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シャロン 6 溢れ出る感情 3
しおりを挟むどうしてこの状況になったのだろう。
とても眠くなったことは覚えている。
けれども、胸に頬ずりをしていいなんて一言も口にしていないはずなのに、殿下は幸せそうにすりすりしている。
「……くすぐったいです」
「いいだろう? 少しくらい。他の女にしているわけじゃないんだ」
俺は浮気なんて一切しないぞと彼は言うけれど、それとこれとは別問題だ。
「たまには俺を甘やかしてくれたっていいだろう?」
子供みたいなしぐさで、谷間に顔を埋め、さり気なく膨らみを揉んでいる。
「……どう、甘やかせばよいのでしょうか?」
一応本人の意見を参考にしようと訊ねれば、少し悩むように「うーん」と唸る。
「そうだな……とりあえずこのもちもちに包まれたい。あと、優しく頭を撫でて欲しい。シャロンの手、凄く気持ちいいんだ……あとは……お前の手料理を食べたい。お茶を淹れてくれるのも嬉しい。なにもなくても触れて欲しいし……今みたいに密着するのも好きだ。お前から抱きしめてくれたっていいんだぞ?」
そんなに難しくはなさそうな要求ばかりで拍子抜けしてしまった。
殿下のことだからもっと無理難題を並べるのではないかと考えてしまっていた。
シャロンはそっと彼の頭を撫でてみる。
すると心地よさそうに目を細めた。
「ああ……幸せだ……」
しみじみと漏らされた声に胸の奥が温かくなる。
この程度で喜んで貰えるのであればいくらでもしてあげたい。
しばらくの間、彼はシャロンの手を楽しんだ。
そして、思い出したかのように口を開く。
「そうだ。シャロン」
「はい」
「名前、呼んで欲しい」
「え?」
「……お前、いっつも殿下って呼ぶだろう? 二人きりの時は名前で呼んで欲しい」
見上げる視線が、少しだけ不安そうに見える。
「えっと……ジャスティン殿下?」
「そうじゃない」
「では……ジャスティン様?」
呼び捨てるのは不敬だろう。いくら婚約者であってもそれは許されない。「……まあ、それで我慢してやる。お前、どうせ言っても呼び捨てにできないだろう?」
大きな手が、頬に触れる。
「シェリー、愛してる」
真っ直ぐ、真剣な眼差し。
不意打ち過ぎてシャロンは硬直した。
今、なんと?
家族以外殆ど口にしない愛称で呼ばれた気がする。
「なんだ? この呼び方は気に入らないか?」
戸惑うような視線。
「え? あ……いえ……少し驚いて……」
シャロン自身、時々自分で口にしてしまう自覚もある。
ただ、殿下の声で呼ばれるならどんな名でも構わない。
そこに愛の言葉が合わさればシャロンはなにひとつ拒絶することがないだろう。
「殿下が……えっと、ジャスティン様が呼んでくださるならどんな名でも嬉しく思います」
そう答えると、僅かな溜息が聞こえた。
「シャーローン、お前、もう少しなにかないのか? 自己主張が足りないと言うか……もっと欲張れ。俺はもっとお前にわがままを言われてみたい。お前にならいくらでも振り回されたいと思っている」
殿下はどこか不満そうだ。
まるでシャロンがなにかを要求しなくては彼がシャロンに対して要求できないとでも言うように。
兄たちにも末子のわりにものわかりが良すぎるだとか言われてしまうことが多い。けれども決して普段から我慢をしているというわけでもない。
確かに殿下の婚約者に相応しい淑女になろうと努力は重ねてきた。けれどもその全てが忍耐だとか苦行だとかそういったものではなかった。
「えっと……では……今夜はこのまま……一緒にいて、くださいますか?」
とてもはしたないことを口にしてしまった自覚はある。
けれども、思い浮かんだわがままはこのくらいだった。
「お前……逆に訊くが俺がお前を逃がすとでも思ったのか? カラミティー侯爵家に戻すつもりなんてこれっぽっちもないぞ」
呆れなのかなんなのか。悪戯を企むときのような表情を見せられる。
その証拠に、彼は名案があるとでも言うように、次の言葉を続ける。
「なあ、シャロン。お前に頼みがある」
「頼み、ですか?」
あまり褒められないことを口にしそうだと思ってしまうのは、これまでの人生経験の影響だろうか。
こんな表情をするときの彼は大抵周囲の大人にこっぴどく叱られるようなことをしでかそうとする。
「ああ。そんなに難しくはないことだ。お前なら出来る」
「内容によります」
人道に反することを持ちかけてくるのであれば、シャロンの役目はそれを止めることだ。
しかし殿下は悪戯っ子の表情から変化がない。
「父上の前でカボチャを砕いてくれ。出来れば片手で」
「は?」
一体なにを言い出すのだろう。
カボチャなんて砕こうと考えたことすらなかったシャロンは困惑を隠しきれない。
「お前はカボチャを砕いてくれればそれでいい」
「……一体なにをするおつもりですか?」
まさかカボチャ料理を作れというわけではないだろう。
「父上はどうしても俺とお前の結婚を遅らせたいらしいからな。さっさと許可しないと次はお前の頭がこうなると見せつけてやれ」
「……それは……脅迫では?」
そんな方法で結婚の許可が下りるとは思えない。
「お前の兄の得意技だろう」
「さすがに陛下にそのようなことは……しな……いとは言い切れないのが兄ですが……」
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「なら、お前が膝の上で監視していろ」
完全に拗ねてしまったらしい。
再びシャロンの胸に顔を埋める。
困ったお方だ。
どう見たってシャロンよりも年上の男性がする行動ではない。
それなのに、シャロンはこの方が愛おしいと感じてしまう。
そうして、効果があるとも思えない脅迫ごっこに付き合ってしまうのだろうなと自己分析をした。
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