上 下
31 / 47

シャロン 6 溢れ出る感情 3

しおりを挟む

 どうしてこの状況になったのだろう。
 とても眠くなったことは覚えている。
 けれども、胸に頬ずりをしていいなんて一言も口にしていないはずなのに、殿下は幸せそうにすりすりしている。
「……くすぐったいです」
「いいだろう? 少しくらい。他の女にしているわけじゃないんだ」
 俺は浮気なんて一切しないぞと彼は言うけれど、それとこれとは別問題だ。
「たまには俺を甘やかしてくれたっていいだろう?」
 子供みたいなしぐさで、谷間に顔を埋め、さり気なく膨らみを揉んでいる。
「……どう、甘やかせばよいのでしょうか?」
 一応本人の意見を参考にしようと訊ねれば、少し悩むように「うーん」と唸る。
「そうだな……とりあえずこのもちもちに包まれたい。あと、優しく頭を撫でて欲しい。シャロンの手、凄く気持ちいいんだ……あとは……お前の手料理を食べたい。お茶を淹れてくれるのも嬉しい。なにもなくても触れて欲しいし……今みたいに密着するのも好きだ。お前から抱きしめてくれたっていいんだぞ?」
 そんなに難しくはなさそうな要求ばかりで拍子抜けしてしまった。
 殿下のことだからもっと無理難題を並べるのではないかと考えてしまっていた。
 シャロンはそっと彼の頭を撫でてみる。
 すると心地よさそうに目を細めた。
「ああ……幸せだ……」
 しみじみと漏らされた声に胸の奥が温かくなる。
 この程度で喜んで貰えるのであればいくらでもしてあげたい。
 しばらくの間、彼はシャロンの手を楽しんだ。
 そして、思い出したかのように口を開く。
「そうだ。シャロン」
「はい」
「名前、呼んで欲しい」
「え?」
「……お前、いっつも殿下って呼ぶだろう? 二人きりの時は名前で呼んで欲しい」
 見上げる視線が、少しだけ不安そうに見える。
「えっと……ジャスティン殿下?」
「そうじゃない」
「では……ジャスティン様?」
 呼び捨てるのは不敬だろう。いくら婚約者であってもそれは許されない。「……まあ、それで我慢してやる。お前、どうせ言っても呼び捨てにできないだろう?」
 大きな手が、頬に触れる。
「シェリー、愛してる」
 真っ直ぐ、真剣な眼差し。
 不意打ち過ぎてシャロンは硬直した。
 今、なんと?
 家族以外殆ど口にしない愛称で呼ばれた気がする。
「なんだ? この呼び方は気に入らないか?」
 戸惑うような視線。
「え? あ……いえ……少し驚いて……」
 シャロン自身、時々自分で口にしてしまう自覚もある。
 ただ、殿下の声で呼ばれるならどんな名でも構わない。
 そこに愛の言葉が合わさればシャロンはなにひとつ拒絶することがないだろう。
「殿下が……えっと、ジャスティン様が呼んでくださるならどんな名でも嬉しく思います」
 そう答えると、僅かな溜息が聞こえた。
「シャーローン、お前、もう少しなにかないのか? 自己主張が足りないと言うか……もっと欲張れ。俺はもっとお前にわがままを言われてみたい。お前にならいくらでも振り回されたいと思っている」
 殿下はどこか不満そうだ。
 まるでシャロンがなにかを要求しなくては彼がシャロンに対して要求できないとでも言うように。
 兄たちにも末子のわりにものわかりが良すぎるだとか言われてしまうことが多い。けれども決して普段から我慢をしているというわけでもない。
 確かに殿下の婚約者に相応しい淑女になろうと努力は重ねてきた。けれどもその全てが忍耐だとか苦行だとかそういったものではなかった。
「えっと……では……今夜はこのまま……一緒にいて、くださいますか?」
 とてもはしたないことを口にしてしまった自覚はある。
 けれども、思い浮かんだわがままはこのくらいだった。
「お前……逆に訊くが俺がお前を逃がすとでも思ったのか? カラミティー侯爵家に戻すつもりなんてこれっぽっちもないぞ」
 呆れなのかなんなのか。悪戯を企むときのような表情を見せられる。
 その証拠に、彼は名案があるとでも言うように、次の言葉を続ける。
「なあ、シャロン。お前に頼みがある」
「頼み、ですか?」
 あまり褒められないことを口にしそうだと思ってしまうのは、これまでの人生経験の影響だろうか。
 こんな表情をするときの彼は大抵周囲の大人にこっぴどく叱られるようなことをしでかそうとする。
「ああ。そんなに難しくはないことだ。お前なら出来る」
「内容によります」 
 人道に反することを持ちかけてくるのであれば、シャロンの役目はそれを止めることだ。
 しかし殿下は悪戯っ子の表情から変化がない。
「父上の前でカボチャを砕いてくれ。出来れば片手で」
「は?」
 一体なにを言い出すのだろう。
 カボチャなんて砕こうと考えたことすらなかったシャロンは困惑を隠しきれない。
「お前はカボチャを砕いてくれればそれでいい」
「……一体なにをするおつもりですか?」
 まさかカボチャ料理を作れというわけではないだろう。
「父上はどうしても俺とお前の結婚を遅らせたいらしいからな。さっさと許可しないと次はお前の頭がこうなると見せつけてやれ」
「……それは……脅迫では?」
 そんな方法で結婚の許可が下りるとは思えない。
「お前の兄の得意技だろう」
「さすがに陛下にそのようなことは……しな……いとは言い切れないのが兄ですが……」
 アレクシスのことだから、きっと脅迫もしている。
「シャロンと引き離すなら今後一切公務をしない。仕事が増えて苦しめばいい」
 あいつは自分の仕事まで押しつけて楽をしているんだと、宿題に不満を抱く子供のように言う。
「……殿下、公務はしっかりとこなして頂かないと……」
「なら、お前が膝の上で監視していろ」
 完全に拗ねてしまったらしい。
 再びシャロンの胸に顔を埋める。
 困ったお方だ。
 どう見たってシャロンよりも年上の男性がする行動ではない。
 それなのに、シャロンはこの方が愛おしいと感じてしまう。
 そうして、効果があるとも思えない脅迫ごっこに付き合ってしまうのだろうなと自己分析をした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

処理中です...