上 下
25 / 78
第5章 差し伸べるのは手だけじゃない。

しおりを挟む
響は、助っ人に入る前から奏とうたの関係に気づいていた。

舞台袖で奏の様子を見ているときから、その視線、仕草と、その先にいるうたの反応を見たからだ。だから……

「正直、助っ人に入るかは迷った。」

舞台袖にはけてから、響は奏に率直な想いを伝えた。

「え……?」

理由がわからずに首を傾げる奏。
それ以上、響は多くを語ることはしなかった。

奏が立ち直らせようとしている『親友』が、さくらの夢を奪った相手の家族なのだから。
それでも、奏の演奏を見ていたら、少しずつ響の心境にも変化が見られたもだった。

「……俺だけ、前に進まないわけにはいかない。そう言うことだ。」

と、奏の頭をくしゃりと撫でる。
突然の響の行動に、奏は顔を真っ赤にしながらその手を振り払う。

「ちょっ……!子供じゃないんですから!」

手櫛で髪を整えながら膨れっ面をする奏。そんな奏に響はふっ……と笑い、

「伝えられたか?」

と訊ねる。奏は満面の笑みで答える。

「……はい!伝わったかどうかは分からないけど……私は、伝えた!」

どこまでも前向きな教え子の前向きな答えに、

「お前には、つくづく感心させられるな……」

響は感心しながらもネクタイを整え、汗を拭き、呼吸を整える。

「今度は、俺の番だな。二宮……親友と一緒に、良く見ていろ。」

次第に表情が引き締まっていく響の言葉に、奏は首を傾げる。

「……?何を……です?」

その疑問を訊ねると同時に、場内アナウンスが流れる。

《10分間の休憩の後、本日のゲスト、麻生 響さんの演奏を行います。》

そのアナウンスに奏の目が丸くなる。

「麻生……えーーー!!!??」

奏の本日2度目の大声。

「先生……これから演奏を……? え、でもピアノやめたって……」

困惑する奏。しかし、その声には心なしか歓喜が混ざる。

「子供達が腹を括って、覚悟を決めて弾いたんだ。俺も、負けていられないだろう?」

そんな言葉に、奏は響に抱きつきたくなるほどの喜びが込み上げてくる。
その感情を必死に抑えながら……

「……子供じゃないっ!」

と照れを隠すように、怒ったふりをした。

「じゃぁ、行きますね。頑張っ……て?」

照れながらも立ち去ろうとする奏がふと視線を落とすと、意外な光景が目に入った。

響の指が、小さく震えていた。さっきまでは、堂々と演奏していた、その指が。
それだけ、本気なのだ。
奏には、響が自分の心の中の何かを片付けようとしているようにも見えた。
気が付くと、奏は響の手を取っていた。

「緊張ですか?……大丈夫に決まってるじゃないですか。先生なら、普段通りになにも考えずに弾いてても、観客を虜にできますよっ♪」

ありきたりな、励ましの言葉。
奏にはそんな陳腐な言葉を並べながら微笑むしかなかった。
しかしその甲斐あってか、響の手の震えは止まっていた。
響は、自分の手を見て驚いた表情を一瞬見せたが、

「……ありがとう。」

と素直に奏に礼を言う。
真剣に向き合おうとして、つい緊張してしまったようだ。それが自覚できたことで、響は自然にステージへと向かうことが出来た。

ステージに向かう響。
その後ろ姿に、奏はもう一度エールを送る。

「最前列で聴きますよ!いちファンとして!」

響は振り返らずに、返事をするように右手を上げた。


10分間の小休止。

もう、舞台袖にはスタッフと、響しかいない。

奏は急いで着替えホールに入ると、うたの隣に座った。

「お待たせ、うた!」

「お疲れ様、奏ちゃん。……ありがと。ちゃんと、伝わったよ。」

奏の演奏に心打たれたうたが、奏の手を握る。
奏は恥ずかしさを紛らわすように、

「失敗した~、私、カッコ悪かったー! ケガで全然弾けないんだもんな~!」

と、わざと大げさに笑って見せる。

「ううん、奏ちゃん、すごく綺麗だったよ!それに……ちゃんと、伝わったから。」

握られた手に力が入るのを感じた奏。
胸が熱くなった。自分の演奏は、ちゃんとうたに届いたのだ。

「お、おう……なら、良かったぜ……」

やや照れながらも、笑みを浮かべる。
そして、握られた手に目をやると……一気に赤面する。

「……?熱でも出ちゃった?」

急に奏が赤面したので、何が起こったのかと顔を覗き込むうた。

「なんでもないっ!」

と、その顔を遠ざけながら、奏は先ほど舞台袖で響の手を握ったことを思い出す。

(私、何てことを……!恥ずかしいっ!)

緊張する響を励ますためとはいえ、咄嗟だったとはいえ、無意識に異性の手を握ってしまったことを思い出す。

そうこうしているうちに、演奏開始を告げるブザーが会場内に響く。

《それでは、ゲスト、麻生  響さんによる演奏を行います。》


それまで騒がしかった会場内が、静寂に包まれる。照明が徐々に落ちていき……
ピアノにのみ、スポットライトが当たる。

「私、こんなところで演奏してたんだ……」

今さらになって実感する奏。そんな奏に微笑みながら、うたは過去を回想する。

「あの日……みたいだね」

そう、奏とうたが一緒に見に行ったコンサート。
その日見た、響の雄姿。

ほどなくして、響が静かにピアノの前に歩みを進める。
会場内から、感嘆の溜め息が漏れる。それは、奏とうたも同じで……

(さっきと全然違う……これが、世界的なピアニストの、本当の雰囲気なの……?)

その、プロの雰囲気に、奏の手が小刻みに震える。
一礼をし、椅子に座り、鍵盤に向き合うその姿は、神秘的にも見える。

「綺麗……何て綺麗な佇まいなんだろ……」

今度は、隣にいるうたが声を漏らした。

しばらくの間、ピアノの前で目を閉じて集中していた響だったが、目を開くと奏とうたを交互に見る。

(さぁ、良く見ておけ。そして、早くここまで上がってこい)

そんな事を、ふたりは言われているような気がした。


天井を見る響。そして!ふぅっ……と息を吐くと、

一気に曲に入った。

「…………!!」
「…………!!」

奏と、うたの目が、同時に見開かれる。

リスト:『ハンガリー狂詩曲第二番』

『あの日』ふたりで夢を語ったみらい音楽ホールのコンサート。そこでフィナーレを飾った曲の、独奏バージョンだったのだ。

「先生……なんで、この曲を……?」

ふたりの思い出の曲を、響が知るよしもない。ただの偶然なのか、それとも……彼にも思い入れのある曲なのか?

ふたりの戸惑いなどお構いなしに、響の演奏が、始まった。

しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:2,805

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:787

【完結】攻略対象全員に嫌われているので、一人で魔王を倒しました。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:102

薄紅色の図書室(短編集)

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:1

クソザコ魔王の夜食係

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

異世界召喚に巻き込まれたのでダンジョンマスターにしてもらいました

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:3,515

悪役令嬢転生〜シンデレラ無双〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:18

処理中です...