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第3章 止まったままの、時間。

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帰宅した、うた。

考えることはいろいろあったが、ひとつずつ向き合い、まずはひとつの結論を出すことにした。

携帯を手にとり、電話帳を開く。

『二宮  奏』

入学式の日に、突然声をかけられ、そしていつの間にか親友になった、不思議な縁の同級生である。
どこまでも明るく、物おじしない性格の、気持ちの良い子、というのが第一印象である。

「おー、うた!どうしたの?やっと歌う気になった?」

明るい声。落ち込んだとき、悩んだとき、何度この声に救われてきたことか。

「うん……あのね。」

そんな奏に、まず真っ先に思いを伝えたい。そう思っていた。

「学校、辞めようと思うの。仕事探して、お金……入れなきゃ。」

自分の意志からは、遠くかけ離れた報告。
絞り出すように、つとめて明るく、奏に告げた。

「なっ……!」

明らかに動揺した奏の声。きっとそんな反応をすることは予想していた。

「お金って……お父さん、解雇っていったって、元重役でしょ?貯金だってあるでしょ?それに、あなた学費免除の特待扱いじゃない!生活費、そんなにかかる!?」

奏は何度もうたの家に遊びに来ていた。当然、家庭の様子も知らないわけではない。
大手会社の重役だった、うたの父。
散財するタイプでもなく、貯蓄もコツコツと貯えていた。

「……なにか、別に理由があるんでしょ?」

故に、奏は別の理由があることを疑った。
少しの間。
うたは迷っているときほど、相談せずにひとりで結論を急ぐということを、奏は知っていた。答えを待つようにあえてまくし立てるような話し方はしない。

「……ないよ。」
「今の間……ホントは嫌なんでしょ?……どうしてそんなに迷って、その結論に至ったのか、私にだけ、教えて。」

見透かされた気がした。うたは迷ってるなんて、ひとことも口にしていない。結論しか述べていないのに、奏はそれでも、『迷い』という言葉を口にしたのだ。

携帯を耳から離し、ため息を吐く。

「うた、聞いてるの?私にだけ、私も誰にも言わないから、本当の理由を教えて!」

うたは、携帯を握りしめたまま、呟く。


「私だけ、自由に歌っていられないんだよ……。私だけ、好きなこと、してられないの……。」

涙声になりそうなのを、奏に聞かれるのが嫌で、そう言い終わる前に通話を切った。


「私だけ、好きなこと出来ない。だって、私のせいで家族がこんなに苦しんでるんだから……!」


ベッドに突っ伏し、誰にでもなく呟く。
他には誰もいないのに、うたは必死に涙を堪えた。


泣くなんて、ただの甘え。そう自分に言い聞かせるように。

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