唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第3話 不況の予感

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あのFaxを目にしてから数ヶ月が経ち、夏のボーナスを目前にした頃のことだ。
些細なことだが少し気になる出来事があった。
上司の山地課長が課内に回覧を出したのだが、その内容が単なる業務連絡ではなかった。

「ボーナスに頼るような消極的姿勢ではなく、勉強して資格を取って資格手当の増額を狙え」

これまで回覧といえば健康診断の日程とか社内提出書類とかの事務連絡ばかりだった。
山地課長の意見というか説教というか、自己啓発の勧めをわざわざ回覧するのは初めてだったので、俺は妙な胸騒ぎを感じていた。
しかし周囲では話題にもならず、これまで課内会議などで時々山地課長が言っていたことを回覧に書いただけと受け取っていた。
しかし俺は妙に気になった。
わざわざ回覧にして文字で書くことだろうか。
しかも他のことのついでに書いたのならともかく、この回覧にはこのことしか書いてなかったのだ。
俺は薄っすらとだが今度の夏のボーナスは期待できないのかもしれないという嫌な予感を感じていた。
ひょっとしたら心の奥に雇用調整助成金のFAXがひっかかっていたのかもしれない。

幸い、俺の予感は外れて夏のボーナスは例年並みに支給された。
冬のボーナスのように前年比25%アップとはいかなかったが、まだ不況の予感など微塵も感じられなかった。
なにしろ仕事は有り余るほどあったし新分野の仕事を受注するための組織変更も予定されていて、会社は上昇ムード一色だった。
役員賞与と部長以上の賞与は若干カットされてはいたが、だれも深刻には受け止めていなかった。
もちろん俺も。

しかし、このときすでに同業他社は厳しい不況の嵐にもまれていた。
そういえば、しばらく前からやたらと大卒予定者の会社訪問が目立っていた。

これまで新入社員はほとんどが専門学校卒で大卒は少数派だったので、大卒の会社訪問を目にすることはほとんどなかった。
それなのに、昨年あたりからやたらと大卒予定者の会社訪問が目立って増えていた。
以前は会社訪問の対応は総務がしていたが、訪問人数が増えたので対応できなくなった各課から1名ずつ会社訪問担当を出すようになっていた。
こんな光景、いままで見たこともなかった。
きっと昨年の社員旅行の海外化が功を奏して学生の人気が高まったんだろう、毎年海外に行けると勘違いしている学生も多いんだろうけど、毎年行く保証なんてないんだよなぁ。
まあ入社しちゃえばそうそう簡単には辞めないだろうし、いい人材が入れば俺たちも助かる。
俺はそんな呑気なことを考えていたが、すでに同業他社は不況に喘いでいて採用を控えていた。
だからウチのような中小企業にまで大卒者が押し寄せていたのだった。

すでに世間ではバブル崩壊を叫ばれていたが、ウチは大きな仕事を複数抱えていて多忙を極めていた。
それらの仕事が終わったらすぐに二次開発が始まる予定になっていたので、増え続ける仕事にうんざりすることはあっても、不況感など一切感じなかった。
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