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続編/燈子過去編
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不思議とショックはなかった。織田さんが仕事への熱意が強くて目指しているものがあるのを知っていたから。
今の私だから受け入れられるだけかもしれない、それだけ時間が思いを風化させているのか、単純に私が大人になったのか。その思いを当時聞かされて受け入れられたかはわからない、でも今私の中でその気持ちに嫌悪感はなかった。
「離婚は時間の問題だったよ。気持ちのすれ違いはもちろんあったし、暮らし出して違和感を感じてたのは向こうのほうが強かった。彼女の方も気持ちが自然に離れて向こうが好きな人を作ってね。円満に離婚、建前的にはね」
「そうだったんですね……じゃあお仕事は変わらず順調ということですか?」
「うん、おかげさまで。遊ぶ暇なんかないくらい仕事はしてる。それをしないと意味もないだろう?自分から手放したものの代わりに得ないといけないんだから必死にやった」
それは……もしかして私のことを言っているのだろうか。そんな風に言われるとなんだか居た堪れなくて顔を伏せてしまった。
「もう会えないって思ってたけど、会おうと思ったのには理由がある。日本を離れることになったから」
「え……」
今日、初めて目があった。真っ直ぐ見つめられて時間が止まったように見つめ合う。
「シンガポールに行くことにした」
それは――。
「おめでとう……ございます」
海外でいつか仕事をしたい、そう言っていたのは知っている。それも応援していた。
「ありがとう。日本でキャリアもついたからその時期がやっときたかなって」
「良かったですね……海外でのお仕事は夢に見られてたことでしたよね」
「うん、だから今回の監査の大きな仕事は日本でする最後の仕事にもなったんだ。それもなんだか奇跡みたいだなって思ったから」
また奇跡なんて言葉を使う。そういう言葉は無闇に使わない方がいい、そう喉元まで出たけど言えるわけはない。
「メールの返事はないし、諦めないとという気持ちと諦めたくない気持ちがあって事務所まで行った。そしたら君はもう職場を離れていた。もう本気で潮時なんだと思っていたら梶山さんに会えて、お母さんのことを聞いたら揺らいでいた気持ちが固まった」
見つめられたまま織田さんの言葉を聞いていた。
「君を連れていきたい。シンガポールまで一緒に来て欲しい」
織田さんの声がとても近くで聞こえた、それくらい体の中に響いた。
「あの時果たせなかった約束を叶えさせてほしい」
いつかの約束。
ただの口約束を、私は素直に信じて待っていた。あれから十年、月日は経って、私には今
大切にしたい人がいる。それは目の前のこの人ではない。
「……君が今もひとりだったら、迷っていても無理矢理にでも連れて行こうって、それくらいの気持ちでいてた。でももう君はひとりじゃなかった。ちゃんと大事にしてくれる人に出会っていた。……高宮さん、いい人だね」
「――はい」
「彼だったら絶対君を離さないだろうなぁ。何度か話してそれはもう確信してる。だから余計諦めもついたよ」
「……織田さん」
呼びかけたら急に胸に込み上がるものがあった。ずっとしまい続けた気持ちの蓋が開いて、溢れ出す。
「あの時、一番悲しかったのは何も話してくれなかったことです。どんな言葉でもよかった、謝るよりちゃんと話をしてほしかった。伝えて欲しかったし、私の気持ちも聞いて欲しかった……いつでも聞いてくれたのに、最後だけ聞いてもらえなくてそれがずっと、ずっと悲しかった」
どこにもやり場のなかった気持ちが今言葉にできたことで、つかえていた胸の縛りが解かれていく。
「私にとってあなたは大切な人でした。たくさん救ってもらって支えてくれた、感謝してます。でもやっぱり私にはもうそれだけの気持ちです」
「……うん」
「あなたにだけ頼って生きてました、でも今は違います。支えたい人が出来ました、手を離したくない人です。その人のそばで生きていきたい……」
彼のことを思うだけで泣ける、私は、駿くんといたい――。
「会ってくれてありがとう、元気で」
そう言って、織田さんは今度はちゃんと顔を見てさよならを言ってくれた。
今の私だから受け入れられるだけかもしれない、それだけ時間が思いを風化させているのか、単純に私が大人になったのか。その思いを当時聞かされて受け入れられたかはわからない、でも今私の中でその気持ちに嫌悪感はなかった。
「離婚は時間の問題だったよ。気持ちのすれ違いはもちろんあったし、暮らし出して違和感を感じてたのは向こうのほうが強かった。彼女の方も気持ちが自然に離れて向こうが好きな人を作ってね。円満に離婚、建前的にはね」
「そうだったんですね……じゃあお仕事は変わらず順調ということですか?」
「うん、おかげさまで。遊ぶ暇なんかないくらい仕事はしてる。それをしないと意味もないだろう?自分から手放したものの代わりに得ないといけないんだから必死にやった」
それは……もしかして私のことを言っているのだろうか。そんな風に言われるとなんだか居た堪れなくて顔を伏せてしまった。
「もう会えないって思ってたけど、会おうと思ったのには理由がある。日本を離れることになったから」
「え……」
今日、初めて目があった。真っ直ぐ見つめられて時間が止まったように見つめ合う。
「シンガポールに行くことにした」
それは――。
「おめでとう……ございます」
海外でいつか仕事をしたい、そう言っていたのは知っている。それも応援していた。
「ありがとう。日本でキャリアもついたからその時期がやっときたかなって」
「良かったですね……海外でのお仕事は夢に見られてたことでしたよね」
「うん、だから今回の監査の大きな仕事は日本でする最後の仕事にもなったんだ。それもなんだか奇跡みたいだなって思ったから」
また奇跡なんて言葉を使う。そういう言葉は無闇に使わない方がいい、そう喉元まで出たけど言えるわけはない。
「メールの返事はないし、諦めないとという気持ちと諦めたくない気持ちがあって事務所まで行った。そしたら君はもう職場を離れていた。もう本気で潮時なんだと思っていたら梶山さんに会えて、お母さんのことを聞いたら揺らいでいた気持ちが固まった」
見つめられたまま織田さんの言葉を聞いていた。
「君を連れていきたい。シンガポールまで一緒に来て欲しい」
織田さんの声がとても近くで聞こえた、それくらい体の中に響いた。
「あの時果たせなかった約束を叶えさせてほしい」
いつかの約束。
ただの口約束を、私は素直に信じて待っていた。あれから十年、月日は経って、私には今
大切にしたい人がいる。それは目の前のこの人ではない。
「……君が今もひとりだったら、迷っていても無理矢理にでも連れて行こうって、それくらいの気持ちでいてた。でももう君はひとりじゃなかった。ちゃんと大事にしてくれる人に出会っていた。……高宮さん、いい人だね」
「――はい」
「彼だったら絶対君を離さないだろうなぁ。何度か話してそれはもう確信してる。だから余計諦めもついたよ」
「……織田さん」
呼びかけたら急に胸に込み上がるものがあった。ずっとしまい続けた気持ちの蓋が開いて、溢れ出す。
「あの時、一番悲しかったのは何も話してくれなかったことです。どんな言葉でもよかった、謝るよりちゃんと話をしてほしかった。伝えて欲しかったし、私の気持ちも聞いて欲しかった……いつでも聞いてくれたのに、最後だけ聞いてもらえなくてそれがずっと、ずっと悲しかった」
どこにもやり場のなかった気持ちが今言葉にできたことで、つかえていた胸の縛りが解かれていく。
「私にとってあなたは大切な人でした。たくさん救ってもらって支えてくれた、感謝してます。でもやっぱり私にはもうそれだけの気持ちです」
「……うん」
「あなたにだけ頼って生きてました、でも今は違います。支えたい人が出来ました、手を離したくない人です。その人のそばで生きていきたい……」
彼のことを思うだけで泣ける、私は、駿くんといたい――。
「会ってくれてありがとう、元気で」
そう言って、織田さんは今度はちゃんと顔を見てさよならを言ってくれた。
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