上 下
294 / 324
第7巻第2章 連携

聖剣とマヤ

しおりを挟む
「はあああああっ!」

 マヤは気合いの声を上げながらカーサへと斬りかかる。

「甘い」

 マヤの渾身の一撃を難なく受け流したカーサは、返す刀でマヤを斬りつける。

 カーサのカウンターをすんでのところかわしたマヤは、そのまま地面を転がって距離を取った。

「マヤさん、動きが、単調。いつもより、速い、けど、そんなに、まっすぐ、じゃ、逆に、対処、しやすい、くらい」

「うーん、やっぱりそうかー……」

 マヤは聖剣を握った手に目を落とす。

 しばらくカーサと戦ってわかったことは、この聖剣は強化魔法を使わずともマヤの身体能力を大きく向上させるということだ。

 加えて、聖剣を手にした状態でマヤが自身へ強化魔法をかけると、普段より強力に身体能力や思考速度が強化される。

 と、これだけ聞くとメリットばかりのようなのだが、問題は突然身体強化の上限が上がったことでマヤ自身がついていけていない、ということだ。

「わかって、るんだ。なら、そうなら、ない、ように、頑張る、しか、ない、ね」

「まあそうなるよね。今のままじゃ、カーリを出てこさせるとかそういう次元じゃないもん。せめてカーサには勝たないと」

「ふふっ、マヤさん、私も、強く、なって、るん、だよ?」

 マヤの言葉に思うところがあったのか、カーサは珍しく好戦的な笑みを浮かべる。

 といっても、カーサは基本無表情なので、多少口角が上がったくらいなのだが、付き合いの長いマヤには、カーサが本気になったことがわかった。

「まだ本気を出してないカーサにも勝ててなかったのに、余計なこと言っちゃったかな?」

「さあ、どう、だろう、ね?」

「まあいいや、戦って確かめることにするよっ!」

 マヤは踏み込みで背後の地面に大きなくぼみを作りながらカーサへの距離を詰める。

 マヤは再び、全力の一撃をカーサへと放った。

***

「はあはあはあ…………駄目だったかあっ……!」

 マヤは汗だく泥だらけの状態でその場に倒れ込んだ。

「ふう、久々に、ちゃんと、戦った、気が、する」

 地面に大の字なって荒い息を吐くマヤを覗き込みながら、カーサは額の汗を拭った。

 マヤと対照的に、カーサは少し息が上がっており、汗を滲ませてはいるものの、まだまだ余裕がある様子だ。

「くううぅっ! カーサが余裕そうなのが悔しいっ!」

「ふふん、私、すごい、でしょ?」

 カーサは自慢気に胸を張る。

 胸の大きなカーサがそんな仕草をすると、その2つ塊は大きく上下し、下から見上げているマヤからは完全にカーサの顔が見えなくなってしまう。

(男なら眼福だったんだろうけど、すっかり女になっちゃった今では、その胸の大きさもまた悔しい……)

 マヤが2つの意味で敗北感を感じでいると、カーサがマヤへと手を差し伸べてくる。

「とり、あえず、今日は、これで、おし、まいに、しよう?」

「うん、そうだね。泥だらけだから早くお風呂に入りたいなあ」

「今度は、ルースさん、の、封印、空間で、戦おう。あそこは、土じゃ、ない、から、汚れ、ないし」

「そうだね。でも、今度は今日みたいにやられっぱなしじゃないからね?」

「それは、どう、かな? 私も、まだ、本気じゃ、なかった、り?」

「えー、うっそだー」

「ふふっ、次の、お楽しみ」

 マヤとカーサはそんな他愛もない会話をしながら、キサラギ亜人王国の中心街にある大浴場にやってきた。

 2人が多くの人で賑わう大浴場の中へと入っていくと、大浴場のエントランスホールはにわかに騒がしくなった。

 キサラギ亜人王国最強の剣士として、そしてキサラギ亜人王国一の巨乳として主に男性の間で有名なカーサと、言わずとしれた美少女国王兼魔王のマヤが、突然市民で賑わう大浴場に現れれば、騒ぎになって当然である。

 その上、国王たるマヤは全身泥だらけだし、カーサはカーサで汗で服が張り付いて身体のラインがはっきりと浮かび上がっているせいで男性の視線を釘付けにしているしで、余計に人々の注目を集めていた。

「なんか目立ってるね」

「マヤさん、王様。王様が、泥、まみれで、出て、きたら、みんな、びっくり」

「いやいや、カーサのおっぱいにみんな釘付けなんだよ。私が泥だらけでも誰も驚かないって、いつもこんな感じだし」

 そんな2人の会話に「いやどっちもだよっ」とツッコミを入れたい市民たちだったが、仮にもこの国のトップとその側近なので、誰も口には出せなかった。

「それより、早くお風呂入ろう。確かここは魔法で服も洗ってくれたはずだから服も洗いたいなあ」

 マヤは慣れた足取りで女風呂の洗い場に向かうと、泥まみれの服を洗濯の店員に預けて浴場へと向かう。

 カーサもそれに続いて浴場に入る。

 2人は髪と体を洗い、湯に身を沈めた。

「ふう……気持ちい~」

「マヤさん、おじさん、みたい」

「えぇ~、そうかなぁ~」

 マヤは緩みきった表情でお風呂を満喫する。

「そう、いえば、マヤさん、お兄、ちゃんと、どう、なりたい、の?」

「うぇっ? な、何、どういうこと?」

「ちょっと、気に、なった、から」

 カーサはマヤの正面に移動すると、マヤの顔をしっかりと見る。

「うーん、どうなりたい、か…………そういえば考えてなかったなあ……」

「考えて、なかった、の? じゃあ、お兄、ちゃんの、ことは、本気じゃ、ない、とか?」

「いや、それはないよ。私がウォーレンさんのことが好きな気持ちは本物だよ。少なくとも私はそう思ってる」

「じゃあ、なんで、その先は、考えて、なかった、の?」

「そうだなあ……考えてなかったって言うより、考えられなかったんだと思う」

「考え、られな、かった?」

「うん。ウォーレンさんから返事を貰うまでは、とにかくウォーレンさんと恋人同士になれるか、ってことだけが心配で、それ以外のことを考える余裕がなかったんだよね」

「じゃあ、今は? 考え、られるん、じゃ、ない、の?」

「そうだね、考えられると思ったんだけど……」

 マヤは思い出しただけで顔が熱くなるのを感じた。

 幸いなことに、湯に浸かっているため、それにカーサが気付くことはなかったが。

「恋人同士になっても、まだウォーレンさんのことで頭の中がいっぱいで、やっぱりこれからのことなんて考えられないかな。もうちょっと落ち着いたら考えてみるよ」

「そう、なんだ…………恋って、やっぱり、そういう、もの、なんだ…………」

「うん。私も今回が初めてだし、私の恋しか知らないから、恋が全部こういうものなのかはわからないけど…………カーサ?」

 なんだか難しい表情で黙ってしまったカーサに、マヤは首を傾げる。

 その後しばらくしてマヤの言葉に反応したカーサだったが、その日はその後もずっとどこか上の空だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪
ファンタジー
 平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。  いよいよ大魔王との決戦。しかし大魔王の力は脅威で、勇者も苦戦しあわや全滅かというその時、レオスは前世が悪神であったことを思い出す――  そしてめでたく大魔王を倒したものの「商人が大魔王を倒したというのはちょっと……」という理由で、功績を与えられず、お金と骨董品をいくつか貰うことで決着する。だが、そのお金は勇者装備を押し付けられ巻き上げられる始末に……  「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」  悪神の力を取り戻した彼は無事、実家へ帰ることができるのか?  八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!  ※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!

処理中です...