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シャロン 6 溢れ出る感情 1
しおりを挟むクラウド伯爵家の人間はとても無礼だと思った。
訪ねても主人を呼ぼうともしない上に門前払いしようとしたのだ。
こういうときはまず、門をねじ曲げてみろとアレクシスは教えてくれた。
そうすると門番が慌てて止めようとしてきたけれど、アレクシスに教わった通りにすれば、あっさりと気絶させることが出来た。
必ず殺さない程度にしろと言われている。
万が一殺してしまったときは殿下にその責任を押しつけろとまで言われた。けれども殿下に迷惑をかけるわけにはいかない。
少し話を聞いて、耳飾りを返して貰うだけのつもりだった。
けれども、使用人のひとりが馬鹿にするようなことを口にしたから……ついつい力が入りすぎてしまったのかもしれない。
玄関を壊したのはやり過ぎだった。
シャロンは反省する。
殿下はコートニーお嬢様に夢中なのにいつまで婚約者のつもりなのかしら。
悪意を含んだ響きに感じられた。
その言葉が脳内で反響した瞬間、シャロンの中で確かに仄暗い感情が芽生えた。
ふつふつと、奥底から込み上げてくるような感情が、指先にまで拡がる。
そして、気がついたときには玄関の扉を砕いてしまっていた。
帰るぞと殿下の言葉に胸の奥のざわめきを消し飛ばされたような気分だった。
私の殿下。
この方はシャロンの……。
別の感情が頭を占めていく。
まるで体が操られたかのように、普段であれば絶対にしない行動を取ってしまう。
殿下の胸に額を当てた。
この方は私の、私だけのもの。
たとえテンペスト侯爵令嬢がたくさん贈り物を受け取っていたとしてもこの方を独占できるのは私だけ。
そう考えれば少しだけ心が落ち着く。
はずだった。
「あの……殿下? これは……」
「汚れてるだろう。安心しろ。全部俺に任せろ」
いつか見た光景。
てっきり自宅へ帰されるのだと思っていたシャロンは困惑した。
王宮の、それも殿下が使用する浴室で彼に世話をされる。
肌を見られるのは未だに慣れない。けれどもそれ以上に、王位継承者に頭を洗われるというのは落ち着かない。
「お前、これ好きだろう?」
完璧な温度の湯に浸かり、髪は桶の中に入れられている。
「俺が普段使っている物だが、シャロンの髪にも合うな」
髪を泡立て、頭皮を刺激していく。
絶妙な加減が癖になる。
あまりの心地よさに眠ってしまいそうだ。
「殿下、あんまりされると……眠ってしまいそうです」
「風呂で寝るな。もう少し頑張れ」
念入りに洗わないと瓦礫が残っているかもしれないと強調されてしまう。
だからといってどうして彼がシャロンの入浴を世話するのだろう。
指の刺激が心地よい。
しかも一度洗い流してから二度洗いまでしてくれる。
「これ……気持ちよすぎて……」
「そんなに好きか? 結婚した毎日してやるから今すぐ結婚しよう」
「……それは……」
当然婚約しているのだから結婚する意思はある。
けれども、殿下に毎日入浴の世話をさせるわけにはいかない。
「本来であれば私がお世話をするべきなのでは……」
また出来が悪いと言われてしまうのではないだろうか。殿下には相応しくないと評価されてしまったら……。
また暗い感情が蘇ってしまう。
「シャーローン? 俺が、お前の世話をしたいんだ。俺だって癒やしが欲しい。いいだろう?」
叱りたいのか甘えたいのか読めない声が耳元で響く。
そうなるとシャロンはもう逆らえない。
大人しく頷き、されるがまま髪の手入れをされる。
とてもさっぱりした。
けれどもそれだけでは終わらない。
「次は体を洗うぞ」
「か、体は自分でします」
ただでさえ殿下に触れられると敏感になってしまうはしたない体だ。
シャロンは必死に殿下から石鹸を奪おうとした。
「お前、少しは慣れろ。どうせ洗い終わったら……」
なにかを言いかけ、止めてしまう。
「とにかく、今日は大人しく俺に世話されていろ」
石鹸はシャロンの伸ばした手を回避して、彼の手の中で泡立てられた。
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