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シャロン 6 溢れ出る感情 2

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 殿下の手は執拗にシャロンの胸に触れた。
 肌理細やかな泡はシャロンの敏感な部分を撫でる。
「ひゃぅっ」
 思わず変な声が漏れてしまう。
 彼はその様子を楽しんでいるようだった。
 大きな手が泡越しに胸から下腹部へと這っていく。
 たったそれだけの動きに、シャロンの体は仰け反り、湯船の中でずるりと滑ってしまった。
「おい!」
 慌てたような殿下に受け止められる。
 湯が跳ねたせいでずぶ濡れになってしまっているのが目に入り、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ご、ごめんなさい……あの……体は自分でします……から……」
 思わず涙が溢れる。
 滑ってしまったことに驚いたこともある。それ以上に殿下をずぶ濡れにしてしまった申し訳なさで涙が止まらなくなってしまった。
「泣くな……俺が悪かった。もうしないから……悪かった。お前がかわいいからつい悪戯したくなってだな……」
 子供のように謝る殿下に驚く。
「シャロン……泡を流そう。着替えも用意してある。そうだ、温かいものでも飲んで落ち着こう」
 あたふたと慌てる姿は出会ったばかりの頃の殿下を思い出させた。
 子供の頃は殿下の悪戯でしょっちゅう泣いてしまっていた。彼はいつもシャロンが泣くと慌て出す。そして最後は優しく抱きしめて背を叩くのだ。
 柔らかいタオルで包まれる。
「悪かった。からかいすぎた」
「……はい」
「お前に泣かれるのは苦手だ」
「……はい」
 指先で涙を拭う。
 その間にも濡れた髪や体を丁寧に拭かれていった。
 余計に申し訳なさで涙が出てしまう。
「殿下……あの、自分で……」
「泣くな。お前の世話は俺の趣味だとでも思え」
 言葉は少し乱暴なのに、優しい手つきで絹の寝衣を着せられる。
 心なしか手慣れている気がした。
「いつもこのようなことを?」
 そういえば、以前メイドで練習したと言っていた気がする。
 そう思うと、またシャロンの中で仄暗い感情が渦巻いた気がした。
 どうしてだろう。殿下がシャロンにするようなことを、他の女性にもしたと思うと、胸の奥がぐしゃぐしゃになってしまうような感覚に陥る。
「……お前の肌を他の奴に見せたくないから……」
 決まり悪そうな様子の殿下はきっと隠し事でもあるのだろう。
 それが悪いことだとシャロンの立場では言えない。
 彼は王子で、シャロンは数多い婚約者候補のひとり……なのだ。たとえ殿下がシャロンを唯一の婚約者だと宣言していたとしても。
 王族ならばいくらでも妾を持てる。たまたま現国王がそういった方面に熱心ではなかっただけで、自分の娘を送り込みたい貴族はいくらでも存在する。
 カラミティー侯爵家が特殊なのだ。シャロンが望まない結婚をするくらいなら王家を抹殺するとまで宣言できるカラミティー侯爵家が。
 父はごねる殿下が面倒になって婚約を承諾しただけだった。シャロンが本気で嫌がればいつでも解消すると言ってくれてはいた。
 けれども、嫌ではなかった。
 そう、嫌ではなかったのだ。
 殿下のわがままに振り回されて困惑することは多かった。時には理不尽すぎると呆れたり、多少腹が立つこともあったはずなのに、シャロンは彼に嫌われないようにしたいと、はしたない姿を見せたくないと考えることの方が多かった。
 それはつまり、彼の前では己をよく見せたいということだ。
 なんだ。
 シャロンは納得する。
 つまりそう言うことなのだ。
 シャロンは昔から殿下を好いていた。そこにいくつも理由付けしようとしたところで無駄だ。
 好意に理由などいらない。
 丁寧にリボンまで結び終えた殿下は、満足そうにシャロンを抱き上げる。
「腹は減っていないか? それとももう眠りたい?」
 食事も用意させているぞと言う彼はどこか楽しそうだ。
 思わず、彼の首に腕を回す。
「シャロン?」
 ぎゅっと抱きしめると温もりと鼓動を感じ安心できた。
「……少しだけ、このまま……いたいです」
「そう、か。じゃあ……寝室に行くか」
 照れているらしい。鼓動が速まるのを感じる。
「私……ずっと殿下のことが好きだったようです」
「なっ……なんで過去形なんだよ」
「え? あ……今は……なんと申し上げれば……」
 適切な言葉が浮かばない。
 感情を言葉にするのは苦手だ。
「……えっと……よくないことだとは理解はしているのですが……」
「なんだ? さっさと言え」
 悪い話だったら聞かなかったことにすると彼の態度が告げている。
「……その……殿下を……独り占めしたいと思ってしまうことが……たぶん、増えているのだと思います」
 彼は王族だ。民の為に存在する。
 シャロンのこの欲は決して褒められたものではないし、許されるものでもないだろう。
 殿下の反応を見るのが恐ろしくなり、シャロンは彼の胸に顔を埋める。
 ぴたりと足が止まるのを感じた。
「……お前は……お前にはその権利がある。それに……お前は俺のものだ。お前を独占する権利は俺にある……だから……もっと堂々と所有権を主張しろ」
 彼の言葉が耳から脊髄に伝わった気がした。
 まるで猛毒を仕込まれたように、シャロンの中の仄暗い部分を刺激した。
「……私の……私の殿下……」
 彼が許したのだ。
 独占していいと。
「悩んでいるならなんでも打ち明けろ。俺は、お前の為ならなんだってする。だから、隠し事はするな。それと、浮気だけは絶対に許さないからな。もしそんなことをしたら浮気相手をお前の目の前で拷問して殺してやる」
 物騒なことを口にしているはずなのに、彼の声は甘い囁きのようだった。
 少しくすぐったい。
 その感覚が愛おしくなる。
 ぎゅっと抱きしめる力を強めれば、彼は満足したのだろうか。
 再び、歩き出す振動を感じた。
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