騎士が花嫁

Kyrie

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番外編 騎士が花嫁こぼれ話

54. あなたの好きなところ(1)

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夜の王都見回りだったが、この夜、ジュリアスは詰所待機だった。
他の待機の騎士と共にロバートの書類作成を手伝ったり、武器や防具の手入れなどをしていた。
そこに息せき切ったジャスティが飛び込んできた。
何事かと驚いていると、「海猫亭にリノを迎えに行け」というクラディウスからの指示だった。
そのまま退所してもいいと言われ、もしかして怪我か病気なのでは、あるいは最近聞かなくなったがまた誰かに暴力を振るわれたのかと慌てて海猫亭に駆けつけると、そこにはテーブルの上に突っ伏したリノがいた。
周りにはよく見知った顔が心配そうにリノに水を飲ませようとしている。

「あ、ジュリアス様だ!」

「お久しぶりです」

「ああ、お元気でしたか。
そしてリノは?」

声をかけたのはザクア伯爵のところで働いている使用人たちで、男も女も海猫亭で楽しくやっていたようだ。
近づくとリノはとても酒臭かった。
どうやらワインを飲みすぎているらしい。
熟れすぎたトマトのように真っ赤な顔をして、焦点が合わない目をしている。
水を飲ませようとしているのは、以前、同じように泥酔したリノを伯爵の庭番小屋まで送り届けた青年だった。

「…あれぇ、ジュリさんだあ。
なんでぇ?」

リノがよく回らない舌で叫ぶ。

「すまないな、ジュリアス様。
止めたんだが、誰も止められなくて」

使用人頭のペリヌが言った。
横には妻のケーティもいる。
二人の話によると、騎士団医ユエの手伝いからの帰りにこの集団と会い、一緒に飲みに来て、いつものように嫁自慢をして酔い潰れたらしい。

「リノ、水を飲んでください」

「んぁ…飲むならワインがいいですぅ…んがっ」

ジュリアスは片腕でリノを抱えるように仰向けにさせると、水の入った器を口元に持っていき、強引に水を飲ます。
リノも喉が渇いていたのか、そこまでされるとごくごくと水を飲んだ。
それを見て、他の者は安心した。

「さすが、ジュリアス様」と言い出す者もいた。
動けないくらいリノはぐでぐでに酔っていた。

「いつもと少し様子が違っていまして。
心配になってジュリアス様に来てもらおうかと相談していたところに、第三騎士団の騎士様に出会ってお知らせできたのです」

ミリスが説明すると、ジュリアスは大きくうなずいた。

「世話をかけたな。
ありがとう。
これに懲りずに、またリノを誘ってやってくれ」

「今度はあんたも来るんだよ」

「ありがとう、ケーティさん」

そして周りの者の手を借りて、嫌がるリノを背負ったジュリアスはペリヌに銀貨を渡した。

「飲み代の足しにしてくれ」

「これではもらいすぎだ」

「足りない分はみんなで支払ってくれ。
また、会いに行きます」

そうして使用人たちに見送られ、ジュリアスとリノは海猫亭を後にした。




途中、気がついたのかリノがジュリアスの背中の上で暴れ始めた。

「なーんで、来ちゃうんですかぁ、ジュリさん」

「おまえを迎えに行けと言われたからだ」

「せーっかく、ジュリさん自慢をしてたのにぃ。
この間のしろーいマントのジュリさん、カッコよかったのぉ。
俺、絵が描けたらあのお姿を描いておきたかったなぁ、ジュリアスさまあ」

思い当たるのは、クラディウスとインティアの結婚式の後の神殿での会話だ。
リノは参列者から祝福を受けている二人を見て、同じような場を設けられなかったと悔しがっていた。
そのとき、ジュリアスがどれだけ素晴らしい騎士なのか知らせて回りたい、と言っていた。

「騎士様としてだけじゃなくて、料理も上手だしぃ、優しいしぃ、頼り甲斐もあるしぃ」

リノは次第に声を大きくしていく。
ジュリアスは少し恥ずかしくなって人気のない道を選び歩いた。
家に戻るのには遠回りになってしまうが、翌日リノがからかわれるよりかはいい。

「知ってますぅ?
ジュリさん、最近すっごく色っぽいって噂になっているんですよぉ。
俺、知らなかったなぁ。
ジュリさんが色っぽいなんて、そんなの当然だし。
あ、普段のジュリさんの色気なんて、ヘでもないです。
もっともっとエロいジュリさん、俺、知ってるんだあ」

「…リノ、どれだけワインを飲んだんだ?」

アヤしくなるリノの言葉にやや照れながら、話題を反らすためにジュリアスは聞いた。

「ふふふ。
ジュリさんのあのときの顔、すっごく綺麗で可愛くて好きいいいい」

リノにはジュリアスの言葉は聞こえてないようだ。

「あー、ねぇねぇ、ジュリさん。
こんなに素敵なジュリさんは、俺のどこがいいのー?
ジュリさんよりカッコよくないしさー、背も低いしー、お給金だって低いしー、剣がうまいわけでもないしー、コドモだしーーー」

ヤケになって背中で暴れるリノを落とさないように、ジュリアスはリノを抱える腕に力を込めた。

「俺、不安なんですぉ。
いくら頑張っても、ジュリさんと肩を並べられそうにないし。
ねー、俺のどこがいいのさー?」

「誠実なところ」

「む?」

ジュリアスは続ける。

「綺麗な黒い目。
少しカールした髪。
日焼けした肌。
作った料理を美味しそうに食べる口。
俺を助けてくれたところ。
度量の広いところ。
純粋なところ。
髪の先から爪先まで格好いいところ」

「え」

「いつも私のことを考えていてくれるところ。
丸くなって眠っている姿。
一生懸命働いているところ。
私が欲しいときに見せる大人の顔」

普段、リノはしょっちゅうジュリアスがどれだけ素晴らしくて素敵なのかを言葉にする。
それは他の人に対しても、ジュリアスに対しても発する。
しかし、ジュリアスは言葉短に、それも主にリノにしか言わない。
それなのにジュリアスがこんなにまとめてたくさん好きなところを挙げている。
リノは震え出した。

「どうした?」

「ジュ、ジュリさん…
俺、嬉し…
ってか、恥ずかしい…」

「おまえは俺についてよくこういうことを言っているじゃないか」

「だって、事実だから。
叫びたいくらいだもーん」

リノはジュリアスの首に回した手に力を入れた。

「嬉しいな。
ありがとう、ジュリさぁん」

「こちらこそ、ありがとう」

ジュリアスは首を傾け、リノの腕にキスをした。

「ああん。
ダメだ」

「どうした?」

「欲しくなってきた」

「?」

「ジュリさん、今すぐ欲しい」

背中のリノがぐっと腰を押しつけてきた。
リノの硬くなったものが背中に当たる。
ジュリアスの顔がさっと赤らむ。

「欲しい、欲しいよぉ。
抱きたい。
ジュリさん、ダメ?」

「ここではダメだろう」

遠回りしたせいで、二人の家まで半分も来ていない。

「意地悪。
でも、すっごく欲しいんだ、ジュリアス…」

熱い吐息がうなじにかかり、ジュリアスは首の後ろにキスされていることを知る。

「…ッ」

吸いついた刺激で、ジュリアスの身体もぴくりと反応する。

「ふふふ、ジュリアス、かあいぃ…」

それにリノも気がついたようで、うなじを甘噛みをしたり、きつく吸い上げたりしている。

「リノ、家に帰ってから…」

「だーめ。
俺は今すぐ欲しいの。
ジュリアスを気持ちよくさせたい。
ジュリアスの色っぽい声聞きたい。
エロくなった顔見たい」

翌日、ひどい痕になった無数のキスマークがジュリアスのうなじに残り、どうやっても隠せるわけがなく仕方なく包帯を巻く羽目になり、首の包帯と色気が漏れ出ているジュリアスを見た団員たちがざわついてひと騒動になるのを二人はまだ知らない。

ジュリアスは半ば走るように家路を急いだ。
ただでさえ、真っ赤になってかわいいことを言っているリノが愛おしくてならないのに、他に誰が聞いているかもわからないような往来で情事のときのことを言い始め、いやらしい腰つきで硬いものを背中に突くように押しつけてくるリノにたまらなくなっていく。
今は背負っているので見えないが、いつも熱をおびた濡れたリノの目を思い出す。
そんな目で自分を見ながら、緊張しつつも優しく自分にふれてくるかさついた手。
最近は自分の雄を口に含むこともある。
こちらの反応を見ながら、大人の男の顔をして舐め上げる舌。
たまににやりと笑う口許。
そして、だんだん慣れてきた指使い。
優しい花の香りのする潤滑油をなじませて、自分の中に侵入してきて、くっと曲げた指がいじる自分の感じておかしくなるところ。



いろいろなことに耐えて、ようやく家にたどり着き、自分のベッドにリノを下す。
すっかり興奮して熱と衝動を孕んだ目でリノを見ると、リノは安らかな寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていた。

「…………」

ジュリアスは無言のまま、横抱きでリノをリノのベッドに移し、シャツの首元やズボンを緩めてやると上掛けをかけた。
そしてどうにもならないほど疼いてこみ上げ持て余しそうなもどかしい身体をどうしたものかと思いつつも、リノを見下ろしつぶやいた。

「ばか」






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