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第一章

後悔《リエート side》②

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「……私の寝室に連れていくか」

 『あそこなら、客室より安全だし』と結論を出し、私は目的地を変更した。
どうせ、今日は徹夜になるだろうから一晩ベッドを貸しても問題ない。
『むしろ、ずっと居てほしいくらいだ』と思いつつ、私は寝室へ足を運んだ。
大人三人は寝れそうな大きなベッドへ娘を下ろし、そっとシーツを掛ける。

「ん……ぉと、さま……」

 私の夢でも見ているのか、ベアトリスは可愛らしい寝言を零した。
心做しか、表情も柔らかい。

「……仕事は後回しでもいいか」

「────いや、全然良くないです」

 聞き覚えのある声が鼓膜を揺らし、私はふと後ろを振り返る。
すると、そこには────私の右腕であり、公爵家の秘書官でもあるユリウス・ハンク・カーソンの姿があった。
呆れた様子でこちらを見つめる彼は、執務室へ繋がる扉に寄り掛かっている。

「どこぞの馬鹿達のおかげで超忙しいんですから、しっかり働いてください」

 ヒラヒラと手に持った書類を揺らし、ユリウスは大きく息を吐く。
『また徹夜ですよ~』と嘆く彼の前で、私は棚の上にあったペーパーナイフを手に取る。

「……分かった────が、その前に貴様の目をくり抜かせろ」

「えっ?」

 『何で?』とでも言うように目を剥き、ユリウスは頬を引き攣らせる。
一歩・二歩と後退る彼を前に、私は前へ進んだ。

「ベアトリスの寝顔、見ただろ?」

「い、いやこれは不可抗力ですよ……!誰も公爵様の寝室に、お嬢様が居るなんて思いませんって!」

「だとしても、嫁入り前の娘に失礼だと思わないか?」

「あっ、結婚させる気はあったんですね」

 『嫁入り前』という言葉に反応し、ユリウスはまじまじとこちらを見つめる。
エメラルドを彷彿とさせる緑の瞳は、キョトンとしていた。

「……娘が結婚だと?」

「すみません。何でもありません。忘れてください」

 『失言でした』と謝罪し、ユリウスは何度も頭を下げる。
その際、短く切り揃えられた緑髪がサラリと揺れた。

「と、とりあえず執務室に行きませんか?ここだと、お嬢様を起こしてしまうかもしれませんし……」

 『せっかく熟睡しているのに可哀想~』と述べ、ユリウスは半ば逃げるように隣室へ引っ込む。
そのあとを追い掛けるように、私も寝室を後にした。
『後でベアトリスの様子を見に行こう』と考えながら扉を閉め、椅子に腰掛ける。
執務机の上に並べられた書類の山を一瞥し、前に立つユリウスを見つめた。

「それで、はどこまで腐っていた・・・・・?」

 バレンシュタイン公爵家を果実に置き換え、私は家庭教師に同調していた奴らの存在を問い掛けた。
すると、ユリウスは直ぐさま表情を引き締め、手に持った書類をこちらに見せる。

騎士団の方は無事でしたが、使用人中身はほぼダメになっていましたね。お嬢様を害していない者も一定数居ましたが、全員この事態は把握していたようです」

「つまり知っていて無視してきた、と?」

「はい」

 間髪容れずに頷いたユリウスに、私はハッと乾いた笑みを零す。
守るべき存在を放置して、過ごしてきた奴らに言いようのない怒りと落胆を覚えて……。
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