騎士が花嫁

Kyrie

文字の大きさ
55 / 61
番外編 騎士が花嫁こぼれ話

55. あなたの好きなところ(2)

しおりを挟む
……う。
気持ちわる…

強烈な吐き気と胸焼けと頭痛で目が覚める。

あ…れ…?

いつもより明るい。
今、何時だ…?

普段なら俺が起きてこないとジュリさんが優しく「リノ、朝だ」とキスをしながら起こしてくれるのに、それもなかった。
ぐわんぐわんするのとこみ上げてくる何かをどうにかしながら、服を着替え寝室から出る。
そこには出かける支度のすっかり整った騎士ジュリアス様がいた。

はぁ、カッコい…っぷ。
だめだ、すんごい気持ち悪い。

ジュリさんは「行ってくる」と言うと紺色のマントを翻して、出ていった。
俺は「いってらっしゃい」の一言さえ言えずにいた。



テーブルにはいつものパンやソーセージはなく、冷たい水と熱々のカモミールティー、そして緑の細長いぶどうが置かれていた。
ありがとう、ジュリさん!

まず、水をごくごくと飲む。
二日酔いにはまず水。
あー、うまい…
少しましになる。

ちょっとして温かいカモミールティーをすすり、水気たっぷりのぶどうを二、三粒つまむ。

はぁ、俺が二日酔いでいつものご飯が食べられないとわかって、食べられそうなものを用意してくれたんだ。
ジュリさん、ありがとう。
本当に、好き。

でも…でも…………、やっぱ気持ち悪い……







俺は吐き気と頭痛とだるさを抱えながら、ユエ先生のところに行った。
午前中、俺はクラディウス様の屋敷内のユエ先生の診療所で書類整理をした。
先生は街の診療所に行かれている。
昼過ぎ、ミウさんがわざわざここまで俺を訪ねてきてくれた。

「ミウさん!」

「よう、おまえ、昨日大丈夫だったか?」

ミウさんはザクア伯爵様のところで働いていたときの先輩で、ペリヌさんの下で一緒に働いていた。
俺より2年早く伯爵様のところで働き始めていたので、仕事のコツや手抜きの仕方などいろいろ教えてくれた人だ。

「う…、ひどい二日酔いですよ」

「だろうな。
あれだけ飲めば」

「今日もここに来たらユエ先生に『酒臭い!』と叱られて、一緒に街の診療所についていくことは許されませんでした。」

「まだ臭うぞ」

「え、ほんと?
まいったなぁ」

「早いうちからペリヌさんと一緒におまえに水を飲まそうとしたけど、全然飲まないんだから。
あのときジュリアス様が来てくださらなかったら、どうなることかと思った」

あ、そうか。
俺、酔いつぶれてジュリさんが迎えに来てくれたんだ。

「ジュリアス様だとおまえ、水飲むのな」

「あ…いや…、いろいろ迷惑かけてすみません」

「まぁ、これぐらい動けてるんだったらよかった。
他のみんなも心配で、俺が代表で様子を見にきたわけ」

昨日、ジュリさんは夜の勤務だったので、仕事帰りにザクア伯爵様のところで働いているみんなが海猫亭に飲みにいくのに出くわして誘われると、すぐに「行く!」と返事をした。
懐かしかったし、みんながジュリさんとのこともよく知っているから、「今の俺たちはちゃんとやっています!」ということが伝えたかった。
なのにかえって心配かけちゃったな。

「これ、ケーティさんから二日酔いの煎じ薬。
すんごい臭いだけど、効き目が確かなのは俺が保証する」

「ミウさんも飲んだんですか?」

「まぁな、飲みたいしヤりたい年頃だろ、俺たち」

「ああ、まぁ…」

「一応、元気そうなリノを見て安心したよ。
他のみんなにも伝えておく」

「わざわざすみません。
今度、お礼に行かなくちゃ」

「ジュリアス様と来いよ。
女連中が恋しがっていた」

「ふふふ、わかりました」

昼休みに抜けて俺の様子を見にきたミウさんは、伯爵様のところにいたときと同じように俺の髪をくしゃっとつかむと「じゃ」っと言って帰っていった。
走っていくミウさんの後ろ姿を見送りながら、俺はじーんとしていた。
もう伯爵様のところを出て何年か経つけど、こうやって気にかけてもらっているのがたまらなく嬉しかった。
今度、焼き菓子かなにかを持って訪ねてみよう。
ジュリさんと休みを合わせて。






午後三時も近くなった頃、ユエ先生が街から戻ってこられた。

「ちょーーーーーと、リノーーーーーーーーっ!
あれ、どういうことなのっ?」

へっ?!
途中で出会ったというインティアも一緒で、来るなりすんげー怒鳴られた。

「なにがっ!」

俺も負けずに怒鳴り返す。

「ジュリアスのことだよっ!
あのうなじの痕はなにっ?!」

「うなじ?」

「今朝、ディーの迎えに来たジュリアスのうなじにすっごい痕の大量のキスマークと噛みあとがあったの!
ジュリアス、それに気づかずにうちまで来たみたいで、ディーと僕で大慌てになってさ」

なにそれ…?

「髪も結んでいたから、多分、うちに来るまで他の人に派手なあの痕を見られているはずだよ。
髪を下しても隠しようがないし、見えるとすんごいえっちな感じになるから仕方なく包帯を巻いたんだけどさ」

ほ、包帯?!

「目立つのなんのって!」

「そのあと、全然仕事になりませんでした」

叫ぶインティアのあとを引き継ぐように、ユエ先生が怒りをこらえた様子で話し始めた。
なにそれ怖い。

「なにを怒っていらしたのかはわかりませんが、目の縁を真っ赤にして怒っているのに色気が増量していまして。
誰もなにも問えるような状況ではありませんでした。
しかし意味深な包帯の憶測も相まって、気にした騎士たちの仕事のミス続出。
訓練も伝達も進まない、と冷静さを買われて私も街の診療所に行くこともできず王宮の詰所に駆り出される始末」

は?

「しかし、この私でもあれは苦しいものでした。
熱に熟れたような目をしてなにか色香が漏れ出ているジュリアスに対して、冷静になれというのは無理、というくらい凶悪でした。
なにがあったんですか?
クラディウスが頭を抱えて、仕事にならない、と今日はもうジュリアスを帰してしまいました」

「お、俺、なにもしてな……あ…」

「思い当たる節がおありのようですね、リノ」

「なにやったんだよ!」

「いや、なにもしてないっていうか…」

ほんとになにもしてないんだよ。
ぼんやりしていた記憶がざーっと蘇る。

そうだ、なにもしなかったんだ、ジュリさんの背中で欲情して「欲しい、抱きたい」と言って、反応しているジュリさんを煽るだけ煽って、俺、そのまんま寝ちゃったんだ…

「ユエ先生、リノの顔が真っ青!」

「知りませんよ。
今日の仕事はきっちりやってもらいますからね。
第一、仕事に来るのに酒の臭いをぷんぷんさせて来るだなんて。
それも街の診療所に行く日にですよ」

「それはだめだ」

ユエ先生とインティアの会話が遠く聞こえる。

お、怒ってる?
ジュリさん、怒ってる?
ねぇ、怒ってる?

「で、なにがあったの、リノ?」

すんごい勢いで迫る壮絶に綺麗な天使のインティアと、眼鏡の奥から冷たい冷たい視線で貫くように見るユエ先生に負けて、俺は昨日のことをかいつまんで話す。

「さいっっっっっっっってーーーーーーーーー!!」

「そんなに叫ぶなよ、インティア!
耳が痛いじゃん!」

「リノ、サイテーーーー!!!」

「いや、だって」

「最低じゃなかったらなんだと言うんですか、リノ?」

「あ、いやその…」

「仕事、きっちりしていただきましょうか」

「…あ、はい」

「インティア、あなたも今夜は大変かもしれませんよ。
クラディウスへの影響も大きいですからね。
部下のミスを補うのに必死でした」

「わっ、それは大変だ!
今日は甘やかしてあげなくちゃ」

「っていうか、騎士様がそんなにぐらぐらで大丈夫なんでしょうか?」

ふと感じた疑問を口にして、すぐに後悔した。
二人の目が怖いです。

どこまでが本当かわからないけど、ジュリさんの大荒れと色気で大変だった、ということらしい。

「どうしよう、俺」

「自分で考えなさい」

「ジュリアスの機嫌の取り方なんて知らないよ、僕」

うっわあああああああああああ!
ほんとにほんとにどうしようぅぅぅぅぅっっっ!!!















しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆ 辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。 けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。 孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。 年齢差、身分差、そして心の距離。 不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。 ■執筆過程の一部にchatGPT、Claude、Grok BateなどのAIを使用しています。 使用後には、加筆・修正を加えています。 利用規約、出力した文章の著作権に関しては以下のURLをご参照ください。 ■GPT https://openai.com/policies/terms-of-use ■Claude https://www.anthropic.com/legal/archive/18e81a24-b05e-4bb5-98cc-f96bb54e558b ■Grok Bate https://grok-ai.app/jp/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%A6%8F%E7%B4%84/

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ
BL
「強情だな」 忠頼はぽつりと呟く。 「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」  滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。 ――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。 *******  雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。  やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。  身分差を越えて、二人は惹かれ合う。  けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。 ※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。 ※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。 https://www.pixiv.net/users/4499660 【キャラクター紹介】 ●弥次郎  「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」 ・十八歳。 ・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。 ・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。 ・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。 ・はねっかえりだが、本質は割と素直。 ●忠頼  忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。 「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」  地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。 ・二十八歳。 ・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。 ・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。 ・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。 ・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。 ●南波 ・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。 ●源太 ・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。 ●五郎兵衛 ・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。 ●孝太郎 ・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。 ●庄吉 ・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

黒に染まる

曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。 その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。 事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。 不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。 ※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

処理中です...