよ、ってな。」

「それじゃ、何で……。」


西尾の話を聞けば聞くほど、今なぜ辰川を恨んでいるのかが分からなくなってくる。
今回の爆弾事件の動機は、中山の一方的な辰川への恨みだと推測されるからだ。


「きっと、何かのきっかけで、自分の中の黒い心が大きくなってしまったのだろう。それか、誰かにそそのかされたか……。とにかく、自分の心変わりで親友を恨むなんてことは、あいつに限って有り得ないことさ。」


西尾は、爆弾事件を起こした今でもなお、中山のことを信じている様子だった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

街を作っていた僕は気付いたらハーレムを作っていた⁉

BL / 連載中 24h.ポイント:3,870pt お気に入り:1,964

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,314pt お気に入り:16,136

巻き戻り令息の脱・悪役計画

BL / 連載中 24h.ポイント:51,579pt お気に入り:1,314

処理中です...