唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

文字の大きさ
上 下
2 / 53

第2話 一通のFAX

しおりを挟む

それは、一通のFAXが始まりだった。

そのFAXはソフトウエア開発業組合から会社宛のものだった。
たまたま目にした俺は、そのFAXの内容も重大性も理解できなかった。

FAXの内容は、ソフトウエア産業が雇用調整助成金の対象業種になったという内容だった。
初めて見た雇用調整助成金という言葉の意味など知らなかったし、これが俺の人生が変わるきっかけになるとも思わなかった。

雇用調整助成金とは「おたくの業種は不況での落ち込みが著しいから、お上がちょっとだけ面倒みてあげますよ」というもので、例えば仕事がなくて自宅待機にした社員の給料の一部を政府が負担するなど、いわば日本国認定不況業種のお墨付をもらったわけだ。

FAXの中の「自宅待機」という文字を見ても、ウチの会社には関係ないことだとしか思わなかった。
そのFAXを元の場所に戻して、俺は自分の机に戻った。


それから数ヶ月後、冬のボーナスが支給された。

ウチのような中小のソフト会社は基本給が安く、残業手当がないと生活できない会社が多かった。
また恒常的に月40時間前後は残業しないと終わらない仕事量があった。
ウチの会社もご多分に漏れず基本給は安いし、当然ボーナスも安かった。
しかしこの冬のボーナスは特別、なんと前年比25%アップだったのだ。
加えてこの年の社員旅行は創立以来初めての海外旅行、会社はイケイケムード一色だった。

もともと安いボーナスが25%上がったところで世間並みには程遠かったのだが、それでも嬉しかったし懐はうるおった。
ささやかながら我が世の春、という感じだった。

社員旅行を奮発して海外にしたのは、社員への還元ではなくリクルート対策だった。
成長を続けるソフトウエア産業は人手不足が続いており、特に大学卒業の新卒は喉から手が出るほど欲しかった。
しかしウチのような中小企業はなかなか振り向いてもらえず、そこで会社が考え出したのが社員旅行を海外旅行にすることだ。
一度でも海外旅行に行っていれば求人する上で有利になる、これといって取り柄のない会社が考え出した手だ。
だから毎年海外に行けるとは誰も思っていなかったが、それでもボーナスは増えたし海外にも行けたし、会社も社員も明るい未来しか考えていなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

処理中です...